悪魔に愛されているのでとりあえず愛し返そうと思います

塩バナナ

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悪魔と子供

面倒な

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 穏やかな風が頬を撫でる。雲ひとつなく、陽が優しく豊かな地を照らし、どこを見ても気持ちの良い晴天である。昼食も終え、一つ深呼吸でもすれば、微睡みそうになるほどの空気の中、俺は年不相応な眉間の皺をこさえていた。

「領主様、お加減はいかがですか」

 ファビシオが出入り口から顔を出して、そう聞いてきた。俺は即座に作り笑いながら姿勢を正した。
 俺は今、ファビシオの村から少し離れた平野に設置された簡易テントに控えている。
 花冠を天使の輪に見立てて頭に乗せ、胸と腰には布を巻いた俺はどこから見ても馬鹿らしいの一言に尽きる。羽は重いからとまだ身に付けてはいないが、当然気分は最悪だ。今さら後悔しても意味はないが、すでに役を降りたくなっている。
 だが、そんなことを言っていては人の心はついてこない。人心を掴むにはまず、信じさせることが大事なのだ。自分は無害で、むしろ有益なものなのだと。

「……ええ、とても良くしてもらっています。今は役をしっかり務めようと士気を高めているところです」

 無邪気を張り付けて言うと、ファビシオは突然苦しそうな顔をして頭を下げた。その沈痛な面持ちは誠意を多分に含んでいた。

「領主様、今まで隠してきたことがございます」
「隠してきたこと?それは何ですか?」
「実は、囮というのはこれが初めてではないのです」
「………は?…それは、どういう……」
「これまで、何度も十を越える前の子どもを囮としていたのです。もちろん、子どもにも親にも了承を得て。しかし、一度たりとも成功したことはございません」

 これは、最初の子どもの話です。
 そう前置きしてファビシオは語り始めた。この事件の本当の始まり、そして永くに続く忌むべき風習を。
 数百年も昔、今と同じく、その時も天使破壊の被害があったそうなのです。ただ、当時は今よりも狂暴で凶悪であったそうで、何人かの子どもが惨殺されていたそうです。そこでとある勇敢な少年が自分が囮になると名乗りを上げました。碧色の瞳が綺麗な少年でした。
 もちろん周囲は反対し、馬鹿なことは止めろと何度も言われていたそうです。しかし彼はとある日の晩、誰にも言わずに鳥の羽を背負い森へと入っていってしまった。数日後、懸命な捜索にようやく見つかった彼は、瞳をくりぬかれ、赤い涙を流しながら事切れていたそうです。

「それから被害がなくなったのですが、また数年して同様の被害が起こり始めました」

 次に名乗りを上げたのは、優しい少女でした。ブロンドの髪が美しい少女はとても綺麗な心の持ち主だったそうで、多くの者に愛されていたと聞きます。一度目の結果を知っていた者たちは強く反対し、知らなかった者たちは彼女なら犯人の心を鎮めることができるだろうと賛成しました。その村は村の中で賛成派と反対派で多くの被害を出しながら争いました。少女はそれを甚く悲しみ、また少年と同様の道を辿りました。見つかった少女は首から上が無くなっていました。

「次もまた次も、事件が起こり子どもが被害にあって数年の平穏が訪れる。それを繰り返していく内に、被害が出始める頃に子どもを囮に捕獲作戦を立てるようになったのです」

 そう締め括って俺を窺い見たファビシオはまるで化け物でも見たかのように顔を酷くひきつらせた。きっと俺は実の親にすら見せたことのない表情をしていることだろう。
 全身の血が煮えたぎるような、逆に全身が冷え込むようなそんな感情が腹に落ち着いている。領民の前なのだ平静であらねばと理性が締め付けるが、それで押さえ込むには無理な話だった。
 囮。そう言ってはいるが、これは事実的な生け贄だ。別に俺は騙されたことにも、生け贄に立たされたことにも憤りを感じてはいない。話しにくい歴史であり、それも子どもに語って聞かせるのは憚られることだろう。それに俺のような信用ならない領主を生け贄として殺せるのなら、悩む暇もなかろう。
 俺は、子を生け贄として、それを良しとしていることにただならぬ怒りを覚えているのだ。
 子どもは守るべきものだ。間違っても羽のもがれた鳥や魔物などと天秤にかけるものではないだろう。食料の捕獲量が減ったら口減らししたいのは分かる。だが、そうさせないために領主おれたちがいるのだ。
 税が納められないなら減税も考えるし、別の稼ぎ方も考える。食料がないなら、開墾の土地も与えるし、他領から援助を求めもする。なんなら犯人潰しに私兵を放つことも吝かではない。なにも馬鹿の一つ覚えで囮を出し、まんまと子どもを殺されることはないだろう。

「あ、あの……領主様、お嫌であれば今回のことは無かったことに………」
「いえ、いいえ。嫌などということは御座いません」

 想定よりも地に這うような声が喉から絞り出た。体の熱が全て末端に走ったかのように暑くもどかしい。だというのに頭は凍えるほどに冴え渡っていた。
 ファビシオの顔を見ることはできなかった。

「寧ろやる気に満ちた心地に御座います。――必ずや、この悪習を我が手で殲滅して御覧にいれましょう」

 腹に据えかねる思いだが、それをファビシオにぶつけても仕方がない。すべての事件の原因は悪趣味で低俗で卑劣で非人道的な愉快犯なのだから、そちらにさせていただこう。なに、どのような好事家にも対応できるよう、我が家にはそれ相応に玩具オモチャを用意している。になることなど決して無いよう、付きっ切りでお持て成ししようではないか。

 ファビシオに少々退室願うと、何故だか逃げるように去っていってしまった。他に誰もいないことを気配で探ると、俺は隠し持っていた鳥笛を口につけ拍子をつけながら甲高く吹いた。すると外でばさっと鳥の羽音が聞こえたので少し満足して息を吐いた。
 これで帰った頃には地下室の整備も済んでいることだろう。あとは俺が役割を全うするだけだ。
 テントに用意された椅子に深く座り、終わる気配の無い領主引き継ぎの書類や陳情書などに目を通していく。ある程度落ち着いたら甘味に金を使おうと思いながら、先程とは逆に不満まみれの息を吐いた。
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