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悪魔と子供
作戦決行
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陽の光に融けるような優しい金の髪、慈愛を包み込むような海を思わせる碧の瞳。母に似た柔らかな顔立ちと父を上回る稀代の聡明さで、性格は博愛とまるで神を映したかのような多くに愛される少年――
――なんて、誰が言っていたんだったか。ああ、確か微かすぎてもはやどういう繋がりか思い出せないほど遠い親戚のお婆様だったような。占い師をされていて、父が子をどのように育てると大成するかをご指導頂きたいとお連れしたんだったか。
しかし仰ったのは近い未来のみ。その経過は何も言わず、成り行きに任せよと仰ったのだ。ただ、熟した期は逃してはならぬという忠告もしていたようだが。
俺は当時、一歳を迎えたばかりで、お婆様のぎらつくギョロリとした目が怖くて泣いていただけだったはずだ。しかし父はお婆様の仰ったことを俺がしっかりと理解しているように感じたという。
容姿については一旦置いておく。人の印象や美醜など好みや欲目でどうとでも変わる。だが、性格については完全否定させていただこう。
俺は博愛などと言うものは持ち合わせていない。自分の偏った倫理観のもと愛するものは決定されるし、それ以外は平等に底辺だ。そして今日からは更に底に分類されるものができた。まあそれはこれから磨り潰すのだから今日限りだが。
靴を脱いで天幕を出た。ホーと夜鳥が鳴く。月明かりに照らされ、虫たちが星屑をちりばめたように舞っていた。
空がいつもより高く見える。そういえばこんなにゆっくりと星空を眺めたのは何時ぶりだろうと眉を歪めた。就学前はまだ、一日草原で寝て過ごすことも許されていたのに。
辺りは暗いが月明かりのお陰で迷いなく歩けている。あまり何者も寄り付かない場所なのだろう。歩みを憚るようなものはなく、足裏を傷付けるような小石すらそこらには落ちていないようだった。
目的地は森の中腹、平原から入った整えられた道の開けた場所。そこに彼らが待機しているらしい。十日前に我が邸宅であの物騒な話し合いをした内の二人。ファビシオと冒険者ギルドのマスターだ。マスターの名は確かレグルスと言ったか。更に、レグルスのギルドに所属する冒険者数十名もこの作戦に加わってくれているらしい。
戦いの専門家が来てくれるのなら、これ以上頼もしいことはない。しかも自分から志願してくれたとのことで、気合いも十分らしい。報奨は奮発しなければな。……俺が生きれ帰って来れればだが。
警戒の息づかいが聞こえる。潜められているが、その気配は触れるもの全てを切る鋭さがあった。森に住まう小動物すらも寄せ付けないその場所に、俺は表には出さず意気込んで足を踏み入れた。
柔らかく細かな草の広場は、家の二、三軒は入るだろうか。異様なほどに整えられているのが少し気になるが、歩くのに苦があるわけでもなし、草食動物の住処とでも思っておこう。
数十対の目に注目されて気味が悪い。数人ほど潜められていない性癖の持ち主がいるらしい。舐め回すような視線と興奮した呼吸が聞こえる。味方にも敵がいたのだなと乾いた笑いが込み上げてきた。俺は、無事に帰れるだろうか。
ぞわりと嫌な予感がした。振り返るそれより早く、鈍い音が周囲に轟いた。大型魔獣の唸り声とも、金属の擦り合わせる音にも似た、不快な音が長く長く縦横無尽に駆けたのだ。それと同じくして草葉が切れ、木々が抉れる。土煙を上げ、俺の身をも削ったそいつは、黒い刃のように見えた。
これは一体何だというのだ。もしやこれが過去の子どもたちを斬ってきた正体だとでも言うのか。いやこんなものは正体とは言えない。あれは“魔法”だ。どこかに誰か操っている者がいるはず。腹の立つことに非常に巧みな魔力操作で、どこから放ったものか辿ることが難しい。黙視で探す以外犯人を見つける方法がない。
冒険者の人々は突然の攻撃にてんてこ舞いで、俺の方に来ようにも黒い刃がそれを阻んでいる。どうにかせねばと焦りばかりが先走って、すでに痛々しいほどの裂傷が複数見られた。
犯人の目的は何だというんだ。天使に対するその破壊衝動は一体どこから。だというのに、黒い刃は俺の肩を一度切っただけで二度と戻っては来ず、もっぱら冒険者たちを痛め混乱させることに従事している。そもそも天使を滅したいというなら、それに扮した俺は刃が飛んできた時点で首が繋がってはいない。
ならば、この犯人はなんのためにこんなことをしている。下手な変装に怒りを抱いたか。いやそれなら今頃俺は、今の冒険者たちのようになっているだろう。こんな邪魔物を廃するように冒険者たちを切りつけるのではなく……。
――一つ、思い至ってしまった。この状況の意味が。
いや、いやいや。それはないだろう。だが、それを証明するかのような動きを見せる刃。やはりそういうことなのだろうか。
相手は天使を滅したいのではなく、天使に執着しているのだ。それも、破壊衝動に極めて似た、依存のような執着だ。だから紛い物に腹が立つ、腹が立って破壊する。俺が切られないのは、まだしっかりと確認できていないからだろうか。すべて推測の域を出ないが、そう間違ってもいなさそうだ。
まあ相手の意向はどうでも良い。だが、領民をみすみす殺させるつもりはない。
『集い給え、光の欠片よ。月の光、石の光、魂の光。集い集いて、舞われ踊れよ。闇を包んで我が物に、暗きを引き裂き明るみで満たせ。―ライトクロー!』
俺の手から伸びるように光る腕が飛び出す。腕は黒い刃を裂くと、白と黒が混ざりあって霧散した。すると一瞬、閃光が走り辺りが光に包まれる。
その一瞬だっただろう。そいつが、僕の背後に降り立ったのは。
ばさりと傘のひっくり返る様な音で、俺は振り返る。同時に俺の視界は闇に包まれた。
悲鳴のような野太い声が遠くから聞こえる気がする。あれは、冒険者たちの声だったような。必死に俺の名前を呼んで、喉が嗄れそうだと少し思う。
視界は一切を遮る闇。夢に落ちる浮遊感にも似た感覚で、しっかり地に足着いているのが非常に気持ち悪い。目を開けているのか閉じているのか分からなくなってきた頃、耳元で酷く懐かしく気味が悪く心地の良い声が囁いた。
「アル」
俺は闇を押した。闇は人のような形をしていた。喪に服したような黒い服。体全てを覆い尽くすような外套を纏い、首には赤い首輪が犬のように巻かれている。上へと視線を上げると、黒い髪に紫の瞳、山羊のような角を持っていた。
獣人か。いや違う。外套だと思ったそれは天鵞絨のような羽根だし、首輪に見えるものは大きく刻まれた傷だった。獣人ならば混ざっている動物は一種のみだ。人間と山羊と蝙蝠なんて欲張りな人種ではない。それにこんな傷があって先程のように、声が出せるわけが……あれ。
「何故貴方は私の名を御存知でいらっしゃるのですか」
――なんて、誰が言っていたんだったか。ああ、確か微かすぎてもはやどういう繋がりか思い出せないほど遠い親戚のお婆様だったような。占い師をされていて、父が子をどのように育てると大成するかをご指導頂きたいとお連れしたんだったか。
しかし仰ったのは近い未来のみ。その経過は何も言わず、成り行きに任せよと仰ったのだ。ただ、熟した期は逃してはならぬという忠告もしていたようだが。
俺は当時、一歳を迎えたばかりで、お婆様のぎらつくギョロリとした目が怖くて泣いていただけだったはずだ。しかし父はお婆様の仰ったことを俺がしっかりと理解しているように感じたという。
容姿については一旦置いておく。人の印象や美醜など好みや欲目でどうとでも変わる。だが、性格については完全否定させていただこう。
俺は博愛などと言うものは持ち合わせていない。自分の偏った倫理観のもと愛するものは決定されるし、それ以外は平等に底辺だ。そして今日からは更に底に分類されるものができた。まあそれはこれから磨り潰すのだから今日限りだが。
靴を脱いで天幕を出た。ホーと夜鳥が鳴く。月明かりに照らされ、虫たちが星屑をちりばめたように舞っていた。
空がいつもより高く見える。そういえばこんなにゆっくりと星空を眺めたのは何時ぶりだろうと眉を歪めた。就学前はまだ、一日草原で寝て過ごすことも許されていたのに。
辺りは暗いが月明かりのお陰で迷いなく歩けている。あまり何者も寄り付かない場所なのだろう。歩みを憚るようなものはなく、足裏を傷付けるような小石すらそこらには落ちていないようだった。
目的地は森の中腹、平原から入った整えられた道の開けた場所。そこに彼らが待機しているらしい。十日前に我が邸宅であの物騒な話し合いをした内の二人。ファビシオと冒険者ギルドのマスターだ。マスターの名は確かレグルスと言ったか。更に、レグルスのギルドに所属する冒険者数十名もこの作戦に加わってくれているらしい。
戦いの専門家が来てくれるのなら、これ以上頼もしいことはない。しかも自分から志願してくれたとのことで、気合いも十分らしい。報奨は奮発しなければな。……俺が生きれ帰って来れればだが。
警戒の息づかいが聞こえる。潜められているが、その気配は触れるもの全てを切る鋭さがあった。森に住まう小動物すらも寄せ付けないその場所に、俺は表には出さず意気込んで足を踏み入れた。
柔らかく細かな草の広場は、家の二、三軒は入るだろうか。異様なほどに整えられているのが少し気になるが、歩くのに苦があるわけでもなし、草食動物の住処とでも思っておこう。
数十対の目に注目されて気味が悪い。数人ほど潜められていない性癖の持ち主がいるらしい。舐め回すような視線と興奮した呼吸が聞こえる。味方にも敵がいたのだなと乾いた笑いが込み上げてきた。俺は、無事に帰れるだろうか。
ぞわりと嫌な予感がした。振り返るそれより早く、鈍い音が周囲に轟いた。大型魔獣の唸り声とも、金属の擦り合わせる音にも似た、不快な音が長く長く縦横無尽に駆けたのだ。それと同じくして草葉が切れ、木々が抉れる。土煙を上げ、俺の身をも削ったそいつは、黒い刃のように見えた。
これは一体何だというのだ。もしやこれが過去の子どもたちを斬ってきた正体だとでも言うのか。いやこんなものは正体とは言えない。あれは“魔法”だ。どこかに誰か操っている者がいるはず。腹の立つことに非常に巧みな魔力操作で、どこから放ったものか辿ることが難しい。黙視で探す以外犯人を見つける方法がない。
冒険者の人々は突然の攻撃にてんてこ舞いで、俺の方に来ようにも黒い刃がそれを阻んでいる。どうにかせねばと焦りばかりが先走って、すでに痛々しいほどの裂傷が複数見られた。
犯人の目的は何だというんだ。天使に対するその破壊衝動は一体どこから。だというのに、黒い刃は俺の肩を一度切っただけで二度と戻っては来ず、もっぱら冒険者たちを痛め混乱させることに従事している。そもそも天使を滅したいというなら、それに扮した俺は刃が飛んできた時点で首が繋がってはいない。
ならば、この犯人はなんのためにこんなことをしている。下手な変装に怒りを抱いたか。いやそれなら今頃俺は、今の冒険者たちのようになっているだろう。こんな邪魔物を廃するように冒険者たちを切りつけるのではなく……。
――一つ、思い至ってしまった。この状況の意味が。
いや、いやいや。それはないだろう。だが、それを証明するかのような動きを見せる刃。やはりそういうことなのだろうか。
相手は天使を滅したいのではなく、天使に執着しているのだ。それも、破壊衝動に極めて似た、依存のような執着だ。だから紛い物に腹が立つ、腹が立って破壊する。俺が切られないのは、まだしっかりと確認できていないからだろうか。すべて推測の域を出ないが、そう間違ってもいなさそうだ。
まあ相手の意向はどうでも良い。だが、領民をみすみす殺させるつもりはない。
『集い給え、光の欠片よ。月の光、石の光、魂の光。集い集いて、舞われ踊れよ。闇を包んで我が物に、暗きを引き裂き明るみで満たせ。―ライトクロー!』
俺の手から伸びるように光る腕が飛び出す。腕は黒い刃を裂くと、白と黒が混ざりあって霧散した。すると一瞬、閃光が走り辺りが光に包まれる。
その一瞬だっただろう。そいつが、僕の背後に降り立ったのは。
ばさりと傘のひっくり返る様な音で、俺は振り返る。同時に俺の視界は闇に包まれた。
悲鳴のような野太い声が遠くから聞こえる気がする。あれは、冒険者たちの声だったような。必死に俺の名前を呼んで、喉が嗄れそうだと少し思う。
視界は一切を遮る闇。夢に落ちる浮遊感にも似た感覚で、しっかり地に足着いているのが非常に気持ち悪い。目を開けているのか閉じているのか分からなくなってきた頃、耳元で酷く懐かしく気味が悪く心地の良い声が囁いた。
「アル」
俺は闇を押した。闇は人のような形をしていた。喪に服したような黒い服。体全てを覆い尽くすような外套を纏い、首には赤い首輪が犬のように巻かれている。上へと視線を上げると、黒い髪に紫の瞳、山羊のような角を持っていた。
獣人か。いや違う。外套だと思ったそれは天鵞絨のような羽根だし、首輪に見えるものは大きく刻まれた傷だった。獣人ならば混ざっている動物は一種のみだ。人間と山羊と蝙蝠なんて欲張りな人種ではない。それにこんな傷があって先程のように、声が出せるわけが……あれ。
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