雰囲気で読む話

塩バナナ

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霊力兄弟

夏なので

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怪談話をしよう。
そう言い出したのは珍しくも兄の癒月の方だった。
「何でさ。お兄ちゃんお化けとか嫌いじゃん」
「聞くのは良い」
でも見るのは苦手と。違いがわからない。
まぁ、このまま畳に寝そべっていても涼がとれるわけでもなし、弟の奈月は仕方なしに了承した。あくまでも装いだけだが。
実際は楽しそうだと少しワクワクしている。
何と言っても自分たちはそう言ったものが見える。
人の語るそれは作り話だったり、気のせいだったり、単純に怖くなかったりがほとんどだ。
それに対して目の前の兄は怖がりではあるが、豊富な知識により語りが上手く、弟の沸点を熟知している。確実に怖い話が聞けるだろうと予想していた。

語りは交代制。
といっても二人だけなので二つの蝋燭を並べ、語るとひとつ吹き消す。二つとも消したら語った順に数を数える。いわゆる百物語の簡略版だ。
普通だったら二人なので数は二までなのだが、三以降を誰かが数えることがあるらしい。
「それって降霊術だよね?大丈夫?」
「ん、塩盛る」
そう言って皿に盛られた白い山が出てくるところは用意周到というかビビりと言うべきか。まぁ、言ったら拗ねられること必至なので奈月はその小さい口を結んだ。

「よし、俺から」
準備を終えたらしい癒月は部屋の照明を消し、奈月に向かって座って言った。
その様子に奈月は違和感を感じる。普段の彼なら照明を消したりといった動作は何も言わずとも奈月にやらせる筈なのに。
奈月は中途半端に浮かせていた腰を下ろした。
「……なんか、今日は張り切ってるね。そんな怖い話でもあるの?」
「奈月次第」
そう言って目を細めた癒月は軽く一つ呼吸して静かに話し始めた。

◇◇◇

これは、俺が二歳の頃の話だ。

んなの覚えてるのかって?何言ってんだ、お前も知ってるだろ?俺が忘れることができないって。
まぁ、さすがに腹の中は覚えてないが、一歳後半くらいからならすべて記憶してる。そん時の晩飯の献立も覚えてる。
頭打ったって、トラウマレベルのもん見たって俺の記憶は消すことはできない。俺の頭は人と同じことができない欠陥品だからな。
ああ、でもお前との記憶が消えないってのは良いな。記憶それ全部宝物だし。

あ、話ずれた。
んでそん時はお前がまだ生まれてなくって、一人っ子だっただろ?だから我が儘言ったんだ。母さんに、弟欲しいって。
まぁ、さすがの母さんも濁してそのうちねって答えたんだ。
そん時の俺ははぐらかされたって思って、どうせ弟なんて貰えないんだって怒って家を飛び出した。

ちょうど今ぐらいの時期だったかな。着の身着の儘で靴すら履かずに母さんの声も無視して出てった。近所のおばさんたちが声かけてくるのがうざったかったのを覚えてる。
滲んだ視界で無我夢中で駆けてったら、気づいたら知らないとこにいたんだ。
二歳でそんな遠くまで走れるわけもねーし、行ったことある道しか進んでないから知らないはずがないんだけど、でも辺り一面畑で遠くに家があるようなとこ、この辺にないだろ?うち神社だから引っ越しなんてできるわけもないし。
でもその場所、不思議と懐かしい感じがしたんだよ。本当に見たことない筈なのに、何て言うか落ち着く感じ。……いや、神聖な感じ?
ちょっと違うかもしれないけど大体合ってると思う。
今思えば、神域とか黄泉とかに近かったのかも。身体が軽い感じもしたし。

それなりに心地好かったんだけどアスファルトに焼けて砂利道で圧迫した足が痛くて、人気も全くないもんだから心細くなって来た道を帰ろうとしたわけだ。
だけれど、振り返っても記憶にない道。
おかしいよな。通ったはずのない道がまるでずっと其処にあったように存在しているんだから。今思うと本当にあり得ないことだっていうのに、ああ、そういやそうだったってそん時の俺は何でか納得して歩き出したんだ。
何処へ行こうとしているのかは分からなかったけど、何か確信めいたものが頭の中にあってぽつりぽつりと歩いた。歩く度に空の色が変わって…多分、三日分くらいの色が変わったと思う。……そこら辺あやふやなんだ。思い出そうとすれば明確に見えるというのに何かが見させないようにしている感じ。目隠しでもされてんのかな。

んで、二日目の夜?って言うのか?……それほど日も距離も跨いでないというのに目の前に現れたんだ。廃村みたいな家屋が立ち並んだ光景が。
そして、それを守るみたいに鉈を持った老婆が。

老婆は奇声をあげて俺に鉈を振り下ろしてきた。
あれを避けられたのは奇跡だと思ったな。
尻餅ついた俺の足元に刃先が刺さっていたんだから。

それでも老婆は俺を殺さんとばかりに鉈を振り回す。
陽に反射する鉈があれほど恐ろしいとは思わなかった。

俺は走って走って、暗さに足がとられながら走って。
後ろを振り返らずに走った。
もしかしたらあの老婆はすぐ後ろを走ってたのかも知れない。
足音が二つ、走っている間ずっと聞こえていたから。
多分、振り返ったら目の前にあのしわくちゃな怒りの面があったんだろう。
それほど気配は片時も消えなかった。

必死に走り続けて、気が付いたら俺は家で寝てた。
あん時は何が起こっているのか分からなかったけど、母さんが言うには俺は家を出たところで倒れてたんだと。起きてすぐに老婆とかのことを聞いたんだが、夢だったんじゃないかとしか母さんは言わなかった。

でもあれ、夢なんかじゃない。それは断言できる。
だって、足首に次は逃がさないというように青紫の痣ができていたから。
きっと暗闇でとられた足は小石のせいなんかじゃない。

◇◇◇

「怖かったか?」
普段はあまり動かさないはずのその表情を不適な笑みに変えて問う。揺らめく蝋燭の灯りが心許なく、目の前の人物の顔もおぼろにしか見えない。
奈月は軽くため息をついて嫌みのように言った。
「それはこっちの台詞」
言うようになったとつまらなそうにしながら癒月は格好を崩す。
正座で話していたせいで足が痺れてしまっている。

ふくらはぎを揉みほぐしながら、癒月は奈月を見る。
「次、奈月」
「……はいはい。その前にお兄ちゃんの分の蝋燭消してよ」
そうだったという代わりに一つだけ蝋燭の火を吹き消す。
閉めきって照明も消してしまった部屋で、もう一つの灯火はたよりなさげによろめいた。

扇風機の音が煩く聞こえるほどには部屋は静まり返る。
その中で奈月は小さく息を飲んで話し出した。

◇◇◇

僕たちはなまじ霊力ちからが強いせいで、霊とかそういうのってはっきり見えるでしょ。霊感ある人がぼやっとしか見えないものでも、僕たちの場合まるでそこに実体があるかのようにはっきりと。
下手したらリアルバ●オハザードだよね。何も死んだときの姿じゃなくてもいいのに。変なところで律儀というか、真面目というか。
あ、そう言えばこの前凄いひと見たよ。
頭は鶏、体は人間しかも鳴き声は山羊なの!
どんな死に方したらああなるんだろうって小一時間は悩んだよ。その時はそれぞれの霊が集まって融合したのかなって結論付けたんだけど、死んでああなるくらいなら僕はすぐにでも地獄に堕ちたいな。いいと言われるほどの顔じゃないけど、せめて人のまま閻魔様に会いたいもん。

え?僕の怪談話?もちろん鳥人間の話じゃないよ。
どんな話にも枕は必要でしょ。
それでえーっと、どこまで話したっけ……。
ああ、霊が見える話だったね。
うん。それでもね、少し前、数ヵ月くらい前かな、不思議な霊に会ったんだ。

初めて気付いたのは僕が宿題してるときだったかな。ちらちらと視界の端で黒いものが見えたんだ。
なんだろうと思ってそちらを見ても何もない。気のせいかと思ってまた宿題を進めているとまた黒いものが見える。
今度はさっきよりはっきりと。
視界の端でじっとしていてくれるんならまだ気にならないんだけど、しきりに動いているんだ。当然苛ついてバンッて机を叩いた。
するとそれに驚いたのかその日はそれきりその黒いものは見えなくなった。

それから数日経ってまた視界の端に見え出した。
その時はボーっとTVでバラエティー番組を見てて、何の前触れもなく、気づいたらあれ?居たのかって感じだった。
見ようとすると消えちゃうってのは前回ので学んだから、今度は一旦放っといてみようって思った僕は再びTVに集中した。
でも難しいよね。見えるか見えないかってところでずーっとチラッチラ動くんだから。最終的に根負けした僕は飲み物を取るついでに立ち上がる時ダンってわざとらしく足で音を立てた。
やっぱりその音でいなくなって、代わりにお兄ちゃんがどうしたってリビングに来たよね。覚えてるでしょ、僕が虫退治って誤魔化したときのこと。そうそう…って日付まで覚えてるの?……さすがだね。
あ、今思ったんだけど、二度目に見たのは最初に見たときよりはっきり見えた気がするんだよね、黒いもの。

それから数日、二回目の時よりかは短い日数でまた現れた。

だんだんと現れる頻度も高くなって、その輪郭もはっきりしていく。
こんな話よく聞くし、どこでもある話だよね。うん、僕もまさか実際に体験するなんて思わなかったよ。
こんな話の結末ってその黒いものは自分だったり、将来の夫や嫁だったり、大切な人だったりってあるよね。
僕もどんな風になるのか楽しみだよ。
僕の姿は面白味がなくてつまんないよね。
大切っていうとお兄ちゃんとかかな?
将来のお嫁さんはちょっと嫌かな。将来は楽しみにしたいし。
なんかちょっとこれって育成ゲームみたいだよね。

え、今もいるのか……って何言ってんの?
ずっとそこで手を振ってるじゃん。

◇◇◇
 
癒月はバッと奈月が指差した方へと振り返る。
何もいないと息を吐くと、クスクスとした笑い声が聞こえた。
「……ウソツキ」
「指摘したから姿を消しちゃったんだよ」
「…早く」
蝋燭の火を消せと言いたいのだろう。
奈月は笑みを仕舞うと、蝋燭に顔を近づけた。
若干明るくなった視界に癒月を盗み見ると口を開いた。
「ねぇ、消す前にひとついい?」
「……なに」
「お兄ちゃんは僕のこと、奈月って呼ばないんだよ」
言い切ると同時に奈月の顔に闇が降る。
完全な闇だ。
少し慣れてきた目も全く機能していない。

「いち」
静かに、だがはっきりと声が溶ける。
奈月は喉を鳴らして唾をのみ、少しの期待に声をのせた。
「…に」


「さん」



バッと振り返るとそこにはふすまを開けた兄がいた。
「独り言?なつ」
蝋燭の少し煙たい空気に眉を寄せながら首を傾げた。
それに奈月は満足そうに笑って兄に手を伸ばした。
癒月の耳に入れた言葉は疑問と一緒に癒月の記憶に残る。



「案外涼しくなったよ」
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