氷のように冷たい王子が、私だけに溶けるとき

夜桜

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愛しております

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 ベイスンを討ち取り、アズール王国へ帰還したあの日。

 空は晴れ渡り、雲ひとつない青が広がっていた。
 わたしの胸の中も、まるであの空のように澄んでいた。

 第二王女はそのまま幽閉され、鎖で繋がれた彼女の姿を見ることはもうなかった。
 そして、あれほど口うるさかった第一王女アルシノエも、ケラウノスがベイスンを倒したと知るや否や、宮廷の奥深くに身を潜め、表には姿を見せなくなった。

 嵐が去ったあとのように、城には穏やかな時間が流れはじめた。

 ケラウノスと過ごす日々は、まるで夢のようだった。
 朝は一緒に食卓を囲み、温かいパンと紅茶の香りに包まれながら、他愛ない話で笑い合った。

 昼は時々、城の広い庭を歩いた。
 春の風が髪を撫で、木漏れ日が降り注ぐ小道を、ふたり並んで歩いた。

 そして週に一度ほど、こっそり城を抜けて、街へ出かけた。
 変装をして、小さなパン屋の窓から香ばしい匂いを楽しんだり、露店の首飾りを手に取りながら笑ったり――

 そんな小さな幸せが、何よりも愛おしかった。

 ……あれから、一か月が経っていた。

 気づけば、スローライフというには贅沢すぎるほどの平和な日々。
 だけど、どこかでわかっていた。

 このままずっと、ここで一緒に生きることは……許されないのだと。

 わたしは元聖女で、かつて帝国を追われた女。
 そしてケラウノスはアズール王国の第三王子。
 たとえ皆が黙認してくれていたとしても、正式に結ばれる日は来ない。

 だから、わたしたちは選んだ。
 駆け落ちを。


「行こう、ネリネ。今夜だ」


 月が空高く登った深夜、ケラウノスは黒馬を曳いてわたしを迎えに来てくれた。

 風が静まり、草木が月光に濡れている。
 わたしはその手を取り、馬に乗った。


 アズール王国の城門を、音もなく抜けていく。
 門番さえも、気づくことはなかった。


 そして、満月の光に照らされながら、ふたり並んで馬を走らせた。

 目指すは隣国との境にある、辺境の地。
 森と湖に囲まれた静かな村。誰もわたしたちを知らず、誰にも干渉されない場所。


 風が、優しく頬を撫でた。


 走る馬の背で、ケラウノスがふとこちらを見た。
 そして、言った。


「君を愛している」


 その声は静かで、けれど確かな想いに満ちていた。

 わたしは、胸が熱くなって、しばらく何も言えなかった。

 けれど、やがて心の底から微笑んで、答えた。


「……わたしも、ケラウノスを愛しております」


 ようやく――ようやく伝えられた。
 心の奥でずっと温めていた言葉。
 わたしたちは顔を見合わせ、そっと手を繋いだ。
 もう、恐れるものはなかった。
 月が祝福するように、静かに光を注いでいた。
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