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決闘の序曲
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朝靄の立ちこめるアズール王国の空に、一羽の鷹が舞っていた。
それは王城の上空を旋回したのち、まっすぐ南――オルジア帝国との国境を目指して飛び去っていった。
その鷹の足には、封蝋された一通の手紙が結ばれていた。
宛名はケラウノス――第三王子、個人宛。
手紙を受け取ったケラウノスは、その封を切り、静かに目を通していた。
「……差出人は、ベイスン」
低く呟いた彼の声音に、わたしの胸がざわついた。
その手紙には――
“ネリネを匿うな。帝国の意思に反する行動は、両国の関係を悪化させる”――と書かれていた。
脅迫文。
それ以上でも、それ以下でもない、そんな一方的な命令だった。
けれど、ケラウノスはわずかに目を細めて微笑んだ。
「まるで、恐れているようだな。……ネリネという存在を」
わたしの心がどくんと跳ねた。
そんなふうに言ってくれる人が、この世界にいたのだ。
彼はそのまま手紙を暖炉へ投げ込み、赤く燃え上がる火にくべた。
「断る」
凛とした声。その一言に、わたしは胸を打たれた。
その日の夕方、再び使いがやってきた。
今度は直接会談を求める文だった。
場所は、中立地帯フィルゼ・フォードの草原。両国の軍の展開が制限されている地。
ケラウノスは書簡を手に、難しい顔で黙り込んだ。
「罠だな……」
小さく呟いたその言葉に、わたしは即座に首を横に振った。
「罠です。絶対に。ベイスンが正々堂々と話し合いなんてするわけがありません」
確信があった。
あの男は、いつも裏から人を操って、自分は安全圏にいる男だった。
ケラウノスはしばらく沈黙し――やがて、低く静かな声で言った。
「……だからこそ、行く」
わたしは目を見開いた。
「討つ。ネリネ、君の両親の仇を、俺はこの手で討つ」
その言葉に、涙が出そうになった。
わたしのために、そこまで……
「……わたしも、共に行きます」
そう告げたとき、彼はわずかに目を見開いて、優しく頷いた。
――そして三日後。
フィルゼ・フォード。
風に草が揺れる丘を越えた先には、信じられない光景が広がっていた。
ベイスン宰相の軍が、堂々と展開していた。
そして、その中央に立っていたのは、ひときわ派手な衣装を身にまとった若い女性。
その顔を見た瞬間、わたしの中で怒りが爆ぜた。
「……あの人は……アズールの第二王女……」
やっぱり……二人は繋がっていたんだ。
噂だけじゃなかった。
吐き気がするような現実。
ベイスンは、わたしのすべてを奪って、今は隣国の王女と手を取り合って笑っている。
そんな彼が、こちらへ歩いてきて、わざとらしくマントを脱ぎ捨てた。
剣を抜き、こちらへ挑むように言い放った。
「安心しろ。見物客がいなくてはツマらんからな」
ケラウノス様は、静かに馬を降り、彼に向かって歩み出る。
「一対一の勝負ってことだな」
「そうだ。ケラウノス王子。お前が負けたら、ネリネをお前自身の手で処刑しろ」
その言葉に、全身が凍りついた。
――わたしを、自らの手で……?
わたしは叫ぶように前に出た。
「ケラウノス様、お願いです! わたしのためなんかで戦わないで!」
わたしなんかのために、命を懸けるなんて、してほしくなかった。
けれど彼は、わたしの目を見て言った。
「大丈夫だ。絶対に勝つ」
風が吹いていた。
彼の銀髪が、空へ向かって揺れていた。
その背中が、わたしには……とても大きく見えた。
そして今、決闘の時が迫っていた。
それは王城の上空を旋回したのち、まっすぐ南――オルジア帝国との国境を目指して飛び去っていった。
その鷹の足には、封蝋された一通の手紙が結ばれていた。
宛名はケラウノス――第三王子、個人宛。
手紙を受け取ったケラウノスは、その封を切り、静かに目を通していた。
「……差出人は、ベイスン」
低く呟いた彼の声音に、わたしの胸がざわついた。
その手紙には――
“ネリネを匿うな。帝国の意思に反する行動は、両国の関係を悪化させる”――と書かれていた。
脅迫文。
それ以上でも、それ以下でもない、そんな一方的な命令だった。
けれど、ケラウノスはわずかに目を細めて微笑んだ。
「まるで、恐れているようだな。……ネリネという存在を」
わたしの心がどくんと跳ねた。
そんなふうに言ってくれる人が、この世界にいたのだ。
彼はそのまま手紙を暖炉へ投げ込み、赤く燃え上がる火にくべた。
「断る」
凛とした声。その一言に、わたしは胸を打たれた。
その日の夕方、再び使いがやってきた。
今度は直接会談を求める文だった。
場所は、中立地帯フィルゼ・フォードの草原。両国の軍の展開が制限されている地。
ケラウノスは書簡を手に、難しい顔で黙り込んだ。
「罠だな……」
小さく呟いたその言葉に、わたしは即座に首を横に振った。
「罠です。絶対に。ベイスンが正々堂々と話し合いなんてするわけがありません」
確信があった。
あの男は、いつも裏から人を操って、自分は安全圏にいる男だった。
ケラウノスはしばらく沈黙し――やがて、低く静かな声で言った。
「……だからこそ、行く」
わたしは目を見開いた。
「討つ。ネリネ、君の両親の仇を、俺はこの手で討つ」
その言葉に、涙が出そうになった。
わたしのために、そこまで……
「……わたしも、共に行きます」
そう告げたとき、彼はわずかに目を見開いて、優しく頷いた。
――そして三日後。
フィルゼ・フォード。
風に草が揺れる丘を越えた先には、信じられない光景が広がっていた。
ベイスン宰相の軍が、堂々と展開していた。
そして、その中央に立っていたのは、ひときわ派手な衣装を身にまとった若い女性。
その顔を見た瞬間、わたしの中で怒りが爆ぜた。
「……あの人は……アズールの第二王女……」
やっぱり……二人は繋がっていたんだ。
噂だけじゃなかった。
吐き気がするような現実。
ベイスンは、わたしのすべてを奪って、今は隣国の王女と手を取り合って笑っている。
そんな彼が、こちらへ歩いてきて、わざとらしくマントを脱ぎ捨てた。
剣を抜き、こちらへ挑むように言い放った。
「安心しろ。見物客がいなくてはツマらんからな」
ケラウノス様は、静かに馬を降り、彼に向かって歩み出る。
「一対一の勝負ってことだな」
「そうだ。ケラウノス王子。お前が負けたら、ネリネをお前自身の手で処刑しろ」
その言葉に、全身が凍りついた。
――わたしを、自らの手で……?
わたしは叫ぶように前に出た。
「ケラウノス様、お願いです! わたしのためなんかで戦わないで!」
わたしなんかのために、命を懸けるなんて、してほしくなかった。
けれど彼は、わたしの目を見て言った。
「大丈夫だ。絶対に勝つ」
風が吹いていた。
彼の銀髪が、空へ向かって揺れていた。
その背中が、わたしには……とても大きく見えた。
そして今、決闘の時が迫っていた。
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