とある令嬢の華麗なるドロップキック

夜桜

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華麗なる断罪のドロップキック

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わたしは、迷わなかった。
ロナンの宿舎を出た瞬間から、足は自然と動いていた。
夜の帝国は静かで、何事も起きていないような顔をしている。

……笑える。

わたしは、殺された。
生きたまま、土に埋められた。
それなのに、この国は何も変わっていない。
貴族街の一角。

灯りの消えない館の前で、わたしは足を止めた。

——レイド・アストレイ。

中から聞こえてくるのは、笑い声と酒の音。
あの男は、今も騎士として、平然と生きている。
扉を開けると、視線が一斉に集まった。
泥は落とした。
血も拭った。
それでも、わたしの身体には、生き埋めの痕跡が残っている。


「……マロナ!? な、なぜ」


レイドが、目を見開いた。


「生きてて、がっかりしました?」


わたしは、静かに言った。
レイドの顔が、引きつる。

「な、何を言っている……」
「どうして、殺したんですか。わたしを」

問いは、単純だった。
レイドは舌打ちし、周囲を一瞥したあと、吐き捨てるように言った。

「……三年前だ」
「三年前?」
「お前が、若い騎士と話しているのを見た」

……は?

「楽しそうに、笑ってた」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
三年前。
道を聞かれて、少し会話をしただけ。
——それだけ。

「……それだけ、ですか」
「それだけじゃない!」

レイドは声を荒げた。

「俺の前で、他の男と!」

わたしは、しばらく黙っていた。
そして、心の底から思った。

——くだらない。

怒りより先に、呆れが来た。

「それだけのことで、わたしを殺した?」
「黙れ!」
「毒を嗅がせて」

一歩、前に出る。

「生きたまま、土に埋めて」

さらに一歩。

「それで、満足でしたか?」

わたしは、笑った。
涙が滲んでいるのに、止まらなかった。

「……本当に、最低ですね」

その瞬間。
胸の奥で、何かが完全に壊れた。
怒りが、爆発した。
視界が赤く染まる。
背骨を伝って、熱が駆け上がる。

「侮辱されたのは——」

低い声が、わたしの喉から漏れた。

「……わたしです」

わたしは、一歩下がる。
助走。
全身の力と感情を、脚に集める。
レイドが、ようやく異変に気づいた。

「ま、待——」

遅い。

「——断罪です」

わたしは、跳んだ。
これは、ただのドロップキックじゃない。
生き埋めにされたわたしの恨み、渾身の一撃。
華麗なる断罪のドロップキックだ。


——ドンッッッッ!!!!


空気が爆ぜた。
足裏に、確かな手応え。
レイドの身体が、異様な勢いで宙を舞う。


一回転。
二回転。
三回転。
四回転。
五回転。
六回転。
七回転——。


悲鳴は途中で潰れた。


——ドガァァァァンッ!!!!


壁に激突。
いや、壁が負けた。
石造りの壁が、轟音とともに崩れ落ちる。
瓦礫が舞い、床が揺れた。
レイドは、瓦礫の中に転がり、ぴくりとも動かない。
わたしは、静かに着地した。

「これが」

瓦礫を見下ろして言う。

「生き埋めの返礼です」

周囲の貴族たちは、完全に固まっていた。
顔面蒼白。
声も出ない。


「……次は」


わたしは、振り向いた。

「あなたたちです」

逃げようとした者もいた。


でも、遅い。
ドロップキック。

悲鳴。
ドロップキック。

壁に激突。
ドロップキック。
床を転がる。


「止めませんでしたよね?」
「見てましたよね?」
「笑ってましたよね?」


一撃ごとに、言葉を落とす。
やがて、広間は瓦礫と呻き声で満ちた。
わたしは、深く息を吐いた。


——終わった。


そう思いたかった。






実家の門をくぐった瞬間、足が止まった。



「……マロナ」


父ディエス・ジュピターが、そこにいた。
わたしは、走った。
抱きしめられた瞬間、堪えていたものが溢れ出る。


「……ごめんなさい」
「生きていると信じていたぞ、我が娘よ!」


その夜、すべてを話した。
婚約破棄。
毒。
生き埋め。
そして、断罪のドロップキック。
父は、静かに聞き終えたあと、言った。


「レイド・アストレイは、必ず罰する」


一週間後。
帝国から正式な通達が届いた。
元騎士レイド・アストレイ――罪状、殺人。
被害者——マロナ・ジュピター。


処刑が決まった。
……はずだった。


その日の午後。
ロナンが、屋敷を訪ねてきた。

「俺を忘れてないか?」

思わず、笑ってしまう。


「忘れるわけないです」
「だろ」
「ありがとうございます。あのとき……」
「助けてない」
「でも、救われました」


二人で、少しだけ笑った。


——その夜。


一通の手紙が届いた。


『俺は生きている。マロナ、お前を許さない』


これは……レイドの筆跡。
レイドは、亡命して他国へを逃げたらしい。
わたしは、紙を握りしめた。
震えはない。
ただ、静かな怒りがあるだけ。


「……戦いは、まだ終わっていませんね」


もう一度、華麗なるドロップキックをお見舞いしなければ。
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