婚約破棄された侯爵令嬢ですが、真実を暴いたら騎士様に溺愛されました

夜桜

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第7話 淡い午後の約束と、騎士たちの影

 冷たい冬の空気も、今日はどこかやわらかい。
 庭のバラに薄氷が張っていて、それが陽に照らされてきらきらと輝いていた。

 事件からしばらくが経ち、侯爵家の周囲も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
 その日、わたしは屋敷の門前で、少し緊張しながら彼の姿を待っていた。

「……リリア様」

 振り返ると、そこにはアレンがいた。
 黒い騎士団の制服。凛とした佇まい。けれど、私に向けるその表情は、少しだけやわらかくて――心地よい。

「お待たせしました。今日は、ゆっくり街を歩きましょう」

 彼の手をそっと取り、頷いた。
 今日だけは、騎士と令嬢ではなく、“私”と“アレン”として過ごしたかった。


 ◆


 王都の街並みは華やかだった。
 露店からは甘い焼き菓子の匂いが漂い、子どもたちの笑い声が響く。


「……こうして歩くの、初めてですね」
「そうですね。リリア様と一緒に並んで歩けるなんて……夢みたいですよ」

「……アレン」

 顔が自然にほころんだ。
 彼と並んで歩くだけで、こんなにも心が弾むなんて。


「ここ……懐かしいな。昔、母と来たんです。お花を買って……」
「そうなのですね」


 思い出話をする私に、アレンは横でそっと微笑んだ。


「今度は、俺と一緒に。……たくさん、思い出を作りましょう」


 その一言が、胸の奥にそっと染み込む。
 まるで、ずっと欲しかった言葉をもらった気がした。


 ◆


 午後の陽が傾くころ、二人で人気のない湖畔の公園へ足を運んだ。
 ベンチに並んで座りながら、私はそっと聞いた。


「アレンは……これまで、誰かを好きになったこと、ある?」


 彼は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして――ふっと、目を細めた。


「十年前。子どもの頃、命を救ってくれた少女がいました。その人のような騎士になりたくて、ずっと努力してきた」

「……え?」

「貴女のことですよ、リリア様」


 言葉が出なかった。

 胸が締めつけられて、顔が熱くなって。


「ずっと……?」
「はい。今も、その気持ちは変わりません」


 私は気づいた。
 彼の視線が、誰よりも優しくて、真っ直ぐで。
 それは、恋というにはあまりにも深く、温かい――絆だった。

 そのときだった。


「……ずいぶんと楽しそうだな」


 背後から、聞き慣れない声がした。

 振り返ると、長身で整った顔立ちの男が立っていた。
 黒髪に碧眼、騎士団の制服を着ている。だが、アレンとはまるで違う鋭い雰囲気。


「貴女が、侯爵令嬢リリアか。噂通りの美貌だ」
「誰……?」

「失礼、自己紹介がまだだった。俺はクライヴ。騎士団第二小隊の副隊長。アレンの“同期”だよ」


 アレンの顔が、わずかに強張る。


「クライヴ、何の用だ」


「任務の途中さ」
「任務だと?」


 けれど、クライヴは私だけに視線を向ける。


「リリア嬢にご挨拶をしたくてね。……君のような美しい女性には、ふさわしい男が必要だ」


 その瞳には、確かに“意志”が宿っていた。
 それは、挑戦とも、興味ともとれる色。


 この人……私に興味があるの?


 空気が、わずかに張りつめた。
 せっかくの甘い時間だったのに。


「アレンと私は、今、一緒に時間を過ごしているの。あなたの立ち入る隙間なんて、ないわ」


 静かに、でもはっきりと告げた。
 アレンが、驚いたように私を見た。

 でも、わたしの気持ちはもう決まっていた。
 この人の隣にいたいと、心から思っているのだから。

 けれど、クライヴは自信満々な様子で背を向けた。


「また来る」


 それだけ言い残し、去った。


 ◆


 その夜、屋敷に戻る馬車の中。
 アレンは何度か何か言いたげに口を開き、そして閉じた。

 けれど――最後に、そっと呟いた。


「……ありがとう、リリア様」

 私は小さく笑った。


「どういたしまして、アレン」


 こんな日が、もっと続いてほしい。そう願った。
 だが、その想いとは裏腹に――

 クライヴが次なる波乱を呼ぶことになるとは、
 この時の私はまだ、知らなかった。
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