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三章 僕は普通の獣人……だったはず

信頼のマークは六角形

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「蜂蜜を貰いに行くから、手伝ってくれない?」

 というわけで再びやって来ました囲み森。もちろん狂花を刈り尽くしたあそこには近づかないように、血の臭いを避けて。
 血にまみれて木々の倒れたあの場を、子どもたちに見せるわけにいかないし。ちょっと色々調子に乗っちゃって、いろんな生活魔法の練習したから場が混沌としているし。正直元より凶悪と呼べる気がする。本当に。

 獣の臭いをすべて避けて、微かにする甘い匂いを辿る。怯えた子どもが足にしがみついてくるのを宥めたり、泣きそうにまでなっているレオを抱っこしたりする。好き勝手に走り回らない良い子って本当に楽。
 ロナルドなんて小さい頃、悪いやつから僕を守るなんて言って、僕にごちゃごちゃ言ってきた人を追いかけて迷子になったりしてたからな。この旅に連れてこなかったのもその部分が少し起因してたりする。少しはあの頃よりも落ち着いてるかなと思って教会行ったらあの様子だったし。

 お子様であってもやっぱり冒険者らしく、彼らのだれもが周囲に警戒している。まあ、僕がレオを抱き上げて、両手を塞いでいる時点でその必要はないけれど。臭いどころか気配すらしないし、足跡も爪痕も辺りには見当たらない。それはこの辺を獣の類いが自らの縄張りにしてないことを表している。近くで狂花が蔓延って、獣の住める場所でなかったからだろう。
 ここもその内獣道ができるだろう。狂花のいなくなった誰の縄張りでない場所なんて、若い獣たちには競争場でしかない。新たなこの地の主が現れるのも時間の問題だな。

「お、ほら、見えてきたよ」
「え?……わっ!おはな…!」

 しばらく歩いて、囲み森のずいぶん奥にて見えてきた開けた場に、子どもたちの感嘆の声が上がる。木漏れ日がそこに咲いた色とりどりの花に優しく降り注ぎ、光を浴びるように小さな虫たちが飛び回っている。ふわりと漂う甘い香りが花にたっぷりと蜜があることを教えてくれる。

「ここで何するの?」
「ちょっと待ってね。きっとすぐ……あ、来た来た」

 ブォンと羽音をたててやってきたのは蜂の見た目の魔物。六歳の人間の子どもと同じくらいの大きさで、羽だけで僕の胴くらいはありそう。これでも成虫になりたてくらいの大きさだというので驚きだ。

「きゃっま、魔物!」
「大丈夫、静かにそこで待っていて。僕が呼んだら出てきて良いよ」

 すぐ近くの茂みを指差すと魔物が怖かったのか、ナナ以外はすぐさま茂みに隠れた。ナナはついていく気満々だ。まあ良いけどね。この魔物と敵対する訳じゃないし、危険はないだろう。
 近づくとその魔物、ハニービーはすぐに僕らを警戒してホバリングを始めた。大きな瞳で見られると少し怖くて背がゾワゾワと騒ぐけど、急に動いちゃいけない。そうすれば敵だと思われて、触覚から危険信号を発して大量のハニービーがやって来るから。魔物の大群に襲われたら待っているのは死のみ。だからここは穏便にことを済ますしかない。
 ハニービーは僕とナナが動かないのを見ると、頭に生えた触角で僕の体をまさぐってきた。隠し武器の有無の確認と、本当に警戒の必要がないのかを確かめるためだろう。ちょっとくすぐったくて息を漏らして身をよじるけど、すぐに確認を終えてハニービーは触角を僕から離した。

「はじめまして。蜂蜜を譲ってもらえるか交渉に来たんだけど、君たちの巣に行ってもいいかな」

 僕がそう言うと、ハニービーの眼光が鋭くなった気がした。実際の表情は全く変わってないけど。
 まあそりゃそうだよね。初めて会った、それも自分の種族にとって驚異にもなりうる生き物を、自分の家に招待して更には蜂蜜を寄越せと言うんだから。ここまでは想定内。というか順調すぎるくらいだ。
 いつも蜂蜜を貰いにいくときはもっと時間がかかったりするから。このハニービーは若いから警戒が少し足りないのかもしれないな。女王蜂に会えたら、そこら辺の指導をするように進言しようか。滅多には会えないのだけど。

 ハニービーはどうするべきか迷っているようで、警戒というより困惑で動けないようだ。触角だけがクルクルと動いて、感情の動きを分かりやすく表してくれている。子どもが可愛いというのは人間や動物だけじゃなく、虫もそうみたいだ。動きだけで可愛らしい。
 少し笑ってしまうと、からかわれたと思ったのか、羽ばたきを増やし怒りを表現した。感情豊かな子どもらしい仕草により笑みが深まった。

 でもいつまでもこうしてはいられない。後ろに人間の子どもたちが魔物に怯えながら待機しているのだから。
 僕は服をめくって胸部分を露出させた。すると左胸の心臓がある位置に刻まれた、指先ほどの大きさの六角形の印が現れる。それを見たハニービーは瞳の色が真っ黒から少し緑がかった色に変わったようだった。

「これが何のマークかは僕は知らないけど、君たちにとっては大事な蜂蜜を譲ってくれるほどのものなんだよね?」
「………………女王ハハノ子」
「…僕らの言葉をしゃべれるなんて若そうなのに賢い個体なんだね。……言葉の意味は気になるけど、とりあえず巣には案内してくれるのかな?」
「…承知、致シマシタ。女王ジョオウ、モ、アナタヲ歓迎シテ、クダサルデショウ」

 その言葉にほっと息を吐くと、振り返って子どもたちを呼んだ。若いハニービーは彼らの気配も読めていなかったらしく、驚いてすぐに再び子どもたちの周りをホバリングし始めた。恐怖で動けない子どもたちを見て、警戒する必要はないと思ったのかそう時間もかけずに戻ってきた。
 はだけたのを直した僕の服の袖を前足で器用に持って引っ張ってくるので、やはり子どもらしいと触角に触れないように気を付けながら頭を撫でた。全身柔らかな毛に覆われていて、手に優しい感触が返ってくるのに感動して何度もワシャワシャと撫でた。
 セイゼークは鉱山が近かったからか、あっちのハニービーはあまり毛のない種が主だった。頭を撫でない、なんてことはなかったけど、このもふもふ感はそれ故に新鮮だ。つるりとした涼しげな見た目のハニービーも好きだけど、モッコモコした癒される見た目のハニービーも大好き。可愛い。

 案内される間、ずっとハニービーを撫でていたから、ヤキモチ焼きのナナが頬を膨らませて僕の手をナナの頭に乗っけられたときは悶え死ぬかと思った。なにこの可愛い生き物。天使だっけ?喰人鬼だった。
 しかも子どもたちも同調して腕を引っ張ってくるし、ハニービーも撫でられるのを気に入ったのか空いた掌の下に頭を潜り込ませてくるし。僕は知らない間に楽園に足を踏み込ませていたのかもしれない。あのクレトまで僕の腕を引っ張るなんて、これは夢だろうか。いや、そうに違いない。良い夢だなぁ。
 少し嬉しすぎて顔の緩みが押さえきれなくなってきた頃、カミロが僕の服を引っ張りながら聞いてきた。

「さっきさ、兄ちゃんおっぱい見せてたけど、ハニービーってそうすると懐くの?」

 純粋な目をしてとんでもない勘違いをしていらっしゃった。
 彼が服をはだけさせようとするのを止めながら僕は必死に首を振った。確かに位置的には間違ってないけども。違うの。本当に見せていたものは違うものなんだよ。だからお願い距離をとらないで子どもたち、特にクレト。
 じゃあ何と聞かれたので仕方なく、僕はまたあの印を見せた。

「この子に見せてたのはコレだよ。この六角形のやつ。僕もいつ付いたのか分かんないし、意味も分からないんだけど、ハニービーには重要なマークらしくてね。見せたらハニービーだけじゃなくて、蜂や蜂型の魔物に優しくしてもらえるから良いものだとは思ってるけど。……ねえ、君はなにか知ってる?」

 ハニービーに問いかけると、さも当然のように頷いた。

「…女王ハハノ子ガ持ツ、女王ハハヨリ賜リシ、聖ナルシルシ。……女王ハハトハ、人間ノ言ウ、神ニモットモ近シイ存在。又ハ…神ノコトヲ、ソウ呼ブ」
「またそういう類いか……」

 ステータスでは加護に称号にユニークスキル。おそらくウィシュアルで渡す星徒さん達からの手紙にも書かれているであろう、王と神の文字。別に僕はそう言われるような大した存在ではないのに、先日スキルを貰ってからよく目にするようになった二文字に頭を抱える。
 僕にとって過剰な期待なんだ。それらは。僕は王の子でも、ましてや神に属した者でもない。獣人として生み捨てられて、僕を大事だと言う特異な仲間たちに拾われて。でも言葉通り大事にされて、犯罪者と言われて仲間から抜けて、裏切り者と後ろ指を指された。
 言ってみれば、僕はステータスから真逆の存在だった。“愛された子”なんて称号は皮肉でしかない。愛されたことなど、一度もなかったのだから。毛むくじゃらのあの顔に、微笑まれたことなんて、なかった。
 いいや、僕はアレを親とは認めない。親は子を慈しむものだって、仲間が僕を抱き締めてくれたから。星徒さんが『し』と頭を撫でてくれたから。ロナルドもギルバートもリーラもセレスティノもアルフも、みんな家族だと言って、大好きな笑顔をくれたから。だから――

「エリィ……?」

 ナナの声に我に返って顔を上げる。みんなが僕の方を見て、不安そうな顔をしていた。無表情になってしまっていた顔を首を振って笑顔に戻すと、子どもたちは少し安心した表情になった。

「ほら行こう。急がないとお空が真っ黒になっちゃうよ。君のお家はもうすぐなのかな?」
「……モウスグ。モウ見エル」

 前足で指された方向には六角形の入り口の一つが見えてきていた。魔物も虫も巣の形は変わらないようで、六角形の集合体がボールのように密集している。子どもたちはそちらに興味がそれたようで、不思議な形にみんな注目している。ただ、ナナだけは僕をみていたようだけど、僕はその時ハニービーに警戒されないよう気を張っていたのでその事に気づかなかった。

 この感覚久しぶりだなぁ。昔は躊躇なく服まくって、蜂蜜ちょうだいなんて言ってたな。昔の僕遠慮無さすぎ。そして無礼すぎ。
 普通に蜂蜜くれてたのが奇跡みたいだよ。セイゼークのハニービーってば、あれでよく僕に優しく出来たよな。すっごく気の良い蜂だったんだって今ならよく分かる。

 僕の横にいたハニービーが出迎えたハニービーと触角を絡ませる。あれはハニービーの意思疏通手段の一つで、触角同士を触れ合わせることで記憶の共有をさせるんだ。つまり、さっきの僕たちのやり取りも相手のハニービーに伝わる。

「……分カッタ。女王ハハノ子、コチラヘ。女王ジョオウ様ノ元ヘ、案内致シマス」
「ありがとう。子どもたちも同行して構わないかな?」
「エエ。女王ジョオウハ、スベテノ子ヲ愛サレルオ方。キット、歓迎ナサルハズデス」

 出迎えたハニービーの空気が柔らかくなった気がして、おそらく微笑んだのだと分かった。周りに数匹飛んでいたハニービーは、その様子を見て警戒を緩めたらしく、それぞれの作業へと戻っていったみたいだ。
 ここまで案内してくれたハニービーは仕事の途中だったらしくて、急いでさっき会った花畑へと飛んでいった。あとでお礼言わないといけないな。……他のハニービーと判別つくだろうか。

 それにしてもさっそく女王と会えるのか。まあ大事な食料を貰うのに、代表者へ挨拶もなしにって訳にもいかないよな。
 無礼にならないように気を付けようと意気込んで、ハニービーの案内に従った。
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