とある令嬢の華麗なるドロップキック

夜桜

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名を名乗らない騎士

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庭に立っていたのは、一人の騎士だった。
黒に近い濃紺の外套。
騎士団の正式な装いではない。
けれど、立ち姿だけで分かる。

——強い。

「……誰ですか」

わたしが問うより早く、ロナンが半歩前に出た。

「名を名乗れ」

騎士は、ゆっくりとフードを外す。
見覚えのない顔。
年齢は三十前後。
表情は、読めない。

「私は、使者だ」

低い声。

「騎士団長リチャード・ケントゥリアの命で来た」

……また、騎士団。
胸の奥が、ざわつく。

「この屋敷に、長居するつもりはない」

騎士はそう言って、視線をわたしに向けた。

「マロナ・ジュピター」

名を呼ばれ、背筋が伸びる。

「あなたに、忠告を」
「忠告?」
「……今夜、気をつけろ」

それだけ。

「どういう意味ですか」

問いかけても、騎士は答えない。

「詳しくは、言えない。――だが」

一瞬だけ、ロナンを見る。

「守れると思うな」

——空気が、張り詰めた。
ロナンの殺気が、はっきりと伝わってくる。

「……もう一度言え」

騎士は、肩をすくめた。

「これは、忠告だ。警告でも、脅しでもない。選べるのは、今だけだ」

そう言って、踵を返す。

「待ってください!」

思わず、声を上げた。
騎士は、振り返らない。

「……一つだけ」

去り際、低く言う。

「信じる相手を、間違えるな」

そのまま、塀の向こうへ消えた。


——静寂。


風が、花を揺らす。
わたしは、無意識に拳を握っていた。

「……どう思いますか」

ロナンに聞く。
彼は、しばらく黙ってから言った。

「敵じゃない。でも、味方とも言えない」

……同感だ。

「リチャード騎士団長の差し金、ですか?」
「可能性は高い」

ロナンは、視線を庭の隅へ走らせる。

「だが、あの男……」
「?」
「俺たちを、試している」

試す?

「……何を」
「覚悟を」

その言葉に、胸がきゅっと鳴った。
覚悟。
わたしは、もう一度死んだ。
だから、怖くないと思っていた。
でも。
——今夜。

「ロナン」

名を呼ぶ。

「今夜、一緒にいてください」

自分でも、驚くほど素直な声だった。
ロナンは、一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。

「もちろんだ」
「助言役として、だが」
「……それでいいです」

いいえ。
本当は、それ以上を望んでいる。
でも、まだ言えない。





夜。
伯爵邸は、いつもより静かだった。
灯りを落とし、警備を増やす。
使用人たちも、緊張している。

「……来るでしょうか」
「来る」

ロナンは、即答した。

「忠告があるときは、すでに遅い場合が多い」

……嫌な話です。

「でも」

ロナンは、わたしを見る。

「今回は、違う」
「どうして?」
「逃げろ、じゃなかった」

確かに。
守れると思うな、と言った。
それは——。

「……狙いは、別ですか」
「あるいは、同時だ」

その瞬間。
——カチリ。
遠くで、金属の音がした。
わたしとロナンは、同時に振り向く。
屋根の上。
影が、二つ。


「……刺客」


息を呑む。

「下がれ」

ロナンが、剣を抜く。

「嫌です」

わたしも、足を開く。
ドロップキックの構え。

影が、動いた。
次の瞬間——。


「待て」


低い声。
昼間の騎士だ。
屋根の縁に立ち、刺客たちを見下ろしている。


「今夜は、退け」


刺客たちは、一瞬ためらい——。
そして、闇へ溶けた。


「……どういうこと」

問いかける前に、騎士の姿も消えていた。
残されたのは、夜風と、鼓動の音。
ロナンが、剣を収める。


「……ますます、分からなくなったな」
「はい」


でも。
確かに分かったことがある。
敵は、一人じゃない。
味方も、一枚岩じゃない。
そして——。

「……本当に、始まりですね」

わたしは、空を見上げた。
月が、雲に隠れる。
次の戦いは、
力だけじゃ足りない。
信じる心と、疑う覚悟。
両方が、必要になる。
断罪のドロップキックは。
まだ、真の使いどころを待っている。
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