とある令嬢の華麗なるドロップキック

夜桜

文字の大きさ
5 / 12

そして空の彼方へ

しおりを挟む
その夜は、静かすぎた。
風の音すら、遠慮がちに感じるほどに。
屋敷の灯りは最小限。警備は増えているはずなのに、胸騒ぎだけが消えない。


「……来ますね」


わたしがそう呟いた瞬間だった。
空気が、変わった。
背筋をなぞるような冷気。

庭の奥、影が濃くなる場所から——殺気が立ち上がる。


「下がれ、マロナ」


ロナンが、即座にわたしの前に出た。
その背中が、やけに大きく見える。
影が、音もなく動いた。
次の瞬間、銀色の刃が月明かりを弾く。


「——っ!」


ロナンの剣が、閃いた。


——キンッ!


鋭い金属音。
暗殺者の一撃は、寸前で弾かれる。

「……毒剣か」

ロナンの声が低くなる。
暗殺者は黒衣に身を包み、顔は覆われている。
その剣先から、嫌な光が滲んでいた。


「触れれば終わり、ってわけですね」


わたしは、歯を食いしばった。
——また、毒。

レイドは、どこまで同じ手を使えば気が済むのだろう。
暗殺者が、連続で斬りかかる。
速い。
無駄がない。
でも。
ロナンの剣は、それ以上に正確だった。
一撃、二撃、三撃。
毒剣が、ことごとく弾かれる。
剣と剣がぶつかるたび、火花が散る。

「下がってろ!」
「——嫌です!」

思わず、叫んでいた。
ロナンの背中を見ているだけなんて、できない。
暗殺者が、一瞬こちらを見る。
——その一瞬が、命取りだった。

「今です!」

ロナンが、剣で相手の体勢を崩す。
わたしは、迷わなかった。
助走。
全身の力を、脚に集める。

「……ロナン!」
「来い!」

その声が、合図だった。
わたしは、跳んだ。
断罪のドロップキック。
怒りだけじゃない。
恐怖も、信頼も、全部乗せて。

——ドンッッ!!

暗殺者の身体に、確かな手応え。
次の瞬間。
暗殺者は、宙を舞った。
回転する暇もない。

——ドガァァァンッ!!

屋敷の外壁に、穴が開いた。
壁を突き破り、暗殺者の姿は闇の向こうへ消えていく。
……彼方へ。
静寂。
ロナンが、剣を下ろした。

「……やりすぎだ」
「生きてたら、また来ますから」

わたしは、息を整えながら答える。
ロナンは、苦笑した。

「無事か?」
「はい。おかげさまで」

そう言った瞬間。
胸が、どくんと鳴った。
守られた。
守られて、戦えた。
……これは。


「……惚れますよ」


思わず、口をついて出た。
ロナンは、一瞬固まり、視線を逸らす。

「……聞かなかったことにする」

その耳が、少し赤い。
翌日。
刺客が撃退された噂は、帝国中を駆け巡った。

「伯爵令嬢が、暗殺者を壁ごと吹き飛ばしたらしい」
「騎士ロナン・エルドラドが、毒剣を弾いたって」
「亡命した騎士の仕業だろう」

名前は出なくても、矛先は一つ。
——レイド・アストレイ。
人々は、ようやく繋げ始めた。
婚約破棄。
毒。
生き埋め。
暗殺未遂。
帝国騎士団の動きも、目に見えて活発になった。
巡回が増え、検問が増え、情報が集まる。

「レイドのやつ……追い詰められているな」

ロナンが、そう言った。

「ええ。でも……」

胸の奥が、ざわつく。
追い詰められた獣ほど、危険なものはない。
数日後。
帝国に、一報が入った。

「レイド・アストレイ、発見」

場所は、辺境の国。
……しかし。

「すでに、死亡していたそうだ」

言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

「……え?」

ロナンと、顔を見合わせる。

「殺された、ということですか?」
「詳細は不明だ」

ロナンの表情が、険しくなる。

「亡命先で、何者かに」

わたしは、背筋が冷たくなるのを感じた。
レイドは、確かに悪人だった。
でも。

「……おかしくありませんか」
「何がだ」
「彼は、逃げていました」

追われる側だった。
それなのに——。

「誰が、殺したんでしょう」

ロナンは、黙り込んだ。
答えは、出ない。
でも、一つだけ分かる。

「……これで、終わりじゃない」

わたしは、そう呟いた。
レイドは、死んだ。
でも。
誰かが、その後ろにいる。
風が、花を揺らした。
次の敵は、まだ姿を見せていない。
けれど。
——確実に、こちらを見ている。
わたしは、拳を握る。
次に跳ぶときは、もっと高く。
もっと強く。
断罪のドロップキックは、まだ終わらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

わたしと婚約破棄? では、一族の力を使って復讐させていただきますね

ともボン
恋愛
 伯爵令嬢カスミ・リンドバーグは、第二王太子シグマとの婚約お披露目パーティーで衝撃的な告白をされる。 「カスミ・リンドバーグ! やはりお前とは結婚できない! なのでこの場において、この僕――ガルディア王国の第二王太子であるシグマ・ガルディアによって婚約を破棄する!」  理由は、カスミが東方の血を引く“蛮族女”だから。  さらにシグマは侯爵令嬢シルビアを抱き寄せ、彼女と新たに婚約すると貴族諸侯たちに宣言した。  屈辱に染まる大広間――だが、カスミの黒瞳は涙ではなく、冷ややかな光を宿していた。 「承知しました……それではただいまより伯爵令嬢カスミ・リンドバーグではなく、ガルディア王国お庭番衆の統領の娘――カスミ・クレナイとして応対させていただきます」  カスミが指を鳴らした瞬間、ホール内に潜んでいたカスミの隠密護衛衆が一斉に動き出す。  気がつけばシグマは王城地下牢の中だった。  そこに現れたのは、国王バラモンと第一王太子キース――。  二人はカスミこそ隣国との戦争で王国を勝利へ導いたクレナイ一族の姫であり、シグマの暴挙は王家にとっても許されぬ大罪だとしてシグマとの縁を切った。  それだけではなく、シグマには想像を絶する処罰が下される。  これは婚約破棄から生まれる痛快な逆転劇と新たなラブストーリー。

裏切者には神罰を

夜桜
恋愛
 幸せな生活は途端に終わりを告げた。  辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。  けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。  あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。

悪役令嬢の妹は復讐を誓う

影茸
恋愛
王子との婚約を冤罪によって破棄され、何もかも失った少女メイア・ストラード。 そしてその妹、アリアは絶望に嘆き悲しむ姉の姿を見て婚約を破棄した王子に復讐を誓う。

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

黒の聖女、白の聖女に復讐したい

夜桜
恋愛
婚約破棄だ。 その言葉を口にした瞬間、婚約者は死ぬ。 黒の聖女・エイトは伯爵と婚約していた。 だが、伯爵は白の聖女として有名なエイトの妹と関係をもっていた。 だから、言ってはならない“あの言葉”を口にした瞬間、伯爵は罰を受けるのだった。 ※イラストは登場人物の『アインス』です

婚約破棄の帰り道

春月もも
恋愛
婚約破棄を宣言されたその日、彼女はただ静かに頷いた。 拍手の中を背筋を伸ばして歩き、令嬢としての役目をひとつ終える。 やがて醜聞にまみれ、「傷物」「行き遅れ」と囁かれながらも、 薔薇と風だけを相手に庭でお茶を飲む日々。 気品だけを残して、心はゆっくりと枯れていく。 ――そんな彼女の前に現れたのは、 かつて身分違いで諦めた幼馴染、隣国の若き王だった。 「迎えに来た」 静かな破滅の先に訪れる、軍を率いた一途な求婚。 これは、声を荒げずにすべてを覆す、上品な逆転劇。

私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね?

みこと。
恋愛
 鉛色の髪と目を持つクローディアは"鉱石姫"と呼ばれ、婚約者ランバートからおざなりに扱われていた。 「俺には"宝石姫"であるタバサのほうが相応しい」そう言ってランバートは、新年祭のパートナーに、クローディアではなくタバサを伴う。 (あんなヤツ、こっちから婚約破棄してやりたいのに!)  現代日本にはなかった身分差のせいで、伯爵令嬢クローディアは、侯爵家のランバートに逆らえない。  そう、クローディアは転生者だった。現代知識で鉱石を扱い、カイロはじめ防寒具をドレス下に仕込む彼女は、冷えに苦しむ他国の王女リアナを助けるが──。  なんとリアナ王女の正体は、王子リアンで?  この出会いが、クローディアに新しい道を拓く! ※小説家になろう様でも「私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します」というタイトルで掲載しています。

処理中です...