最愛の番になる話

屑籠

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 啓生は、大学生だから四方の檻に戻ってくるのは週に一度程度しかない。
 雪藤も啓生の大学生活の手伝いをしているらしくて、彼らは兄弟として通っているそうだ。
 外に出ることもない自分には、どうでもいい情報だけれども。

「咲ちゃん、どう? ここの生活には慣れた?」
「え、あ、はい」

 今、自分は慣れない食事会なるものをしている。
 相手は、四方の誰彼に嫁いだ番の方々。
 どなたもこなたもおっとりとしていて、番がいるオメガ同士では争いもないみたいだ。
 それに、生活空間がそもそも違いすぎるっていうのもあるのかもしれない。
 四方に仕えている雪藤の使用人たちが、番たちが鉢合わせしたりしないように調整しているらしくて、こうしてお誘いでもない限りは四方の誰とも顔を合わせることは無い。
 それがまた、個別の檻のようで四方の檻、というのはあながち間違いではないと思う。
 十数人の番が集まっているのを見ると、それぞれが顔を合わせないような作りになっているとしたらこの屋敷はとんでもなく大きいことになる。

「そう、良かった。咲ちゃんは俺と同じでベータからオメガになったでしょ? 戸惑うことも多いと思うけど、よく考えてみたらここは天国だって気が付くと思うんだ」

 そう朗らかに笑う彼は、啓生と割と年の近い叔父の番で、恵さん。
 啓生には兄弟はいないけど、啓生の父親には兄弟が三人ほどいるらしい。
 恵の番である叔父が一番年下だとか。
 二番目と三番目は双子らしく、そこまで年も離れてはいないけれど。
 啓生は父親が18の時に生まれたらしく、父親とも言うほど年が離れていない。
 というのも、全部啓生の母親とかこの集まりに来ている番さんたちから聞いた情報だけど。

「俺、蓮星に番にしてもらって、最初は反抗心もあったけどさ、でもあの家にいるよりもずっと幸せだし、穏やかな時間を過ごせてるんだよ。蓮星が番で本当に良かったって今は心から思ってる。まぁ、あいつには言わないけど」

 そうウィンクする恵は、おちゃめでとてもかわいらしい人だと思う。
 元ベータ、そう紹介されても俺とは大違い。
 俺は、見た目も中身もベータそのもの。劣等感の塊で、どうして俺なんかが啓生の番だったんだろうって今でも考える。
 俺も、啓生の番で良かったと思える日が来るんだろうか?

「あ、今日ってお茶会の日だったの?」
「啓生さん……」
「ただいまー、咲ちゃん。今日は早く終わったから急いで戻ってきちゃった」

 いつの間にか傍にいた啓生に抱き締められて、頬ずりされる。
 そんな様子をみて、番さんたちは一様にくすくす笑っている。

「啓ちゃんが来たなら、お茶会はおしまいね」

 上座に座っていたご当主の奥様が手をたたくと、どこからともなく雪藤の使用人たちが出てきてそれぞれに付き従う。

「啓ちゃん。咲ちゃんを大事にするのよ?」
「わかってるよ、おばーちゃま。僕だって四方の人間なんだからね」
「ふふっ、そうね。啓ちゃんは特に四方の血を多く引いているもの。いらぬ心配だったかしら」

 ふふふ、と楽しそうに笑いながら奥様も退出されていった。
 俺はと言えば、微妙な顔で啓生を見上げると、んー? とにこにこした啓生に抱き上げられてしまった。

「うっわっ、お、おろして」
「えぇー? やだよー?」

 後ろから、宗治郎の溜息をつく音が聞こえる。
 居るなら、俺を助けてくれてもいいと思う。
 
「啓生様、私は啓生様がお戻りの事を各部署に伝えてまいりますので、くれぐれも、くれぐれも、咲也様にご無体なされませんように。この後、大事なお話がありましょう」
「あ、そうだった。忘れるところだったよ、ありがとうそーじろー」
「十分前後でお伺いしますので、それまでに落ち着かれますように」

 はーい、といい返事をして俺を振り回しながら啓生は俺の部屋に運んでいく。
 ベッドに俺ごとダイブすると、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

「はぁー、今週も俺頑張ったー! もー、何で番が居るのに離れて暮らさなきゃいけないのさ」

 ぷんぷんと怒りながら、それでもぬいぐるみを抱きしめるかのようにぎゅうぎゅう抱き締めてきて頬ずりしだす啓生に、さすがにやめてほしくて暴れるけど、こっちの抵抗何て何のそのだ。
 筋トレでも頑張るべきだろうか?

「わかってるよ? 四方のしきたりだもんね。四方の番が危ないっていうのもそうだけどさ、四方の血筋自体が番に甘いんだから仕方がないでしょー!?」
「えっ」

 四方の血筋というが、つまりは啓生みたいな人がいっぱいいるってこと!?
 信じられなくて、目を見開く。耐えられない気がする。

「そっか、そっか。話してなかったっけ? 四方って番大好きすぎて番が傍に居たら仕事しなくなるっていうんで、こんな離れた場所に四方の檻なんて作って番を閉じ込める風習を取ったわけ。そうすると、外では働くんだよ四方ってこれが」
「ちゃんと働いてたら良かった話じゃないのか? それでよく十全の位置に居られるな……」
「それがさ、優秀だったんだよ。四方の血筋が。他のアルファよりもね。だから、五家に雪藤って言う監視を付けられたの! もう、四方一人に雪藤一人だよ!? 逃げられもしない!」
「逃げられないためにわたくし共がお仕えしておりますので」
「あー、もう来た! そーじろーは優しくない! タイミング読んでよ!」
「読んだからこそ、今来たのですよ。咲也様に忍ばせているその手をお放しなさいませ啓生様」

 いつの間にか服の中に手が入ってた。全然気が付かなくてびっくりする。
 ボタンのある服を着てたらボタン全部外されていたんじゃないかって思うぐらいに早業。

「うわ」
「え、何で引いてるの? かわいい顔して」
「えぇ……」

 この顔を、凡庸なベータの顔でしかないのに、可愛いとか啓生の感覚は一般的ではない。
 というか、目が悪いんじゃないかと思うぐらい。
 ベッドの上ではまた何かされかねないと、宗治郎の指示でソファーへと移る。

「今日は木曜日だっけ? だから、明後日なんだけど、パーティーに出席することになったんだ」
「……うん」

 それと自分に何の関係が? と首を傾げてしまう。
 行ってくればいいのでは? と思うけれどそれが大事な話かと拍子抜けしてしまうほど。

「俺も行くの?」

 もしかして、という風に聞いてみたら驚いた顔を返された。
 あ、やっぱり俺は留守番なんだと少しだけ坂牧の家の事を思い出す。
 俺は、やっぱりベータでそう言った場所にはふさわしくないのだろう。

「行きたくない? なら、断っちゃおうか?」
「え?」
「行きたくないなら、無理に行く必要は無いからね。でも、気分転換にはいいんじゃないかなぁって思ってね」
「お、俺も行っていいの? マナーとか全然知らない、けど」
「大丈夫大丈夫。知り合いのところだし、そこまで堅苦しいものじゃないから」

 安心して、と顔を覗き込んでくる啓生に、なら、と返事をする。
 すこし、興味もあった。
 アルファとオメガの世界に。俺が、弾き出されていた場所に。

「では、この間お作りしたスーツとそれに合わせて小物を少し準備しておきましょう」
「うん。そーじろーに任せておけば、ドレスコードは大丈夫だろうし。パーティーじゃ僕の側に居るだけで大丈夫だし。後は何にも心配することは無いね」
「主催者のお名前だけでもお伝えするべきですが? それと、質問された際の受け答えなど、少し練習いたしましょう」
「えぇー? 僕の番にそんな不躾に話しかけてくる人なんて来ないでしょ」
「世の中には例外というものがございます」
「うーん、それもそうか。そーじろー、お願いできる?」
「準備はできて御座います」

 では、宗治郎が取り出した資料を手渡される。
 それは、今回のパーティーについて簡単に纏められたものだ。

「……時瀬家?」
「百様の中でも家格の高い位置にあるお家です。時瀬家の陽善様が、啓生様のご学友でございます。その関係で今回もお誘いいただいております」

 へー、と宗治郎の話をぼんやりと聞いている。
 知らない世界の話に、ついて行くのがやっとな感じだ。

「陽ちゃんは僕の友達だから、きっと咲ちゃんも人として気に入ってくれると思うんだぁ」
「……俺が気に入るかどうかは、重要じゃないだろ?」
「んー、でも僕の可愛い咲ちゃんが僕の大事な友人を気に入ってくれると嬉しいじゃない?」
「そういう、もの?」
「そういうものなの。ちょっとずつ慣れて行ってね」
 
 坂牧の家は、腐っても名家。一般家庭に生まれたベータの中に入ることは出来なかった。
 かと言って、オメガやアルファの中に入っていくことも許されなかった。
 だから、友達というものがいまいち良くわからない。
 友達だと思っていた彼も、またオメガでその世界が違ったのだろう。だから、俺に友達はいない。
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