氷のように冷たい王子が、私だけに溶けるとき

夜桜

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終焉と安堵

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 空気が凍りついていた。 
 わたしは、声も出せず、ただ見守ることしかできなかった。

 ――ケラウノスと、ベイスン宰相の一騎打ち。

 周囲には、帝国の騎士たちと、アズール王国の第二王女。その背後には、アズールの密かに配置されていた騎士たちの姿もあった。誰もが、緊張に息を呑み、言葉を発することなくその戦いを見守っていた。

 ベイスンは黒の戦装束に身を包み、鋭い剣を振るう。 一方のケラウノス様は、風のように軽やかで、銀の刃が光を反射しながらベイスンの剣と何度もぶつかり合っていた。

 激しい剣戟の音が、空に響いた。

「くっ……っ、王子ごときが……!」

 ベイスンの声が、怒りに満ちていた。 
 その剣さばきは荒く、しかし長年の実戦を感じさせる鋭さがあった。躊躇のない斬撃。急所を狙う目。わたしの両親を処刑し、わたしを地に落とした男の攻撃は、まるで過去のすべてを否定するかのように鋭かった。

 けれど――


「……遅い」


 ケラウノスの声が低く、冷たく響いた。

 一瞬、空気が揺れた。 
 銀の刃が一閃し、ベイスンの肩口から腹部へと深く斬り裂いたのが見えた。

 わたしは思わず、手で口を覆っていた。


「馬鹿な……俺が……こんな小僧に……っ」


 ベイスンは崩れ落ち、そのまま地に伏した。

 ケラウノス様は血を浴びた剣を静かに振り払い、鞘に収める。

 終わった。 
 ついに――終わったのだ。

 仇が……討たれたのだ。


「……お父様……お母様……」


 わたしはその場に膝をつき、震える手で涙を拭った。 これまで耐えてきた苦しみ、絶望、恐怖――そのすべてが、少しずつ溶けていくのを感じた。

 周囲が騒然とする中、もう一つの動きがあった。  第二王女。

 アズール王国の密かに潜んでいた騎士たちが、一斉に彼女を取り囲み、その場で拘束した。


「な、何をするのよっ! 私は王族よ!? この私が、鎖なんかに……っ!」


 鎖が足元から音を立てて伸び、彼女の手首と足首をつないだ。 その身は、すぐに厳重な幽閉処分が下された。

 彼女は、ベイスンに身を売り、聖女であるわたしを貶め、そして王国の信用すらも裏切ったのだ。 当然の罰だった。

 そのすべてを終えた後、ケラウノス様が、ゆっくりとわたしの方へ歩いてきた。  その姿は傷にまみれながらも、まっすぐで、どこまでも誇らしかった。


「……ネリネ、終わったよ」


 わたしは涙を流しながら、ただ頷いた。


「ありがとうございます……本当に……ありがとうございます……」


 声が震えていた。 
 胸の奥に積もっていた闇が、一気に流れ出した。 
 こんな日が来るなんて思わなかった。

 わたしは救われたのだ。

 ケラウノス様に、救ってもらったのだ。

 その手が、わたしの肩にそっと触れた。


「君は、もう一人じゃない」


 その言葉に、わたしは心の底から泣いた。
 ――わたしは今、ようやく安堵の中にいた。
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