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しおりを挟む俺は、5つ年上の彼氏と同棲している。
中途半端に埋まらない年の差は数々のすれ違いを生むし、もともと実家がお金持ちの彼は金銭感覚がおかしなところがあったし、何より彼は人の上に立つのが当たり前の上級のαだったから、俺たちが恋人になって同棲に至るまでにはとても険しい道のりがあった。
それもそのはずだ。
俺はただの一般庶民で、かつαとは絶対に結ばれることのないβなのだから。
でもそんな苦難を2人で乗り越えてきたからこそ、俺たちの幸せはいつまでも続くだろうとも思っていた。
今日、この時までは。
「はぁっ、はぁっ……っ」
会社から帰ってきた彼の様子がおかしい。尋常じゃない汗の量に、音が聞こえてくるほどの呼吸。こんなに乱れた彼を見たのは、出会ってから始めてだった。
「どう、したの?」
いつもとあまりにも違う雰囲気に戸惑いながらも、疑問を率直に口にする。全力疾走でもしてきたのだろうか。それとも、本当に体調が悪いのだろうか。いろいろな考えを巡らせるが、彼からの返事は一向に返ってこない。
否、答えられるほどの状態まで回復ができないのだ。
「え、ちょっ」
少し離れた位置から見守っていると、急に彼の膝からガクリと力が抜けたように見えた。なんとか地面につく前に駆け寄り、彼の頭を肩で支える。
「ねぇ、どうしたの。ねぇってば」
自分がバランスを崩したことも、俺が声をかけていることも、そこまで頭がまわっていないようで彼自身は気付いていないみたいだった。肩の横で、苦しそうな呼吸音が聞こえる。
「ご、め……」
彼が小さく何かを呟いたことを認識したその刹那、うなじに鋭い痛みが走った。
「いっった!」
思わず大きな声が出てしまう。それでも彼は止まらなかった。
「ちょっと待って。痛いってば……!」
制止しても離れることなく、むしろ歯が食い込んでくる。
物理的な痛みに、そして精神的な痛みに、俺は泣きそうになった。
これは……ラットだ。
うなじを噛むという行為は、αがΩにする行動。
彼は、俺に欲情しているのではない。俺ではない別の誰か……Ωのフェロモンを嗅いだせいで、αの発情期であるラットの状態になってしまったのだ。
だから今の彼は、俺のせいで欲情したわけでも、俺に現在進行形で欲情しているわけでもない。記憶の中のΩに、欲情している。
「くそっ……」
お前は俺の恋人のはずだろう、と叫んでやりたくなる。今までにも数度これに似たことはあったが、こんなにも俺の声が届かないのは初めてだった。
「っ、はぁっ……待てな……」
俺がショックを受けているのを無視して、彼が俺のズボンへと手をかけてくる。いつもはなかなか性器には触らず焦らしてばっかのくせに、今日は一直線にソコに手が伸びてくる。
「やめ、ろよ」
言葉では止めるものの、ショックな気持ちはあるものの、俺にとって目の前の彼が好きな人なのは変わりがなくて。こんなにも密着をして求められれば、ソコが喜びを表さないはずがなかった。
それに気分を良くしたのか、彼もズボンを剥ぎ取って自分の性器を俺のへと押し付けてくる。まだ布越しではあるけれど、お互いの熱が徐々に混じり合っていく。
「んっ、はぁっ……」
彼の手が動く度に、どちらからか分からない吐息がもれる。
「っ、イく、から」
ラット状態の彼が一足先に達して、俺もそれに続いた。少しはそれでマシになったのだろうかと顔を見るも、まだ彼は目を合わせてくれない。
いつもなら、イった後には目を合わせて笑ってくれるのに。よくできたね、いい子だね、とでも言うように笑いかけてくれるのに。
「っ、足りない、もっと……」
うわごとのような言葉と共に、ぐいと手が引かれる。このままでは倒れてしまうというほどの強い力に任せてひきづられていくと、予想通り辿り着いた先は寝室だった。
どさり、と放り投げられるようにして背中側からベッドへと倒れ込む。
上に覆いかぶさってくる彼がどうか正気を取り戻しますようにと、どうか自分を見てくれますようにと祈って、ゆっくり目を閉じた。
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