悪魔に愛されているのでとりあえず愛し返そうと思います

塩バナナ

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悪魔と子供

休みたい

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 事実は小説より奇なりと言うけれど、そんな言葉が使われるのはいつだって小説の中だけだ。
 実際、小説より可笑しい状況に足を踏み入れることなんて万に一つもないはずだ。
 そう、ないはずなんだ。

 予想だにしない状況につい、手近にあった書類を掴んでしまう。彼らが少し顔をしかめた。
 なぜ俺なんだ。
 そう思わなくもない。
 いや、彼らが俺を囮にと指名した理由は他の誰よりも自分が一番分かっている。分かっているがやはり何故と言いたくなるのは人間ひとさがだろう。
 だが、屈強な男たちに土下座までさせていやそういわれてもと断るのは少々心苦しい。
 そもそも彼らがなぜ俺を囮にと指名したかは、俺が年端もいかない子供で、且つ力があると思われているからだろう。

 神話には人と同じく神に似せて作られた彼らはその幼い姿に反して凄まじい力と知力を持っていたとされ、かみに使える者という意味で天使と呼ばれた。
 天使は諸説あるが、幼い姿に背には純白の鳥のような羽根を持ち、頭の上には黄金に輝く光の輪があるという。

 そこまではまあいい。爵位を継いだ時点で父の傀儡かいらいとなる覚悟はできている。今さら天使などというお伽噺の存在になることに抵抗はない。
 だが、神話や子供に語って聞かせるような絵本に登場する天使の姿の最大の特徴は全裸ということだ。
 古来より裸は神聖なものとして伝えられ、だからこそみだりに他人に見せてはならないと人間は布を体に巻き始めた。これが服の起源だ。

 しかし存在が神聖である天使は人間に神の御言葉を伝えに来るときも、天より光を降らせるときも、神の子を地上に下ろすときもすべて全裸。神の子の世話をするときでさえ全裸だと文献に残っている。
 何故そこまで裸を強調するのか理解に苦しむが、なにがなんでも天使と裸は神聖なものだと知らしめたいのだろう。決して変態的性癖を持ったものが書き残したものを貴重な文献として扱っているわけではないだろう。そうであってほしい。そうだと信じている。

 しかし、例え俺がまだ十にも満たない子供であっても、貴族であることには変わりなく、現当主が公共の場で全裸になったとあっては末代までの恥。いや、全裸ではないにしろ半裸ほどの薄着は必至だろう。
 だが、裸ごときで領民への協力を惜しむほど狭量だと思われるのは俺の領主としてのこれからを思うと得策ではない。辺境伯となった俺の当面の目標は子供という条件なしで領民の信用を得ることだ。

「私共としましても、領主様を危険に晒すなどということは望んでおりません。もしそのようなことがあればこの老いぼれ、老体を酷使してでも貴方を守る所存であります」

 どうやら返事に悩んでいるのを犯人に怯えているためと思われたらしい。
 彼らは懇願するようにそのままの姿勢で俺を見た。
 確かに歳も経験も何から何まで劣る子どもが、鳥や魚の体の一部をもぎ取り、終いには青銅でできた天使像を全壊にしてしまうような不気味極まりない犯人を誘き寄せるための囮にされると言えば、何がなんでも拒否するに決まっているだろう。
 実は天使の格好をしたくないからとは口が避けても言えない。

 そもそも、そもそもの話だ。
 俺は辺境伯で、当主。更に言えば子供だ。
 そんな俺に危険人物だと思われる者の囮になれというのは非常識で馬鹿げたことだろう。
 それに今俺の目の前には捌ききれていない爵位引き継ぎの書類の山がある。
 断ろうと思えば断る理由は大いにある。

 しかし今後の信頼の面で『あの領主、囮すらまともに出来ないのか』というレッテルは張られたくない。
 それにこの状況でできないと言うのは多大な罪悪感が残る。

 ここは一旦、受けるしかないか。

「皆さん顔を上げてください」

 俺は椅子から立ち上がると、なるべく笑顔でいるよう努めた。

わたくしのような若輩者に大したことはできませんが、これでもこの地を納める領主ですから、領民の皆さんの力となるため尽力いたしましょう」

「セレスティアル様……!ありがとうございます!誠心誠意お守りさせて頂きます」

 感極まったように再び頭を下げるファビシオ達。
 俺はそれを制すとこれからの計画を持ちかけた。
 神の使いを毛嫌いする謎の輩をお縄につかせる計画を。当然、俺の服の布面積を少しでも多くするよう誘導して。



 結局、俺は純白の布を胸と腰辺りに巻き付けた形の格好になった。なぜ当然のように男である俺の胸も隠されるのかはこの際置いておくとして。

「何で下着は身に付けちゃダメなんですか?」

 計画を話し合う折で仲良くなった冒険者ギルドの代表者マスターに意図して上目遣いで尋ねると、彼は言葉を詰まらせながら答えた。

「天使とは穢れ無き存在です。そして服は人間の恥という罪の象徴とされています。そのため、なるべく縫い合わせたものを身に付けないような格好として下着は相応しくないのですよ」

 なるほど、だから布を巻き付けるだけなのか。納得――……とはならないだろう。
 別に神話どうのこうのを真っ向から否定する気はないし、宗教上の価値観というのは重要なものだとは理解している。しかしそれが自分に降りかかってくるとなると別だ。

「大丈夫ですよ絶対に中が見えないよう、お着せしますから。辺境伯様の純潔はこの命に変えてでも守り抜いて見せます!」

 ドンッと胸を叩いて笑顔を見せる彼はもう折り返しの歳だというのに仔犬のように見える。良い冒険者は少年の心を忘れないと父が言っていたことを思い出した。
 “純潔”がなんのことかは分からないし考えない方がいいと直感が告げているが、彼らならば安心して身を預けられそうだ。実際、俺が少しでも傷つけられた場合の犯人に対する処置を隅の方で物騒に話し込んでいる男たちの目付きが正直怖いし。
 彼らの地元が血塗られた場所にしないためにも確りと守られよう。村の子供たちの心的外傷トラウマになりかねん。

 未来の宝こどもを守り抜くことも領主の仕事だと決意を新たにして、未だ物騒な話を続ける男たちを客室へ促す。彼らの村から我が家までは結構な距離があり、馬を急かしても半日はかかる。恐らく今日到着したばかりで上司おれに報告、相談、そして先程の物騒な話し合い。屈強で鍛えているものが多いものの精神的にも身体的にも疲労していることだろうと思い、今日はとりあえず時間も遅いので我が家に泊まって貰うことにした。
 ここでまた男たちが恐れ多いなどと言い出し一悶着あったが、領主権限で強制的に泊まらせた。というか何だ領主様と一つ屋根の下って。生娘か。

 翌日、起きてリビングへ向かうと、彼らはまだ話し合いをしていた。流石に夜は寝ただろうが、精神衛生に悪い話し合いを朝にする意味が分からん。俺が挨拶すると、彼らは跪き頭を垂れて朝のご挨拶。貴族と平民の関係とはこんなものだっただろうか。
 挨拶もそこそこに朝食を終え、日時など細かいことの話し合いを終えると彼らは早々に帰っていった。村に用事があるとか早く帰りたいという様子ではなく、我が館から早く脱け出したそうだったのは気のせいだろうか。

「…………」

 自分だけで考えていても人の気持ちなど分からない。そんなことより自分に今必要なことは情報の整理だ。
 俺の衣装はファビシオの村の者が用意してくれるということで、俺がするのは本当に囮だけらしいのだが、ある程度の流れを汲んでおかないといけないだろう。
 自室に戻った俺は、散らかしたままの書類を雑多にまとめ、ベッドの上に放った。また散らかる書類に頭の隅で後で片付けようと思いながら新たに紙を取り出した。

 作戦の決行は十日後。
 罠の中心に囮の俺が羽根付けて花冠頭にのせて半裸状態で突っ立っておく。なんとも間抜けな格好だと思うが、先程帰った彼らの話し合いがもっとも白熱した部分だと言うことを付け足しておこう。
 犯人が囮に釣られて襲いかかってきたところを、力自慢の者達が純粋な力で捩じ伏せるというなんとも原始的な作戦だ。
 ただ、相手は銅像をも破壊してしまうようなバケモノじみた者だ。人間が何人寄ったって叶わないかもしれないと議題に上がり、対策としては土属性や木属性の魔法を用いて縛り上げるというものが持ち上がった。それならば俺も手伝えるのではと名乗りを上げたが、ファビシオに領主様は高みの見物をしていてくだされと言われてしまった。そんなに頼りないだろうか、俺は。
 これでも世にも稀な全属性持ちなんだが。というかそれが目当てで俺に頼ってきたのではないのか。

 この世界には魔法がある。といっても使えるのは魔力を持つ者だけだ。魔力を持つのは主に貴族で、極たまに平民からも突然変異か貴族のなり下がりが祖先にいたかで魔力を持つ人間が現れるらしい。まあどうせそのごく稀な平民もそのうち貴族へと転身するのだろうがそんなことはどうでもいい。
 魔力と想像、そして本人の素質。それらを駆使して超常を具現化させたもの、それが魔法だ。火、水、木、土、風、闇、光の七つの属性があり、通常一つか優れていて二つの属性を得意とする者が多い。さらに言えば闇と光は特殊属性とも言われており、扱えるものは全体の割合を見ても一割いけば良い方だ。
 そして何の冗談か俺は魔法の素質に恵まれていたらしく、七属性すべてを軽く扱えていた。辺境伯子息という位にも関わらず、王位継承候補第一位という方よりも魔力に優れているだの言われて、5歳頃に十も年上であるはずのその人から要らん恨みを買ったことは記憶に新しい。
 出来ることなら変わってほしかった。全属性操れるからといって魔法を使いたいとは限らんだろう。使って良しとされる三つになった途端に父から修行だと言われて、体力が尽きるまで魔法を酷使させられる辛さがわかるか。その上八つになったらよくぞ俺を越えてくれたとか言って父が生きているうちに位を継がされた子どもの気持ちがわかるか。
 自分で言うのもなんだが遊びたい盛りの子どもだぞ。まだ就学して二年しか経っていなかったというのに、許可した現国王も大丈夫なのか。というか領民も反対しなかったのか疑問なんだが。

 話がそれた。とにかくそんな俺の力を頼って我が邸宅へやって来たのだとばかり思っていたが、彼らは一切そんなことは言わずに、本当に囮としてだけの役割を俺に与えて帰っていったのだ。意味が分からない。それならば俺よりももっと天使らしい者にその役割を任せれば良いというのに。
 まあ、自衛できるから俺を囮にしたのかもしれない。俺ならばそこらの子どもを囮にされるよりは安心できる。面倒ではあるが。

 計画を紙面上で明確にすると、怠い感覚は消えぬものの少しの達成感を得られた。

「ご主人様」

 なんだかどっと疲れたので椅子に身を預けていると、執事長が声をかけてきた。と同時に昼の鐘が鳴った。
 ああ昼食の時間か。俺が席を立ち部屋を出ると入れ替わりに侍女達が入ってくる。執事に連れられ食堂に行っている間に、彼女らが部屋の掃除をしてくれるのだ。さて、昼食後は本来の仕事を片付けなければな。

 そう心に決めると、また鬱屈した気分が持ち上がるのだった。
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