『聖女』の覚醒

いぬい たすく

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2章

いいこでいるのは もうやめる

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 ちょうどその時、王太子を調べに行った精霊が戻ってきた。
「お疲れ様、どうだった?」
クロエは膝の上の精霊をねぎらいつつ、両手で包むようになでまわす。ふにゃりととろけていた毛玉は、羨ましげな仲間たちに促されて調査結果を報告した。

「なるほど、一週間後かあ。言われてみたら夜会に出ろ出ろうるさかったような。
 大勢の前で冤罪着せてつるし上げようってわけね」

 ちなみに婚約者らしく夜会用のあれこれを贈るような気遣いは王太子には皆無なので、そうした場にふさわしい衣装をクロエは一切持ち合わせていない。それを思うと、婚約者とのこれまでのやり取りがよみがえり、ふつふつと怒りがわき上がってきた。

「あー、ないわ、ほんとない!あいつだけはない!あのクソ餓鬼、お前俺に惚れてるんだろ?って態度が一番ムカつくんだよ!」
クロエは腹立ち紛れに硬いベッドを拳で力一杯叩いた。

「よし、決めた!ここ出てく前にこっちから三行半を叩き付けてやる!」
「ウッキュー!」
意気込む彼女の周りで、もふ精霊たちも気炎を上げた。

 すると一体の毛玉が、いいこと考えた!と毛を膨らませてアピールする。
「キュキュー」
「え?分かった、見てみるよ」

 クロエが首を傾げながらステータスを開き、スキル欄をチェックすると
「あれ、スクロールしたら二つ目がある……。神殿でスキルは一生増えたり変わったりしないって聞いたはずだけどな」
「キュッ!」
「へー、君たちが偽装してたの。名前も違うと思ったけど、それでか。
 ん?なに、これ。ヘルプヘルプっと」

 解説を読んだクロエは、真顔になって固まった。
「えー……神聖魔法?これが?なんかこう、それにしてはキヨラカじゃないと思うんだけど」
「キュ?」

「かなりえげつないと思うわ、このスキル。いやあ、君たちが偽装しといてくれて、ほんと良かった。神殿の奴らとか愚王とかにバレたら絶対ろくでもないことになる」
「モキュ、モッキュ!」
「そうだね、言われてみたら、今の私向きのスキルかも。うまくやれば生活費稼げそうだしね。とりあえず試してみようか」
 何よりも役に立つかどうかが大事だ。現金なクロエはあっさり疑問を放り出した。


「うん、やっぱり十代ならこうあるべきだよね」
 一夜明けた。クロエは枯れた樹皮のような惨状から瑞々しさを取り戻した頬をなでて、にんまりと笑った。

 二番目のスキルの試験運用として、髪と肌の荒れを王妃に押しつけてやったのだ。美容にしか興味の無い王妃の阿鼻叫喚を想像すると、溜飲が下がる。向こうが眠っている間に済ませたから、クロエのスキルのせいだと気付かれることもないだろう。


 クロエにあてがわれた殺風景な部屋の、古机の上に書類が山積みになっている。本来王太子がこなすべき仕事だが、丸投げされるようになった。最近では文官たちも調子に乗って便乗してくる。今日は張り切って引き受けてきたのでいつもの二割増しだ。

「キュ!キュフー!」
 山積みの書類の上で毛玉たちが転がっている。『幻惑』魔法をかけて、ちゃんと処理されているように見せかけているのだ。クロエたちが逃走した後に解ける時限式だ。その時にはちょっとした騒ぎになるだろう。

 運ぶのもこちらに押しつけられているので、誰も来ないのがこの場合はありがたい。落ち着いて引っ越し準備ができる。


 クロエの母カサンドラの実家は、領地は王家預かりに、王都の屋敷は王妃の実家が拝領している。
「もうちょっと隠す努力があってもいいんじゃないかな、あからさますぎるよ」
壮麗な建物を見上げながら、クロエは溜息をついた。白昼堂々出入りできるのは、やはり『認識阻害』のたまものだ。

 屋敷はさすがに持って行けないが、持って行けるものはごっそりいただく。そして無事逃げ出すまで露見しないようにいただいていくためには、中の人が邪魔なので、どかすことにする。

「これ、もっと楽しいことに使いたかったなあ」
ぼやきながら使用しているのは、RPGっぽいファンタジーものお約束の『中の時間が停止している異空間収納』である。『空間操作』で作った空っぽの空間に、中の時間が経過しない性質を与えれば完成だ。生き物も問題なく収納できるので、例の一件に関わりの無い単なる使用人たちと、子供は眠らせてここに入れておく。一週間経ったら、屋敷の床の上で目を覚ますことになるだろう。

 そして、カサンドラの父と兄、つまりクロエの祖父と伯父の謀殺に関与した人間は特別室にご案内だ。

 昼も夜もなく煌々と明るいその部屋は、高くはない天井も壁も床も真っ白だ。窓もドアもない。室温こそ保たれているが、風呂やトイレなどない。そこに男女あわせて十五人を詰め込む。

「キュー?」
「いや、さすがに水くらい置いとかないとまずいでしょ。食べ物は……いいか。栄養状態もかなり良さそうだからね。一週間かそこらくらい、なんとかなるでしょ」

 王妃の父と兄弟は宮廷で役職付きだがサボり癖があるから、そこから不審がられることはなさそうだ。
「仕事の鬼だったら気にしてもらえたのに。日頃の行いだねえ」

 ゆるかった前世の自分を棚上げしつつ、クロエは『空間操作』で屋敷にあるめぼしいものを収納する。前世は庶民、今生は名ばかり令嬢なので、目利きとはほど遠い。もふ精霊たちの鑑定能力が頼りだ。

 領地の本邸と、王宮、サムディオ侯爵邸からも回収した。
「濡れ衣のネタにする予定のネックレスが母さんの実家の物って……もう、何なのこいつら」

 父の愛人も母の形見のアクセサリーやドレスをちゃっかり自分のものにしていた。腹が立ったので、触れればかぶれる蔓草や、蛇の抜け殻を輪にしてアクセサリーのあった場所に納め、身につけたとたんに解ける設定で『幻惑』をかけておくように、もふ精霊に頼む。いい仕事をした彼らを思いっきりもふもふした。
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