とある令嬢の華麗なるドロップキック

夜桜

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信じる覚悟

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夜が、深く沈み込んでいく。
あの名を名乗らない騎士と、刺客たちが消えてから、伯爵邸には不自然なほどの静けさが満ちていた。
風が木々を揺らす音すら、どこか遠く感じる。

わたしは、窓辺に立ったまま、夜空を見つめていた。

胸の奥が、落ち着かない。
不安と、期待と、焦りと。
いくつもの感情が、絡まり合っている。

「……眠れないか」

背後から、ロナンの声。
振り返ると、彼は壁にもたれかかりながら、静かにこちらを見ていた。

「少し、考え事を」

正直に答えると、ロナンは小さく息を吐いた。

「無理もない」

そう言ってから、彼は窓の外へ視線を向けた。

「敵が誰かも分からず、味方すら信用できない。こんな状況で、平然と眠れるほうがどうかしてる」

その言葉に、胸が少し軽くなる。
理解されている。
それだけで、救われる。

「……あの騎士、何者なんでしょう」

わたしが呟くと、ロナンは顎に手を当てた。

「騎士団の内部だとは思う」

一拍置いてから、低く続ける。

「だが、団長直属でもない。命令だけで動く人間とも違う」

つまり。

「独自に動いている……?」
「可能性は高い」

ロナンは、苦々しげに眉を寄せた。

「そして、それが一番厄介だ」

わたしは、ぎゅっと手を握りしめる。
敵だけじゃない。
味方の中にも、裏切り者がいる。
さらに、その外側にも、思惑を持つ第三勢力が存在する。


「……わたし、信じていいのか、分からなくなりそうです」


弱音が、零れた。
ロナンは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりとこちらに近づき、わたしの正面に立つ。

「疑うことは、悪じゃない」

その声は、静かで、優しかった。

「生き延びるために、必要な力だ」

そして、少しだけ間を置く。

「だが」

視線が、真っ直ぐにわたしを捉える。

「誰も信じられなくなったら、人は壊れる」

……胸が、締めつけられる。

「だから」

ロナンは、ほんのわずかに口角を上げた。

「俺くらいは、信じていろ」

心臓が、大きく跳ねた。

「……ずるいです」

思わず、そう言ってしまう。

「そんな言い方されたら……」

言葉の続きを、飲み込む。
ロナンは、不思議そうに首を傾げた。

「されたら?」
「……なんでもありません」

視線を逸らすと、ロナンは困ったように小さく笑った。
沈黙。
でも、気まずさはない。
ただ、胸の奥が、少し熱い。





翌朝。
伯爵邸には、いつもより多くの報告書が届いていた。
失踪した傭兵。
闇市場の動き。
帝国周辺国での不審な武器流通。
どれも、一本の線で繋がりそうで、繋がらない。

「……レイドの死をきっかけに、何かが動き出している」

わたしは、机の上の書類を見つめながら呟いた。
ロナンは、壁際で腕を組み、考え込んでいる。

「間違いない」

そう答えてから、彼はゆっくりと顔を上げた。

「そして、狙いは一つ」
「……わたし?」
「おそらく」

胸の奥が、きゅっと縮む。
わたしは、ただの伯爵令嬢だ。
特別な力があるわけでもない。
それなのに、どうして——。

「なぜ、わたしなんでしょう」

問いかけると、ロナンは静かに言った。

「キミは、すでに一度、死んでいる」

その言葉に、息を呑む。

「死んだはずの人間が、生きて戻ってきた。その事実自体が、何者かにとって都合が悪い」


……なるほど。
確かに、わたしの存在は「想定外」だ。


「それに」

ロナンは、少し言いづらそうに視線を逸らした。

「キミは、目立ちすぎる」
「……ドロップキック、ですか」


苦笑すると、ロナンも小さく笑った。


「それもある」

でも、その目は、真剣だった。

「力を持つ者は、否応なく注目される」
「望んでなくても、だ」

胸が、ずしりと重くなる。

「……逃げたほうが、いいのでしょうか」

自分でも、驚くほど弱気な言葉だった。
ロナンは、すぐに首を振った。

「無理だ」

即答だった。

「逃げれば、追われる。
 隠れれば、狩られる」

そして、静かに続ける。

「なら、前に進むしかない」

……そうだ。
わたしは、一度、地中から這い出た。
逃げるためじゃない。
立ち向かうために。

「……分かりました」

そう言うと、ロナンは小さく頷いた。

「その覚悟があるなら、俺は全力で支える」

胸が、熱くなる。
不安は消えない。
怖さも、消えない。
それでも。

「……一緒に、暴きましょう」
「裏切り者も」
「黒幕も」

わたしの言葉に、ロナンは力強く頷いた。

「必ず」

窓の外で、朝日が差し込む。
新しい一日。

でも、それは——

平穏とは、程遠い。

次の戦いは、
剣とドロップキックだけでは終わらない。
信頼と疑念。

その狭間で、真実を掴み取らなければならない。
わたしは、そっと拳を握りしめた。

断罪のドロップキックが、
再び空を裂くその日まで。
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