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しおりを挟む授業を受けて帰るだけの日々は、心地良いようで不安を積もらせていった。
まず最初の変化は、大学に行くときに訪れた。
専門的な授業が増えてきて実験なんかも始まるようになって、大学に行くのは楽しみに思えていたはずだった。それなのに「誠司から離れたくない」という気持ちが強くなりすぎて、最近は大学にすら行きたくないという気持ちが出てしまうようになっていた。実際に口に出したことはまだないけれど、一度口に出したらもう本当にこの家から出られなくなってしまいそうだった。
次に訪れた変化は、彼が迎えに来る時のことだった。
最初に始まった頃は迎えにくるのはやめてほしいと思っていたくらいだった。今まで一緒に帰っていた友逹になんと説明すればいいか分からなかったし、なんだか寄り道をされていないか監視されているようで、信頼していないと言われているようで、あんまり嬉しくはなかった。
……それが今はどうだ。
少しでも彼の到着が遅くなると、呼吸がなんだかおかしくなる。来る途中で事故にあったんじゃないか、俺のことを見捨てたんじゃないか。わずか5分遅れるだけで、そんなネガティブな妄想が頭の中を占めるようになっていった。
そう。不安の正体は、1人で生きられなくなることへの不安だった。
家でずっと一緒に居るようになってから誠司の存在がずっとずっと大きくなって、もう俺は彼がいなくなっては生きていくことが出来なくなった。
彼の作ったご飯に、彼の運転。彼の家で生活をして、彼の隣で眠る。
彼が俺の手を放すことはないとは思っているけれど、もしものことを想像してしまうだけでパニックに陥った。
だって、俺には彼を縛るものがない。
ただ「好き」という不確かなもので結ばれているだけで、俺は彼を縛れていないのだ。
誠司は。αとΩは常に一緒に居られるから「幸せ」だと言った。けれど、俺はきっとそれでは不十分なのだと思う。
αがΩを閉じ込めるだけじゃなくて、Ωがαを縛ることも大切なのだ。
いつ閉じこめられている檻が壊されるか分からない状況では、安心してそこで飼われることなんて出来ない。
その点Ωは、Ωであること自体がαを縛ることに繋がる。番を解消する際には原則両者の同意がないといけないと法に定められているし、一度番ったΩを手放すことはαにとっても精神的・身体的な苦痛を引き起こすからだ。
Ωの方が大きなダメージを受けるためテレビで取り上げられるのはそちらの方が多いが、αも無傷ではいられないというのが最近の見方だった。
でも、俺にはそれがない。
彼がもし万が一離れるという決断を自分でしたのであれば、俺はこの身をもって止める術がない。
誠司は俺のことを存分に甘やかしてくれるし、確かに今の生活は「幸せ」と呼べるものであると思う。でも、根本を考えると、この関係はフェアなものではない。
……じゃあ、どうしたらこの不安を取り去れる?
言葉を尽くされたところで、きっと俺は信じることができない。言葉なんていう不確かなものなんかじゃない、彼を縛る「何か」がほしい。
やっぱり俺は、Ωになることを諦めきることはできなかった。
「夏樹って下宿だったよね」
次の日の大学で、ある計画を実行することにした。今の自分が自由に動くことができるのは、もう大学の中だけしかないから。
「そうだけど」
「何も聞かずに、俺の荷物を受け取ってほしい。んで、大学で渡してほしい」
「なんだよその怪しすぎるお願い」
「……頼む」
Ωになれるという薬が、実はインターネット上で出回っている。信憑性はあるのかないのかわからないし、口コミを見ていると酷い副作用があったという話もある。もし本当に自分がやろうとしていることを言えば、誠司どころか夏樹も止めてくるだろう。
でも、そんなモノに縋ってでも、俺は彼を縛れる何かが欲しかった。
「頼むよ……」
自分でも情けない声が出る。こんな風に言ったらもっと怪しむだろうに、彼は大きな溜息を1つついてからこう言った。
「仕方ねぇなぁ……。お前が犯罪に手を染めるとは思えないし、荷物持ってくるだけなら協力してやるよ」
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