悪役令嬢ルートを回避した聖女ですが、乙女ゲーム終了後に王太子の再婚相手になりました

morisaki

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第1話 アラサー聖女、下界に戻る

 王都の大聖堂に、祝福の鐘が鳴り響いていた。
 白い光に満ちた回廊を、王太子と新しい妃――この世界の「正しきヒロイン」が、並んで歩いていく。

 イネスは列席者の一人として、その光景を少し離れた場所から眺めていた。

(……やっと、終わった)

 胸の奥で、小さく拳を握る。
 安堵と解放感が、波のように押し寄せてくるのを感じる。二人の新しい門出を見ても、正直、羨ましいとも妬ましいとも思わなかった。

 なぜなら、この世界は前世で遊んだ乙女ゲームの世界だからだ。

 王太子を中心に五人の攻略対象が存在し、清らかな光の力を持つ少女が闇を浄化し、世界は救われる。
 今、目の前で進んでいるのは、その設定通りの結末だった。

 それを思い出したのは、私――王国の公爵令嬢イネスが生を受けて三年が経った夏のことだ。
 同じ年頃の子どもたちが集まり、親交を深めるためのティーパーティ。その前夜だった。

 イネスは生まれながらにして、公爵家に伝わる予言の能力を持つと判定されていた。
 さらに、王国では稀に生まれる聖なる力――聖女の資質も併せ持つとされている。

 そこに前世の記憶まで加われば、管理すべき存在としては十分すぎた。

 この国では、前世の記憶を持つ者は神の祝福を受けた存在とされ、歴史に名を残した例も多い。
 だがその希少性ゆえ、存在は厳重に管理され、親族であっても詳細を知らされないことがある。
 存在そのものが、公に扱われることはほとんどない。

 そしては知ってしまった。
 この乙女ゲームにおいて、公爵令嬢イネスは――最終的に闇に堕ち、世界を破滅へ導く役割を担っている。

 原因は単純だった。
 初恋をこじらせ、努力を怠り、楽な方へ流れた結果だ。

「……三歳で、そこまで決まっているなんて」

 思わずこぼれた独り言に、侍女が不思議そうな顔をする。

 鏡に映るのは、明日のために用意されたドレスを着た幼い少女。
 プラチナブロンドの髪に、紫の虹彩を宿す瞳。
 母譲りの繊細な顔立ちと、父から受け継いだ圧倒的な魔力。

 そして、自覚したばかりの能力――ステータスを感知するスキル。

(……これは、さすがに反則では?)

 もっとも、前世ではロールプレイングゲームが好きだった。
 数値が見えるなら、育て方を考えればいい。それだけの話だ。

 公爵令嬢で、予言の力を持つ隠れ聖女。
 この世界の流れに、余計な影響を与えかねない存在。

 考えた末にたどり着いた結論は、案外単純だった。

 余計なことを増やさなければいい。

 乙女ゲームでは、十六歳になると学園に入学し、ヒロインが現れる。
 大聖女の降臨とともに、その時代の王、あるいは王太子と結ばれるのが慣わしだ。

 設定上、物語はそう進むことになっている。

 イネスは王太子に恋をし、無理を重ねた末、ヒロインを排除しようとした罪で婚約を破棄され、闇に堕ちる。
 他の攻略対象にはそれぞれ婚約者がいるため、ヒロインが王太子を選べば、彼らは問題なく結ばれる。

 だから私は、あの流れに入らないようにしてきた。

 気づけば、そういう選択肢を取らなくなっていただけだ。

「イネス・アルデンヌですわ」

 必死に覚えたカーテシーを口にすると、そこには人形のように整った王太子が立っていた。
 金髪に緑の瞳。微笑みさえ計算されたような立ち振る舞い。

 ――現実感のない人だな、と思った。

 三歳の私には、特別な感情を抱く余地はなかった。
 むしろ、その完璧さが、少し怖かった。

 けれど不思議なことに、王太子と距離を置いた分、他の令嬢や子息たちとは自然に話すことができた。
 翌日からは、屋敷の書庫に通い、この世界のルールと魔法の基礎を学び始める。

 予言の能力と前世記憶が正式に認められれば、社交は免除される。
 強すぎる力を持つ者は、縁談ひとつで国家の均衡を揺るがしかねないからだ。

 つまり、私は結婚しなくていい立場にあった。
 それは、他の高貴な令嬢にはない選択肢だった。

 王太子は正しくヒロインと結ばれ、世界は救われる。
 誰も不幸にならない、設定通りの結末。

 それを見届けたイネスは、静かに拍手を送った。

 誰かを押しのけたわけでも、勝ち取ったわけでもない。
 ただ、静かに物語が終わったのだ。

(……これで、しばらくは落ち着ける)

 祝福の声に紛れて、誰にも聞こえない安堵が胸に広がる。

 その数日後、イネスは聖女や魔法士を養育するための塔へと入った。
 研究と教育を後進へつなぐ。
 誰にも干渉されず、誰にも過剰な期待を向けられない生活は、驚くほど快適だった。

 年月はあっという間に過ぎ、気づけば私はアラサーと呼ばれる年齢になっていた。
 独身、自由、そこそこの役職。
 衣食住に不満はなく、人間関係も穏やかだ。

 人生として、特に問題はない。

 ――その日、一通の手紙が届くまでは。

『至急、屋敷へ戻れ。
 王宮から正式な話が来ている』

 父の筆跡だった。

(……そういえば、こういう立場だった)

 不思議と心は乱れなかった。
 役割が回ってきたなら、その時に考えればいい。

 久しぶりに実家へ戻り、着るドレスがないことに気づいて、イネスは小さくため息をついた。



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