またフラれたんですか、お嬢様

なべぶた

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一品目 フラれたお嬢様とラクレット

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「ラウズ! 聞いてください!」

 文字通り転がり込むような勢いで部屋に入ってきた女性に対して、呆れや溜め息を零さぬようにしつつ顔を向ける。
 苛立ち、悲しみ、落胆。そういった類の感情をない交ぜにした表情を浮かべる、ドレスと鎧が融合したような外見のドレスに身を包んだ少女――――アドワーズ公爵家の娘、シルヴィア・フォン・アドワーズが言う。

「また婚約を破棄されました!」

「なんだいつものやつですか」

 蒼白と言って差し支えない程に白く、艶やかな長髪をひとまとめにした、可愛らしいよりも綺麗な顔立ち。淡雪のような白い肌にアドワーズの人間であることを主張する黒曜の瞳はまさに猛禽のように鋭く、氷像を連想させる。
 容姿は誰が見ても美しく、街を歩けば老若男女問わず魅了するだろうことは容易に想像できるシルヴィアお嬢様からは、アドワーズ公爵家のご当主と、その奥方様を足して二で割ったようなお方だ。誰にでも分け隔てなく接する心優しい性格で、仕える者達、領民達の心を掴んでいるシルヴィアお嬢様ではあるが……少々目を瞑ることができない欠点かつ美徳が存在する。

「なぜ茶会当日にワイバーン討伐を行い、その足で茶会に行ったんです?」

 それは、とんでもなく腕っぷしが強いということだ。

「ちゃ、茶会の準備運動には丁度よいと思って……領地の皆さんも困っていましたし……」

「ワイバーンを茶会の準備運動に丁度いいと思うのはお嬢ぐらいですよ。そもそも茶会は動くものじゃないですし」

 俺の発言に心が傷付いたのか、その場に崩れ落ちるシルヴィアお嬢様。
 昔から、シルヴィアお嬢様は男よりも腕っぷしが強すぎた。その強さをご当主も奥方様も褒めるものだから、彼女は更なる研鑽を重ね、今となっては下手な冒険者や騎士よりも強い女性となってしまった。
 そんな女性と婚約したのならば、男性はシルヴィアお嬢様と常に比べられることになる。かつてシルヴィアお嬢様は野兎狩りをするかのごとく、近隣の村を荒らしていたゴブリンやオークを殲滅した。当時婚約していた男性はゴブリンやオークに恐れをなして逃げたが、お嬢様は怯むこともなくゴブリンやオークを一匹残らず倒してしまった。その後すぐに当時の婚約者が「ゴブリンやオークを嬉々として狩る怪物のような女と結婚したくない」と言って婚約を破棄してしまったのだ。
 それからというもの、外面がいい――――失敬、容姿端麗で文武両道、器量もよい、まさしく公爵令嬢として相応しい立ち振る舞いをなさるシルヴィアお嬢様に心を奪われた男性がシルヴィアお嬢様と婚約し、シルヴィアお嬢様の腕っぷしを目撃して、男としてのプライドやら何やらをぐちゃぐちゃに破壊された結果婚約破棄……そんな流れがずっと続いているのだ。そんな流れがずっと続いているせいでついた異名は【破局の戦姫】。異名を聞いたシルヴィアお嬢様は泣いた。そしてその憤りを領地を荒らす賊や魔物にぶつけた。そういうところだぞシルヴィアお嬢様。

「せめて鎧は外していくべきでしたね。あと、ワイバーンも従者に任せておけばよかったでしょうに」

「私が真っ先に動くことで被害が抑えられるのであれば、私が出ない理由はありません。私の結婚という未来よりも、今を生きる領民を守ること……それが公爵家の娘として生まれた私の為すべきことです」

 腕っぷしが強すぎることと、己の未来を掴むことよりも今を必死に生きる人のために動く善性。シルヴィアお嬢様の欠点であり、美徳である。今も立ち上がって胸を張ったシルヴィアお嬢様は本気で言っているのだろうが……

「涙滲んでますよ、お嬢様」

「埃が目に入っただけです」

 涙が滲み、きらりと光るシルヴィアお嬢様の瞳。いつものことながら、ショックは計り知れないようだ。

「はぁ、まあ、いいです。ここに来たってことはそういうことなのでしょうし……お嬢様、こちらへ」

 自室にしては少々広すぎる俺の部屋に配置された、手入れが行き届いているテーブルにシルヴィアお嬢様を案内し、着席させる。

「んじゃあ、いつものように始めましょうか、お嬢様?」

「はい。私、もう待ちきれません」

 婚約破棄の傷心はどこに消えたのか、期待で目を輝かせるシルヴィアお嬢様に苦笑しつつ、俺はテーブルに今回の品を用意した。

「まぁ……! チーズ、ですか?」

「ええ。牧場の方から、お嬢様が牛を襲う狼を討伐してくれたお礼にと頂きましたので」

 テーブルに置いたのは、楕円形にカットされた半硬質のチーズ。専用の台にセッティングされたそれの周囲には、カットされたバゲットや、蒸し野菜、腸詰めなどが盛りつけられた皿がある。どれも山盛り――――というわけではないが、普通の女性が食べるにしては多すぎる量だ。

「これ、どうやって食べるんですか? まさかそのまま齧りつくわけでもないでしょう?」

「そんな食べ方はしませんよ。これはこうするんです」

 俺が赤い宝石がはめ込まれた大型ナイフを手に取ると、ごう、と刃に炎が宿る。炎を纏ったナイフを楕円形のチーズに近付ければ、灼熱によってチーズの表面がとろりと溶けて、ナイフの動きに従うように皿へと流れ落ちていく。

「わあっ……!」

「本日のやけ食いはラクレットチーズと盛り合わせ――――さぁ、冷めないうちにどうぞ」

「ええ、いただきますね」

 欲しかった玩具を買ってもらった子供のような笑みを浮かべたシルヴィアお嬢様が、溶けたチーズがかけられたバゲットを大きく口を開けてかぶりついた。

「んんんっ……! 美味しい!」

「お口に合ったようで幸いです」

「なんでしょう……ナッツや木の実を口にしたような風味……くせも少なくて食べやすいです!」

 喜色を滲ませてチーズが絡まったバゲットを一皿完食しきったシルヴィアお嬢様が次に手を取ったのは、皮付きのまま蒸したジャガイモや、ブロッコリー、ニンジンなどの蒸し野菜が盛りつけられた皿。そこに俺がチーズを溶かしてやると、シルヴィアお嬢様はマナーなど知らぬと言わんばかりにフォークを野菜に突き立てて食べ始める。

「バゲットも美味しかったですが、野菜はまた別の美味しさがありますね。こう……ホロホロと解けてチーズに絡み合う感じとか。ワインが合いそうですね?」

「ワインはありませんが、ぶどうジュースであればこちらに」

「ありがとうございます。……ん、甘くて美味しいです」

 瞬く間に蒸し野菜の盛り合わせを一皿完食したシルヴィアお嬢様は口直しのピクルスを突きつつ、グラスに注がれたぶどうジュースで喉を潤す。

「ふぅ……こうして好きなだけ食事をするのは、これで何度目になるのでしょう?」

「幼少の木の実だけの質素なものを含めれば、通算10は超えるかと」

 こうして婚約破棄によって傷心気味になったシルヴィアお嬢様に俺が食事を提供することは、これまで何度もあった。二度目――――いや、三度目くらいの婚約破棄でシルヴィアお嬢様はそれはもう荒れた。自分がやるべきこと、為すべきだと思ったことをやっただけだというのに、なぜ怪物と呼ばれなくてはならないのか。
 どこにぶつければいいのか分からない憤りや悩みを、領地の石材採掘場の岩にぶつけたり、現れた賊や魔物がボロ雑巾になるまで殴ったりと、本当に荒れ狂っていた。今日もどこかで暴力を振りかざそうとしたお嬢様に、俺は大量の木の実やクッキーを持って声をかけた。どれだけ苦しくても、悲しくても人間は腹が減る。腹が減っていると嫌な方向にしか考えが向かないなんて、よくある話だ。
 まぁ、とにかく。婚約を破棄された悲しみを食事と一緒に洗い流す――――俗に言うやけ食いは、お嬢様のお眼鏡に適ったようで、婚約破棄をされた後、毎度毎度俺の部屋でやけ食いをするようになった。

「それほどになりますか……」

「破局の戦姫の名は伊達ではないということですね」

「やめてください、それ」

「失礼。存外、響きがカッコいいもので」

 非難する目を向けられたので、頭を下げる。プスプス、と可愛らしい音が聞こえてきそうな表情で俺を見るシルヴィアお嬢様は、ハーブをふんだんに使った腸詰めを齧りながら口を尖らせた。

「たまに意地悪になるのはあなたの欠点ですね」

「申し訳ございません、育ちが悪いもので」

「もう」

 チーズを溶かして皿に注ぎ、その皿を取ったシルヴィアお嬢様がマナーなど知ったことではないと言わんばかりの、気持ちのいい食べっぷりを見せてくれる。貴族に生まれた身として相応しい立ち振る舞いを心がけているお嬢様だが、窮屈に感じることはある。幼い頃から叩き込まれた礼儀作法や食事のマナーを気にせず食事に没頭できるこの時間は、彼女の心に余裕を与えることができているらしい。現に今、シルヴィアお嬢様の張り詰めていた空気が解けるように緩んでいる。
 腕っぷしがとんでもなくて、誰かのために動くお嬢様だって一人の女性なのだと実感させられる、柔らかい表情はいつ見ても綺麗だと思う。

「ところでこのチーズ、もう半分はどこに?」

「明日の朝食や夕食に使う予定です。それとご当主と奥方様の就寝前の晩酌にビスケットと生ハムを添えたものを――――おや、どうかなさいましたか、お嬢様」

「ビスケットと生ハムがここには見当たりませんが」

「ええ、はい。明日、焼いて提供する予定ですので。生ハムは執事長が今厳選しております」

 なので、ここにビスケットも生ハムも存在しないのは当たり前です。
 空になったグラスにジュースを注ぎつつそう言って笑うと、シルヴィアお嬢様はムムム、と唸った。他の人が食べているものを見ると、それが美味しそうに見えるのと同じなのだろうか。はたまた、シルヴィアお嬢様が食いしん坊で、食い意地を張っているだけなのだろうか。

「ご安心ください。明日のティータイムでシルヴィアお嬢様にもご賞味いただくつもりですから」

「それなら許します」

 ……多分、シルヴィアお嬢様が食いしん坊なだけだな。
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