最愛の番になる話

屑籠

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 初めての事ばかり、遊んでいたら遅い時間になってしまった。
 その頃には、彼のことをあまり警戒しなくなってきていたのかもしれない。
 だからこそ、つけ入れられたともいうが。

「そういえば、咲ちゃんは帰る場所あるの?」
「あ……」

 言われて空を見上げれば、もうどっぷりと暗くなっている。
 着替えやその他は持ってきたものの、これからどうするのかはさっぱりと考えていない。
 良かったら、と彼が言うので彼の好意に甘えることにした。
 にっこりと、深く彼が微笑んだことに気が付かないまま。

「本当に、このまま何もなく泊まれると思った?」

 そう笑う彼は、実にいい笑顔をして俺を押し倒していた。

「あ、の……」
「はぁー、いい匂い。ずっと思ってたんだ。君、いい匂いずっと街中でもしてるんだもん。早く連れ込みたかったんだ」
「俺……俺じゃないと思う、けど」
「ここには君と僕以外いないでしょ? 他に誰から匂いがするっていうの?」
「だって、それって……」

 まるで、彼が言っているのはフェロモンの、アルファオメガの話のようで。
 ベータの自分には関係がない話。関わり用のない話だと思っていたのに、どう言うことなのか。
 わからない。理解ができない。
 彼が、一体何を求めているのかもわからない。
 きっと、彼はアルファなのだろう。でも、自分はベータでフェロモンの匂いなんてあるはずもない。
 アルファオメガには関わらないようにしろと言われたのに、どうして?

「そうだね、咲ちゃんはきっとベータだったんだろうね。でも、僕が見つけちゃったから……だから、諦めてね」

 そう、意味のわからないことを言う彼。
 本当に、何もかもが理解できない。
 抵抗しても、その抵抗はまるで赤子を捻るように簡単にねじ伏せられた。
 歳の差じゃない。これは、きっと性別の差だと、本能的に感じた。ベータの俺がアルファの彼に叶うはずがない。
 どこかで、本気で抵抗することもできなかった自分がいる。
 そうして、暴かれ、気がついた時には彼のものが中にズッポリと入っていた。
 
「アッ、アァ~~っ!」

 だんだんと体があつくて、そうなる度にむせ返るような甘い花のような匂いが漂い始める。
 彼は、あまい、やめて、止めてととぎれとぎれに呟く自分にもっと嬉しそうな顔をする。
 甘い匂いがどこからやってくるのか、それを彼は分かっているようだった。

「あぁ、可愛いね、咲ちゃん。とっても……どんどん匂いが濃くなっていくね。あぁ、これが番。とっても甘美な……」
「ぁ……っ、やぁっ!! ひっ、ぅう……」

 うなじの匂いをかがれると、体の力が抜けていく。
 そこがとんでもない急所になってしまったかのよう。
 背を反らせて、逃げ出そうとするけど、うなじに触られるたびに力が抜けていく。

「僕のものに、なってね。咲ちゃん」
「うぁ、あ、あぁあああああっ!!!」

 うなじがひどく熱を持ち、火が付いたように熱かった。
 次第に、嚙まれたのだと知る。
 噛み痕を、見たことがあるけれど、まさか、と怖くなる。

「ぁ、ぁ、ぁっ」
「うん、ちゃんと匂いが、変わった。番、僕の運命……」
 
 とっても、彼が嬉しそうな顔をした。
 ぼろぼろと意図してもいない涙が、零れ落ちる中、そうした彼の顔が見えた。
 でも、衝撃が強すぎて意識を保っていられるのはそれまでだった。

 目が覚めると、知らない場所に居た。
 いや、本当に知らない。どこだここは。
 気を失う前に見た部屋ではないことは確か。
 体はところどころ痛いが、動けないほどではない。
 ゆっくりと寝かされていた大きなベッドから降りてとりあえず、日が差している窓へと近づく。

「いや、本当に、どこ……?」

 窓の外を眺めると、周りは大きな庭が。まるで、物語に出てくる貴族屋敷のよう。
 坂牧の家も、それなりに大きな家だけれど、ここはその比でもなく大きい。
 辺りを見回しても、自然の緑と噴水などしか目に入らない。
 屋敷も、どう見ても大きくて迷う気しかしない。
 運よく屋敷を出られたとして、この敷地内から出られない気がする。

「あ、起きたんだね咲ちゃん」

 扉の開く音。そして、すぐににこにことした彼が中に入ってきた。

「このお部屋、眺めも良くて日当たりも良い部屋なんだ。だから、とってもよく眠れたでしょ?」

 ベッドもふかふかで、自分の家で眠るよりも眠れた気がするが、それとこれとは別で。
 警戒するな、と言われても無理だろう。

「あの、ここはどこですか」
「ここ? 僕の家だよ」
「あのマンションの部屋は?」
「あれは、大学に近いから使っているだけのところ。今日は君をここに連れてきたかったから、大学はお休みしちゃったけどね」

 いや、聞きたいことはそれじゃない、と胡乱な目で彼を見る。
 彼は分かっているのか、居ないのか、それとも気にしていないのか、にこにことしながら近づいてくる。
 持っていたお盆をサイドテーブルに乗せると、そのまま窓の方まで来て、ろくな抵抗もできないまま、捕らわれた。

「あんた、いったい誰なんだ……」
「あぁ、ちゃんと自己紹介してなかったね。僕は四方。四方 啓生。四方の次期当主だね」
「よ、も……、四方!?」

 この国の名家として知られる十全の内の1つ。五家の次に権力を持つと言われている家の1つが、四方だ。
 坂牧は、そこそこの名家、千手に入るが家格で言えば比べ物にならない。
 ひっ、と自然に喉が鳴る。

「普段は仕えてくれてる雪藤を名乗るんだけど、番に偽りは言えないしね」

 雪藤も名家である。が、四方と聞くよりはいろいろと言い訳がしやすいだろう。
 ベッドに寝かされると、持ってきた盆が目に入る。
 どうやら、朝食?らしい。

「はい、あーん」

 と、差し出されたサンドイッチに戸惑う。

「いや、自分で……」
「ん? あーんだよ、咲ちゃん」

 こっちの話を聞いてない態度に、ますますどうしたものかと戸惑う。
 こんな事、母親にもされた事ない。
 でも、彼は許してくれそうもなく、おずおずと口を開けば待ってましたと口の中に入れてくる。
 1口大に切られていたサンドイッチは、ちょうどいい大きさで、口の中にすっぽりと収まった。

「はい、可愛い!」

 もぐもぐと咀嚼する俺の横で手を叩いてにこにこと笑う。
 俺、可愛くないけど!?
 って思うけど口の中にものが入ったまま喋れないし、酷い。
 何が楽しいのか、彼は俺の口に食べ物を運びながら可愛い可愛い、と言ってにこにこしている。
 全部食べ終わると、いい子いい子と頭を撫でてきた。

「あの、俺帰るから」
「帰るって……どこに?」

 睨まれているわけじゃないのに、彼が真っ直ぐにこっちをみてくるととても怖く感じてしまう。

「咲ちゃん、帰る場所無いでしょ? それに、僕の番になったんだから咲ちゃんはずっとここにいるんだよ?」
「……っ! 俺は、ベータで」
「うん。昨日まではそうだったかもしれないね。でも、今はオメガで僕の番だよ」

 わからない、理解したくない。
 俺はベータで、だから坂牧であんな扱いを受けてきて、それが今更オメガだなんて。
 信じたくない。
 気がついたら、俺は首を横に振って後退りしていた。

「あっはは、だから諦めてねって言ったでしょ? ベータであることも、これから先の自由も」
「ひっ!」
「逃げないでよー。啓ちゃん悲しいな」

 そう言った彼に腕を掴まれその腕の中に囚われた。

「や、やだっ」
「ヤダとか可愛いなぁ、もう」

 ジタバタ暴れる俺を、難なく抑え込める彼は細身に見えて、やっぱりアルファなんだと再認識させられた。
 
「いやぁ、僕も浮かれてるんだね。まさか、運命がこんなに早く見つかるなんて思っても見なかったから」
「その……運命って、何? 何で、俺なの……」

 暴れるのを諦めて、気になったところを聞いてみる。
 何も知らないよりはマシだろう。
 彼は尋ねた俺に、キョトン、とした顔をした。まるで、どうして知らないんだろう、と言わんばかりに。
 
「あぁ、そうか。ベータだったもんね。知らないよね。そうだなぁ、アルファオメガが番になれることは知ってるよね?」
「まぁ、一応」
「その番の中でも、特別な相手のこと、かな? 基本的に、運命に出会ったアルファは抗えないし」
 
 だから、とっても良い匂いがするんだ、とうなじに顔を埋めてきたから、びっくりした。

「ひあっ!」
「あぁ、ごめん。噛み跡は、性感帯だもんねぇ」

 体が震える。そこに触れられると、力すら抜けていく。
 フルフルと震える体で睨みつけたら、もっと抱きしめられた。
 何なんだこの人!!

「はぁー、このままずっと戯れていたいけど……」

 そう、彼が呟いたところで、部屋の扉がノックされた。

「啓生様、入りますよ」

 そういうと、ノックの主は仲の返事も聞かず部屋に入ってきた。ノックの意味とは……?
 
「そーじろー……空気読んでよー、もう!」
「啓生様に流されてしまうと、いつまでも事が前には進みませんので」
 
 チラリと俺に目を向けてきた彼の目は、とても哀れなものを見る目だった。

「初めまして、咲也様。私、十全四方にお仕えしています、雪藤 宗治郎と申します。どうぞ、宗治郎とお呼びくださいませ」
「え、えっと……何で、名前」

 それには答えてくれず、にっこりと笑うだけだった。
 
「さて、軽食も食べられたようで何よりでございます。さて、立てますか? 咲也様」
「え、はい……いや、無理」
「啓生様!」

 呆れたように彼の名前を呼ぶ、宗治郎さん。

「だって、なんかこう……離れたくないんだもん」
「でかいアルファが可愛こぶらないでくださいよ気持ち悪い。それより、咲也様にお洋服などご用意しなければいけないものはたくさんありますので、さっさとしてください」

 俺から啓生さんを引き剥がすと、テキパキと俺の周りを測っていく。洋服屋かなにかか、と言うくらい正確に。
 それを、ベッドに座り、肩肘をついて啓生さんは見つめていたけれど。

「あの、俺、服なんて」
「おや? ダメですよ、四方の奥方に粗末な格好はさせられませんので」
「奥方って、そんな……」
「啓生様の番にならせられましたでしょう? アルファなら、番を基本的に婚約者や奥方として扱います」

 さも当然のように言う宗治郎さんに、驚く。

「俺、アルファとかオメガの常識なんて知らないし」
「では、これからお勉強なさればよろしいのです。教師なら、四方の檻の中にいくらでも居ります」
「四方の、檻?」

 四方の檻とは一体なんぞや? もしかして、この屋敷のことなのだろうか?

「それも説明していなかったのですね。全く、啓生様ときたら……番が出来て、浮かれるにも程があるでしょう」
「えぇー? だって、別にこの家が何であるかなんてどうでも良くない? 咲ちゃんは死ぬまで……いや、死んでもココから出ることはないんだからさ」
「それとこれとは話が別でございます。……咲也様。このお屋敷は、四方の檻と呼ばれる場所にございます。上位アルファの家系では、番に執着するアルファが多数でございます。ここは、四方のアルファが番を、端的に言えば閉じ込めるための檻でございます」
 
 ありえない、と呆然とした顔で宗治郎さんと啓生さんを交互に見てしまった。

「君はここから出る手段は無いでしょう? それに、この屋敷はあまり人に知られていない場所にあるからね。知ってるのは、雪藤の家とそれから……金保様も知っていたっけ?」
「金保の御当主様はご存知ですが、それ以外の方はご存知ないかと」
「だよね~。まぁ、そのくらい人に知られない場所にあるんだけど」

 ますます青ざめる。スマホも駅のロッカーに置いてきてしまっているから、誰にも連絡をとりようがない。
 どうしてそんなことをしれっと会話できるのか、アルファという生き物が不思議でならない。

「まぁ、儀礼とかパーティーとかで僕のパートナーとして出席することは多々あるから完全に閉じ込められるわけじゃないけどさ」
「え、こわっ」
「大丈夫大丈夫、ここに居れば不自由はないから」
「いや、監禁の時点で自由ではないでしょ」
「その通りでございますね。ただ、四方は仕事柄敵も多いわけでございます。伴侶の方を守るためには仕方がない手段です」

 四方の仕事、そう言えば五家や十全の仕事は知らないな、と思う。
 ベータだから、それが一番大きい要因だった。
 あえて、家族は俺にアルファやオメガたちの話題を話はしなかった。
 だから、一般的な事しか知らない。学校で習うような、一般的な事しか。
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