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第二話 訪問
◆ ◆ ◆
レスターは上機嫌だった。
特別な日のためにとっておいた自慢のワインをグラスに注ぎ、赤い雫を揺らす。それだけで芳醇な香りがたちのぼり、レスターに愉悦をもたらしてくれる。
国王陛下からじきじきに賜ったこの屋敷にはありとあらゆる贅をこらした調度品を置いている。なかでも今腰をおろしているソファはレスターの細身の身体にぴったりフィットするよう設計されていた。めったに手に入らない黒霊牛の革張りで、つややかな光を放っている。漆黒の革張りに純白のローブがよく映える。袖口には金糸の刺繍がふちどられ、部屋の威容を高めていた。
「フフッ」
自然と笑みがもれる。
なにせ今日は長年、目の上のたんこぶだった男を国王陛下の面前で完膚なきまでに理論で圧倒してやったのだ。しかも奴が昔、放棄した錬金術理論で。
議場でどんどん青ざめていくヘンリックの顔ときたら。あれほど胸のすく出来事があっただろうか? いいや、無い。
ここまで来るのに五年もかかってしまった。
生まれて初めて訪れた神殿で申し渡された啓示ときたら、魔術を究めることとはほど遠い堕落した職――遊び人だった。
だれが好き好んであんなジョブになりたがるものか。
魔術を究める代わりに男に抱かれ、イッた回数が文字通り経験となる。だがレスターが手に入れたかったのは魔術を学ぶ時間そのものだ。男に抱かれる時間ではない。
必要な回数を経験すればさっさと抜けるはずだったパーティーで、リーダーの男にしつこく慰留の声をかけられた。
――お前も俺のことが好きなんだろ? じゃなきゃあんなにセックスしたりしない。違うか?
今思い出しても腹が立つ。賢者に昇格するために必要な経験回数が自慰で済むのなら済ませていたとも。
けれど遊び人だった頃は、レスターの身体が抱かれることを望んでいた。
早く、速く、もっと、たくさん交われ。
まるで魔術の勉学に励みたかった気持ちが変質したかのように、男たちとのセックスを求めていた。
「――ッ」
当時のことを思い出すだけで身体が熱くなる。尻がむずむずとして細い肉茎が勝手に勃ちあがる。
もう賢者となれたのだから、こんな肉欲は必要ない。それなのにレスターの身体は今も『男』を求めていた。
「くそ」
ワインを呷る。かぐわしい香りで獣欲を打ち消そうとするが、一度火のついた身体は簡単には静まってくれなかった。
ワイングラスをテーブルに置いて金刺繍のあしらわれたベルトをゆるめる。
どうせ今夜この屋敷を訪れる人間はいない。一回出せば収まるはずだ。
(あの頃のように男に抱かれるなど冗談ではない……ッ)
過去はすべて切り捨てた。かつて所属したパーティーは崩壊し、冒険者ギルドの一覧表にもその名はない。レスターを抱いた男たちは皆その後出奔している。あの爛れた過去を知るものは誰もいない。
そう思った瞬間、部屋の呼び鈴が鳴った。
「ッ! なんだ!」
思った以上に強い声でとがめてしまった。
「申し訳ございません。夜分遅くにお客様でございます」
「客だと? 追い返せ」
今晩は長年の宿敵を追い落とし、宮廷での地位が盤石になった最高の夜だ。そんな日に招待する客などいない。
扉の向こうから執事の悄然とした声が響いた。
「それが……宮廷錬金術師のヘンリック様でして。なんでもご当主さまに『遊びの手ほどきを受けたい』と言付けされまして」
「!!」
ありうべからざる言葉だった。もうこの五年、いや今後二度と聞くことがないと思っていた言葉を、なぜ奴が言付けてくるのか。
ワインで潤したはずの喉が急速に乾いていく。
奴が私の過去を知っているはずがない。単なる偶然だ。
「――それともう一つお言付けを賜りました。ドリンの角は右曲がり、と」
レスターの全身から一斉に血の気が引いた。
知っている。奴はあの過去を知っている。でもどうやって?
どくどく、と心臓が大きな音を立てて急き立ててくる。ワインのせいか、鼓動がやけにうるさい。
このまま奴を帰らせるか?
ダメだ。
あくまで私はこの国の魔術の権威なのだ。
陛下には神殿上がりの賢者として仕えている。
もしも男に抱かれて賢者になったなどと知られたら軽蔑される。
そもそも軽蔑程度で済むのか? 今までに築き上げた地位、この国で花開いた魔術文化の粋、そのすべてが失われてしまう!
「~~ッ」
レスターの聡明な頭脳はたった一つの解決法をすでに打ち出していた。
しかしそれは賢者となるために抱かれていた過去よりも屈辱的な選択だ。
絶対に嫌だ。死んでもありえない。
だがこの国で今まさに新たな発展を遂げようとしている錬金術と魔術の融合を、こんな形で葬り去りたくはなかった。
数十秒。いやもっと長かったかもしれない。
長いながい沈黙の末にレスターは執事に命じた。
「通せ」
レスターは上機嫌だった。
特別な日のためにとっておいた自慢のワインをグラスに注ぎ、赤い雫を揺らす。それだけで芳醇な香りがたちのぼり、レスターに愉悦をもたらしてくれる。
国王陛下からじきじきに賜ったこの屋敷にはありとあらゆる贅をこらした調度品を置いている。なかでも今腰をおろしているソファはレスターの細身の身体にぴったりフィットするよう設計されていた。めったに手に入らない黒霊牛の革張りで、つややかな光を放っている。漆黒の革張りに純白のローブがよく映える。袖口には金糸の刺繍がふちどられ、部屋の威容を高めていた。
「フフッ」
自然と笑みがもれる。
なにせ今日は長年、目の上のたんこぶだった男を国王陛下の面前で完膚なきまでに理論で圧倒してやったのだ。しかも奴が昔、放棄した錬金術理論で。
議場でどんどん青ざめていくヘンリックの顔ときたら。あれほど胸のすく出来事があっただろうか? いいや、無い。
ここまで来るのに五年もかかってしまった。
生まれて初めて訪れた神殿で申し渡された啓示ときたら、魔術を究めることとはほど遠い堕落した職――遊び人だった。
だれが好き好んであんなジョブになりたがるものか。
魔術を究める代わりに男に抱かれ、イッた回数が文字通り経験となる。だがレスターが手に入れたかったのは魔術を学ぶ時間そのものだ。男に抱かれる時間ではない。
必要な回数を経験すればさっさと抜けるはずだったパーティーで、リーダーの男にしつこく慰留の声をかけられた。
――お前も俺のことが好きなんだろ? じゃなきゃあんなにセックスしたりしない。違うか?
今思い出しても腹が立つ。賢者に昇格するために必要な経験回数が自慰で済むのなら済ませていたとも。
けれど遊び人だった頃は、レスターの身体が抱かれることを望んでいた。
早く、速く、もっと、たくさん交われ。
まるで魔術の勉学に励みたかった気持ちが変質したかのように、男たちとのセックスを求めていた。
「――ッ」
当時のことを思い出すだけで身体が熱くなる。尻がむずむずとして細い肉茎が勝手に勃ちあがる。
もう賢者となれたのだから、こんな肉欲は必要ない。それなのにレスターの身体は今も『男』を求めていた。
「くそ」
ワインを呷る。かぐわしい香りで獣欲を打ち消そうとするが、一度火のついた身体は簡単には静まってくれなかった。
ワイングラスをテーブルに置いて金刺繍のあしらわれたベルトをゆるめる。
どうせ今夜この屋敷を訪れる人間はいない。一回出せば収まるはずだ。
(あの頃のように男に抱かれるなど冗談ではない……ッ)
過去はすべて切り捨てた。かつて所属したパーティーは崩壊し、冒険者ギルドの一覧表にもその名はない。レスターを抱いた男たちは皆その後出奔している。あの爛れた過去を知るものは誰もいない。
そう思った瞬間、部屋の呼び鈴が鳴った。
「ッ! なんだ!」
思った以上に強い声でとがめてしまった。
「申し訳ございません。夜分遅くにお客様でございます」
「客だと? 追い返せ」
今晩は長年の宿敵を追い落とし、宮廷での地位が盤石になった最高の夜だ。そんな日に招待する客などいない。
扉の向こうから執事の悄然とした声が響いた。
「それが……宮廷錬金術師のヘンリック様でして。なんでもご当主さまに『遊びの手ほどきを受けたい』と言付けされまして」
「!!」
ありうべからざる言葉だった。もうこの五年、いや今後二度と聞くことがないと思っていた言葉を、なぜ奴が言付けてくるのか。
ワインで潤したはずの喉が急速に乾いていく。
奴が私の過去を知っているはずがない。単なる偶然だ。
「――それともう一つお言付けを賜りました。ドリンの角は右曲がり、と」
レスターの全身から一斉に血の気が引いた。
知っている。奴はあの過去を知っている。でもどうやって?
どくどく、と心臓が大きな音を立てて急き立ててくる。ワインのせいか、鼓動がやけにうるさい。
このまま奴を帰らせるか?
ダメだ。
あくまで私はこの国の魔術の権威なのだ。
陛下には神殿上がりの賢者として仕えている。
もしも男に抱かれて賢者になったなどと知られたら軽蔑される。
そもそも軽蔑程度で済むのか? 今までに築き上げた地位、この国で花開いた魔術文化の粋、そのすべてが失われてしまう!
「~~ッ」
レスターの聡明な頭脳はたった一つの解決法をすでに打ち出していた。
しかしそれは賢者となるために抱かれていた過去よりも屈辱的な選択だ。
絶対に嫌だ。死んでもありえない。
だがこの国で今まさに新たな発展を遂げようとしている錬金術と魔術の融合を、こんな形で葬り去りたくはなかった。
数十秒。いやもっと長かったかもしれない。
長いながい沈黙の末にレスターは執事に命じた。
「通せ」
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