悪魔に愛されているのでとりあえず愛し返そうと思います

塩バナナ

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悪魔と子供

じゃあ、そういうことで

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「アル、お茶が入りましたよ。そろそろ休憩しましょう」
「ああ、そこに置いてて」
「だから、休憩しましょうと言ってるではないですか」
「もう少し」
「貴方のもう少しは半日かかるじゃないですか。水分補給くらいはしないと、今に倒れてしまいますよ。ただでさえ睡眠不足なんですから。まったくどうしてこんな子になってしまわれたんでしょうか。昔も勤勉ではありましたが、こんなに自分を追い込まれることはなかったはずで…」
「ああもう煩いな。少し黙ってて」

 手をかざして、テーブルの上のハンカチを煩い変態の口にまとわりつかせる。怒ったようにモゴモゴまた煩くなりそうだったが、がっちり口元を抑えるハンカチに無意味だと悟ったようだ。少し音を立ててソーサーとカップ、角砂糖にティースプーンを机の上にセッティングすると、部屋の隅で佇むことにしたらしい。
 さっきまで煩かった存在がまるで最初からいなかったように静かになった。聞こえるのは紙の擦れる音や、万年筆を走らせる音くらいだ。だが、不機嫌そうなのは見てとれるため、ハンカチは机に戻した。

「一つ、よろしいですか」
「俺の邪魔をしないなら」
「では。アルは無詠唱ができるのですね?」

 なんだそんなことか。
 そういえば、先日は長々とした詠唱をわざわざ唱えていた。無詠唱ができないと思われても仕方がない。
 今のハンカチを手を触れずに動かしていたのは光魔法の上級、空間魔法の応用だった。

「そうだよ。先日は父に言われたことを守っていたんだ」
「アルのお父様はどのようなことを?」
「複数人での戦闘時、魔法使いは詠唱をしなければならない。無言で魔法を放てば、味方に当たることも連携が崩れることだってある…って」

 だから人前ではなるべく詠唱することを心掛けている。
 言い終えて顔を上げると、ぽかんとした顔の男と目があった。男は徐々に顔を緩めると最終的に笑い出してしまった。
 ゴホゴホと煩く噎せるので、今度はハンカチを口の中に詰め込む。これでカーペットが汚れることはなくなるだろう。俺は満足して業務に戻った。



 あのあと、変態ことアメタストスは俺の使用人見習いとなった。当然周囲は揉めに揉めた。俺に危険が及ぶとか、被害者への賠償はどうするかだとか、国に報告すべきか否かとか。そこら辺は俺が領主権限を酷使して全員が有利になるよう持っていった。
 だが一番面倒だったのは冒険者たちやファビシオら俺に囮を依頼した面々で、俺が怪我したことを見るや否や各々得物を取り出して自害しようとしたのだ。まてまてと、それだけは止めろと最終的に泣き真似までして止めたのは記憶に新しい。その後、彼らの過保護が加速したのは余談だ。
 使用人見習いとなったアメタストスはあまり暇は無いようにしているというのに、頻繁に俺のもとを訪ねてくる。そして先程のようにちくちく小言を言いながら、俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくる。最初はうざったかったが、数日経つと慣れもするもんだ。用もなく部屋に居座られるのも最早いつものことで、入ってきた他の使用人が見つけて耳根っこ掴んで何処かへ連れていくのも日常だ。

 俺がアメタストスを使用人見習いにしたのは、こいつの息の根を止めるには俺がこいつに恋情を抱かねばならないからだ。話が眉唾物だってことは分かっている。だけど、火炙り首吊りギロチン毒薬熱湯冷水その他もろもろ。魔法までもを酷使して、処刑しようとしたのだがそのどれもが痛覚すら与えられなかった。
 だから、もうこれにすがるしかないと試しに抱きついて顔を赤らめ好きだと言ってみた。すると酷く苦しみだしたので、本当は俺のことを生理的に嫌いだという以外は眉唾話が事実だと信じるしかないだろう。
 化け物と愛を育めなんて無理難題、どう果たすかなど誰も答えを知らない。どちらにしろ野放しにしていても良いことは無いだろうと、とりあえず傍に置くことにしたのだ。

 にしても、煩いな。
 まだ噎せ続けている阿呆を見遣る。何をそんなにツボにはまったのだろうか。傷つけられない癖にこういうところは無駄に人間らしい。
 あのハンカチはもう使えないなと、馬鹿の口から引っ張り出してその目の前で燃やす。燃えカスはそのままゴミ箱へ。

「俺の邪魔をしないならって言ったよね?静かにしないなら出てって」
「いえ、お父様の言いつけをきちんと守る良い子のようで、とても愛しく思いまして」
「うわ見てよ。鳥肌が立った」
「辛辣ですね」
「君のせいだよ。そんな台詞よく聞いたというのに、君が言うと臓物をひっくり返したような吐き気と極寒の大地に取り残されたような寒気がする」
「それは脈有りととって良いのですね」
「そうだね愛してるよいますぐ死ね

 途端に苦しみだす変態を見て、ベルを鳴らす。すぐに現れたのは執事長。俺の指示を聞くとすぐに、変態を連れて部屋を出ていった。執事長には仕事を与えすぎている自覚があるから、それを中断させてまで呼び出したくはないんだけど。
 静かになった部屋でまたペンの走る音が響く。

 順風満帆だった我が家に、厄介事の塊のような化け物こと変態を一匹飼い始めた。これ以上面倒事が来ませんように。
 癪なので神に願いはしなかった。
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