氷のように冷たい王子が、私だけに溶けるとき

夜桜

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辺境に咲く愛

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 辺境の村――オルディナ。
 湖のほとりに佇む、古びたけれど温かみのある屋敷。

 ここが、わたしたちの新しい居場所だった。

 ケラウノスは、こんな辺境に別荘を持っていたなんて、一度も口にしていなかった。
 でも、それはまるで童話に出てくるような可愛い屋敷で、湖面が光を跳ね返すたび、屋根瓦まできらめいて見えた。


「ここでなら、誰にも邪魔されずに暮らせる。……君と、ずっと」


 彼がそう言ってくれたとき、わたしは涙がこぼれそうになった。

 誰にも見られないこの世界で、ふたりだけで生きていく。
 それは決して寂しいことじゃなくて、わたしにとっては祝福のようだった。


 朝、ケラウノスがまだ寝ている横顔をそっと見つめながら、わたしはひとり台所に立つ。

 ハーブを刻み、山で採ってきたきのこを洗い、パンを焼く香りに包まれながら一日が始まる。


 彼が起きてくると、くしゃっとした寝癖を直しながら、椅子に座る。
 その目が、真っ先にわたしを見つけて、言うのだ。


「おはよう、ネリネ。……今日も綺麗だな」


 そんなの、ずるい。
 朝から心を奪われてしまう。


「もう……朝はそういうの、禁止です」

 と照れながら言っても、彼は悪びれず笑って、わたしの手を取ってくる。


「でも、本当のことだ。好きだよ」


 顔が熱くなって、俯いてしまう。
 何度聞いても、慣れない。けれど、嬉しくて仕方ない。

 日中はふたりで庭に出る。
 わたしは聖女の力で土地を癒し、畑を耕した。
 土の中に魔力を込めると、枯れた野菜が元気を取り戻し、小さな芽が顔を出す。


「すごいな。まるで……自然が、君に恋してるみたいだ」
「もう……ケラウノスったら……」


 口では抗議しても、胸の中では何度もその言葉を繰り返していた。
 恋してるみたい、って。
 ああ、わたしもきっと、自然に笑えるようになったのは、彼のおかげ。

 彼は木材を運び、柵を修理し、雨漏りしそうな屋根を点検したりと、生活のあれこれを率先してこなしてくれた。

 まるで王子という肩書きなんてなかったように。


 でも、夜になると――
 その瞳は、わたしだけを映す。


 キャンドルの灯りが揺れる寝室で、そっと手を取られ、抱き寄せられるとき。


「ネリネ。愛してる。君がいれば、他に何もいらない」

 その言葉が、あたたかくて、心を満たしてくれる。

「わたしも……愛しています」

 何度も、何度でも言い合った。
 好きだと、愛していると、君がいちばん大事だと。


 この屋敷には宝石も絨毯もないけれど、
 ふたりで積み重ねた言葉と時間が、何よりの宝物だった。


 雨の日には、読書とお茶。
 晴れの日には、湖のほとりまで散歩して、木陰に並んで座る。
 彼の肩に寄りかかって、風の音を聞いていると、ただそれだけで幸せだった。


 遠くに王国も帝国もある。
 でも、ここは別世界のように静かで平和だった。


 ここが、ふたりの“国”だった。
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