悪魔に愛されているのでとりあえず愛し返そうと思います

塩バナナ

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悪魔と子供

問題、ですか

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「――アル」

 青白い頬が幽かに赤く染まる。
 喜色を浮かべるその紫の瞳に、俺は吸い込まれる感覚を覚えた。
 一体、目の前の彼は誰だっただろうか。背に翼の生えた人間など、知り合う機会ない筈だろうに。靄の掛かった記憶が、彼に既視感を見出だしている。
 あれは、あれが、俺の憎むモノ。長く続く、因習の発端。

 そう認識した途端、俺は頭に血が上っていたようだ。今思えば無謀でしかなかったのだから。

―――――――――――――――

 おはようございます、こんにちは、こんばんは。
 始めまして、出会いまして、俺の名前はセレスティアル・ジュエルです。

 突然ですが問題です。
 俺の今の状況はどうなっているでしょう。

 あ、ちょっと考えてから先へと進んでくださいね。
 そうですね……たっぷりと五分ほど考えていただけると嬉しいです。
 ああ、考えたくないのなら一秒ほど目を瞑ってから進んでください。
 一秒なんてほんの一呼吸にも満たないまばたきには少々長い程度の時間です。
 その程度の時間くらいは俺にください。
 俺だってまだ、この状況を理解しきれていないのですから。

 ……いや、もう、本当になんだこの状況。

 屈強な男達が俺の前にそびえ立つ。
 人数は九人。年齢層は上は八十ほどから下はようやく三十といったところだろうか。
 彼らに敵対の意思はなさそうだが、かといってただ無意味に俺を睨んでいるわけではないようだ。

 そもそもここは俺の家、ジュエル邸。
 ジュエル家は辺境伯の位を冠する、所謂貴族に値し、先日ようやく俺はその位を父から受け継いだ。
 幼き頃から俺は父を越えれば家を継ぐことを許すと言われ、そしてそれは先日のに成すことができた。めでたく急遽俺の誕生日と同時に爵位継承の義を行い、俺はジュエル辺境伯と相成ったわけだが……それがどういった理由で今この状況なのだろうか。

「ええと…それでどういったご用件で?
まさかずっと睨みを効かせているわけにもいきますまい。ここに至った経緯を教えていただけますか」

 極めて冷静に、しかし傲ることなく、俺は渾身の困り顔で尋ねた。自分がまだ幼い子供だという自覚はある。そしてそれに重すぎる肩書きだということも。
 先日位を冠したばかりと言えど領民の、それも活躍中の者の顔や人柄は記憶している。だが彼らに俺の人柄としての記憶はほぼ無いに等しいだろう。つい最近まで親の庇護下にあったのだ。次期領主といえども子供は子供。人柄を知る必要性などないと侮っていたはずだ。
 まずは『俺』を知られる。そして信用を得る。これが領主としての最初の仕事だろう。

 じっと見つめると最高齢の男、ファビシオが溜め息を吐き、表情を緩めた。
 そしてやはり家を継ぎなされたのだなと快活に笑った。
 すると他の男たちも険しい顔を一転させ、坊っちゃんを睨み付けるの肩凝ったなどと言いながら笑うのである。

 これにはああなるほどと多少合点がいったが、わからないことも多い。
 きっとこれは幼い身にして辺境伯という俺がその位に胡座をかいていないかを試そうという計らいだったのだろう。そのためのあの敵意のない睨みだったのだ。
 しかし分からない。それだけの理由ならばこの人選であることが。

 ファビシオはジュエル家の領地、オーブルームという小さな村の村長だ。八十路やそじという高齢にも関わらずすらりと延びた長身に過多ではない程度の筋肉が付き、きれいに切り揃えた白い髪と顔の皺だけがその年齢を表しているような好好爺だ。
 他にも三人ほどがファビシオと同職で、それぞれの村は隣接しあっている。
 その他の五人は漁師、大工、商人、冒険者、村の警備と代表者ではあるものの全くもって協調性のない人選だ。
 いや、きっと何か理由があるはずだ。協調した理由が。

「皆さん遠いところからお越しいただいたのですからお疲れでしょう。どうぞお掛けください
それからゆっくりと積もる話でもしましょう」

 笑顔を向け、ソファーへと彼らを促す。彼らはそれに従い一息ついた。
 代表としてファビシオが話し出す。

「私共は領主様の御耳に私共の抱える問題についてお聞かせとう思いこうして参上した次第にございます」

 “俺”ではなく“ジュエル辺境伯”へと話す口調に変わり、俺は身構えた。

「問題、ですか」
「はい、最近我が村で盗みが横行しているのですが、それだけならばまだ対処のしようがございます。しかし盗まれるのは決まって鳥や羽に関連したものばかりで……しかもこんな書き置きが」

 そう言って俺の前に差し出されたのは『これではない』と赤黒い文字で書かれた小さな紙切れだった。これではないのなら盗む必要はなかろうにと俺が険しい顔をしていると、他の者が我も我もと次々に問題を挙げていく。
 飛び魚がすべてヒレをもがれていただの、ある貴族の家の庭に設置する天使の銅像が見るも無惨に壊されていただの、バード種の魔物の羽根がもがれた状態で森のそばで横たわっていただの――。
 次々と出てくる問題に俺は溜め息を吐きそうになった。なんだってこうも俺が就任した直後に色々と起こっているんだ。いや、寧ろ代替わりでゴタゴタしているからこそ問題を起こしやすいのか。
 被害の大小がどうとかよりも気味が悪い。
 そして考えるまでもなくすべて同一犯によるものだろう。ご丁寧にもどの現場にも書き置きがあったらしいのだから。

「……話を統合すると、どうやらすべて夜、人気のない時間に羽、特に鳥のものを狙い、破壊活動を繰り返している、と。しかも『これではない』という書き置きを、恐らく血文字ですべての現場に残している……」
「ええ」
「しかし気になるのはバード種や鳥などは羽根だけだというのに、天使像は壊されていたというのがまた妙ですね……」

 天使に何か恨みでもあるのだろうか。
 いやしかし、天使というのは神話の中で語り継がれる神の使い。実際には存在しないし、恨まれるようなことをする存在でもない。
 もしかすると犯人は壊すというより、探しているのかもしれない。

 人に羽根が生え、頭に光る輪を付けた天使のような存在を。

 ……馬鹿馬鹿しい。教会を嫌悪している者かなにかの犯行だろう。天使像でも飾って囮にしてさっさと捕まえればいい。
 そう、思ったのだが。

「お忙しい身だとは存じておりますが、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか」

 天使像はもう試し、そして相手も学習したのか狙いに来すらしなかったらしい。
 彼らは揃いも揃って八歳になったばかりの子供に頭を下げ頼み込んだ。

 俺に、囮になってほしいと。
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