運命の糸を手繰り寄せる

沙羅

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「充希は、αとΩが一緒になることがどうして幸せだって言われてるかわかる?」

久しぶりに帰ってきた家で誠司が最初に口にしたのは、そんな質問だった。質問の意図が分からなくて戸惑うけれど、常識として刷り込まれているであろう一般的な答えを返す。というか実感のわかないβの自分には、これ以上の答えを用意することは出来なかった。

「遺伝子的なレベルで惹かれ合うからじゃないの? βでもあるじゃん、なんか匂いの相性が良かったりとか、体の相性が良かったりとか」
「……そうだよね、一般的にはそう思われてるよね」

うんうんと頷きながらも、その口ぶりは誠司自身はどうだとは思っていない様子だった。

「誠司は、どう思ってんの?」
遺伝じゃないとするのならば、なんだと言うんだろう。自分は何を変えれば、彼にαとしての幸せも与えることができるんだろう。
「充希はさ、αとΩが番うとどうなるか知ってる?」
「……まぁ知識としては。αとΩには特別なフェロモンみたいなやつがあるけど、それまでは感じられてたのが相手のやつしか感じられなくなるんだろ?」
「現象としてはそうだね。心理的にはどうなるか知ってる?」
「……いや、分かんない」

答えを教えてくれと彼に視線を向ける。光の加減か、彼の目が少しだけ暗く見えた。

「僕もΩ側のことは分からないけどね、αは自分のΩのことを独り占めしたくなるらしいよ。恋人として一番に想ってほしいとか、そういうレベルのものじゃない。外に出ないでほしいとか、自分以外とは話もしないでほしいとか、そんな非現実的な独占欲」
「そう、なんだ」

言われてみれば、そんなセンセーショナルな事件がネットニュースで取り上げられていたのを見たことがある。家に居たはずのΩが勝手に外出して友達と会っていたから裏切られたと感じて刃傷沙汰に発展したとか、嫌がるΩを無理やりに監禁したらそのΩは自身で命を絶ったとか。誠司のこともあってそういうニュースには敏感になっていたから、頭の片隅には少しだけ記憶が残っていた。
αの独占欲はΩに受け入れられれば幸せにつながるが、Ωが拒めばその独占欲はお互いを苦しめるものにしかならないと。

「こんな非現実的な独占欲、β同士の恋愛だと異常に映るんじゃない? でも、αとΩの世界ではこれがスタンダードだ。実際僕の家庭もそうだったよ。母さんはΩだったけど、父さんと番った後は仕事はおろか交友関係もほとんどなくなった。……さて充希、僕が何を言いたいか分かる?」

突然話されたαの独占欲の話。それは俺の知らなかったαとΩの世界の話で、ずっとなんでこんな話をしているんだろうとは考えていた。俺といるのが「幸せ」だと言ったその口で、やっぱりΩじゃないとダメなんてことを言う彼ではない。
それは分かるのに彼が何を言いたいかは全く見当がつかなくて、素直に首を横に振る。

「俺がそんな重い独占欲を充希に向けてるって言ったら、どう思う?」
静かな声で、彼はそう言った。
「『そんな』って」
「充希をこの家に閉じ込めてしまいたい。大学に行くかどうかは選ばせてあげるけど、今回みたいに友達の家になんて泊まってほしくないし、毎日送り迎えもさせてほしい。僕だけに頼って、僕だけしか感じないように生きていってほしいんだ」

それは、自分の恋愛観では考えたことのないようなものだった。自分より大切な人を作ってほしくないとか、浮気はしてほしくないとかは分かる。でも、それ以上のことまで望んだことはなかった。

……でも。

誠司が、それが幸せだと言っている。
彼もきっと、この1週間考えてくれていたのだろう。俺たちが一緒にいるために何が必要なのかを。彼の出した答えがそれだったのなら、俺は全力で叶えてあげたい。

「いいよ。大学は……今学んでること楽しいし、それくらいは親孝行もしたいから行くなって言われても行くけど。でも、それ以外は全部誠司にあげる」

正直、どうなるかなんて分からない。誠司といるのは幸せだけれど、自分では到底持たないほどの独占欲を向けられたら苦しくなってしまうのかもしれない。
でも彼以上に、彼を幸せにしたい気持ちを俺は持っているから。それだけは負けないから。

αからの強烈な告白に、俺は頷いた。
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