6 / 12
06
しおりを挟む誠司と離れてから1週間。
友達に飲みに付き合ってもらったり、普段は行かないサークルに行って体を思い切り動かしたり。無理やりに活動をすることによって、気持ちを麻痺させていた。それでも頭の片隅で、ずっと誠司のことが浮かぶ。
もう運命の番と仲良くなったんだろうか。俺のことなんか忘れて、ちゃんと楽しく生活してくれているだろうか。
「夏樹ってたしか、誠司さんの連絡先持ってたよね」
あんまりにも気になりすぎて、でもスマホは置いてきてしまって。友達づてに誠司さんの様子を知れたらいいななんて思う。
「持ってるけど……ほとんど連絡したことないからお前の差し金だって秒でバレるぞ」
「あーーー……、そうだよな」
そんな初歩的なことに気付けないほどに鈍くなった頭。知りたいのに、知りたくない。俺の存在を忘れてほしいのに、忘れてほしくない。誠司のことになると、両価的な気持ちが溢れてきて自分でもどうしたらいいのか分からない。
身動きが取れなくなっていた俺の時間を進めたのは、彼の方だった。
「え……なんで……?」
「お邪魔してるよ」
サークルが終わって友達の家に帰ると、そこには友達の他にもう1人男がいた。それはよく知った人物で、今の自分が一番会いたくて会いたくない相手。
「セイ、ジ……?」
「迎えに来たよ」
ハグをされて、頭が混乱する。もう二度と嗅げないと思っていた彼の安心する匂いが、ふわふわと漂ってくる。
「お友達が僕に連絡をくれてね。充希が見てられないくらいに元気をなくしてるから迎えに来てやってくれって。ちょうど僕も充希を連れ戻そうと考えてたから、内緒で迎えに来させてもらったんだよ」
「ろくに休みもしないでずっと活動しやがって。顔色悪くなってってるの気付いてないとでも思ったか? 誠司さん居なくてもう限界なんだろ」
自分では、気持ちを麻痺させられていたつもりだった。めまいがしたり頭がくらくらしたりすることは増えたけれど、時間が解決してくれると思っていた。でもやっぱり、心は限界をむかえていたみたいで。
「なんで、来ちゃったの」
彼の腕の中で、気付いたら涙が溢れていた。来てくれて嬉しいのに、素直にそれを言葉に乗せることができない。だって、こんなのは間違ってる。
運命の番を諦めてβを追いかけてくるαなんて、そんなの居るはずがないのだ。
「なんで、出ていったの。全然理解できなかった」
腕の力を少しだけ強くして彼が問う。俺にとっては、書置きに残した理由が全てだった。俺では誠司を幸せにできないから、身を引こうと決めたまで。
「なんで僕の幸せを充希が勝手に決めれると思ったの? 充希と居るのが一番幸せだって、僕何度も何度も伝え続けてきたよね」
「……そんなの、分かんないじゃん」
「分かるよ。この1週間ずっと、充希のことだけを考えてた。ほんとは嫌われてたらどうしよう、僕の手が届かないところまで行ってたらどうしようって毎日考えて、食事すらまともにとれなかった。僕はね、充希が欠けたら幸せになれないの。ずっと充希を探しちゃうの。充希はこの1週間、そうじゃなかった……?」
そう問いかける彼の声が、わずかに奮えていることに気付く。彼は基本的に自信満々なタイプで、いつも俺が不安になった時も「大丈夫だよ」って安心させてくれた。そんな彼が、俺が離れただけでこんなにも弱い人になっている。
自分の考えだけで大切な人を傷つけてしまった罪悪感と、こんなに素敵な人が自分なんかを選んでくれることへの嬉しさ。
βの自分は、αから離れるべき。そんな「べき論」で心を閉じ込めていたのが、するすると解けていく。次に口から出てきたのは、自分でも驚くほどに素直な気持ちだった。
「俺……俺も、ほんとは誠司さんと居たい。ほんとは離れたくなんかない」
「よかった……」
腕が解かれたかと思えば、わずかにうるんだ彼の瞳と目が合う。
「一緒に帰ろう?」
そう言って伸びてきた彼の手を握り返す。まだ完全に不安が消えたわけではないけれど、俺のせいでこの人を悲しませることはもうしたくないなと、そう思った。
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆
僕はお別れしたつもりでした
まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!!
親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる