大賢者たる私が元遊び人のはずがない!

雲丹はち

文字の大きさ
2 / 16

第二話 訪問

 ◆ ◆ ◆

レスターは上機嫌だった。
特別な日のためにとっておいた自慢のワインをグラスに注ぎ、赤い雫を揺らす。それだけで芳醇な香りがたちのぼり、レスターに愉悦をもたらしてくれる。

国王陛下からじきじきに賜ったこの屋敷にはありとあらゆる贅をこらした調度品を置いている。なかでも今腰をおろしているソファはレスターの細身の身体にぴったりフィットするよう設計されていた。めったに手に入らない黒霊牛の革張りで、つややかな光を放っている。漆黒の革張りに純白のローブがよく映える。袖口には金糸の刺繍がふちどられ、部屋の威容を高めていた。

「フフッ」

自然と笑みがもれる。
なにせ今日は長年、目の上のたんこぶだった男を国王陛下の面前で完膚なきまでに理論で圧倒してやったのだ。しかも奴が昔、放棄した錬金術理論で。

議場でどんどん青ざめていくヘンリックの顔ときたら。あれほど胸のすく出来事があっただろうか? いいや、無い。

ここまで来るのに五年もかかってしまった。
生まれて初めて訪れた神殿で申し渡された啓示ときたら、魔術を究めることとはほど遠い堕落した職――遊び人だった。

だれが好き好んであんなジョブになりたがるものか。
魔術を究める代わりに男に抱かれ、イッた回数が文字通り経験となる。だがレスターが手に入れたかったのは魔術を学ぶ時間そのものだ。男に抱かれる時間ではない。
必要な回数を経験すればさっさと抜けるはずだったパーティーで、リーダーの男にしつこく慰留の声をかけられた。

――お前も俺のことが好きなんだろ? じゃなきゃあんなにセックスしたりしない。違うか?

今思い出しても腹が立つ。賢者に昇格するために必要な経験回数が自慰で済むのなら済ませていたとも。

けれど遊び人だった頃は、レスターの身体が抱かれることを望んでいた。
早く、速く、もっと、たくさん交われ。
まるで魔術の勉学に励みたかった気持ちが変質したかのように、男たちとのセックスを求めていた。

「――ッ」

当時のことを思い出すだけで身体が熱くなる。尻がむずむずとして細い肉茎が勝手に勃ちあがる。
もう賢者となれたのだから、こんな肉欲は必要ない。それなのにレスターの身体は今も『男』を求めていた。

「くそ」

ワインを呷る。かぐわしい香りで獣欲を打ち消そうとするが、一度火のついた身体は簡単には静まってくれなかった。
ワイングラスをテーブルに置いて金刺繍のあしらわれたベルトをゆるめる。
どうせ今夜この屋敷を訪れる人間はいない。一回出せば収まるはずだ。

(あの頃のように男に抱かれるなど冗談ではない……ッ)

過去はすべて切り捨てた。かつて所属したパーティーは崩壊し、冒険者ギルドの一覧表にもその名はない。レスターを抱いた男たちは皆その後出奔している。あの爛れた過去を知るものは誰もいない。

そう思った瞬間、部屋の呼び鈴が鳴った。

「ッ! なんだ!」

思った以上に強い声でとがめてしまった。

「申し訳ございません。夜分遅くにお客様でございます」
「客だと? 追い返せ」

今晩は長年の宿敵を追い落とし、宮廷での地位が盤石になった最高の夜だ。そんな日に招待する客などいない。
扉の向こうから執事の悄然とした声が響いた。

「それが……宮廷錬金術師のヘンリック様でして。なんでもご当主さまに『遊びの手ほどきを受けたい』と言付けされまして」
「!!」

ありうべからざる言葉だった。もうこの五年、いや今後二度と聞くことがないと思っていた言葉を、なぜ奴が言付けてくるのか。
ワインで潤したはずの喉が急速に乾いていく。
奴が私の過去を知っているはずがない。単なる偶然だ。

「――それともう一つお言付けを賜りました。ドリンの角は右曲がり、と」

レスターの全身から一斉に血の気が引いた。
知っている。奴はあの過去を知っている。でもどうやって?

どくどく、と心臓が大きな音を立てて急き立ててくる。ワインのせいか、鼓動がやけにうるさい。

このまま奴を帰らせるか?

ダメだ。
あくまで私はこの国の魔術の権威なのだ。
陛下には神殿上がりの賢者として仕えている。
もしも男に抱かれて賢者になったなどと知られたら軽蔑される。
そもそも軽蔑程度で済むのか? 今までに築き上げた地位、この国で花開いた魔術文化の粋、そのすべてが失われてしまう!

「~~ッ」

レスターの聡明な頭脳はたった一つの解決法をすでに打ち出していた。

しかしそれは賢者となるために抱かれていた過去よりも屈辱的な選択だ。
絶対に嫌だ。死んでもありえない。
だがこの国で今まさに新たな発展を遂げようとしている錬金術と魔術の融合を、こんな形で葬り去りたくはなかった。

数十秒。いやもっと長かったかもしれない。
長いながい沈黙の末にレスターは執事に命じた。

「通せ」

感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界から戻ってきた俺の身体が可笑しい

海林檎
BL
異世界転生で何故か勇者でも剣士でもましてや賢者でもなく【鞘】と、言う職業につかされたんだが まぁ、色々と省略する。 察してくれた読者なら俺の職業の事は分かってくれるはずだ。 まぁ、そんなこんなで世界が平和になったから異世界から現代に戻ってきたはずなのにだ 俺の身体が変なままなのはどぼじで??

うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

藤吉めぐみ
BL
匠が勤める建築デザイン事務所には、洗練された見た目と完璧な仕事で社員誰もが憧れる一流デザイナーの克彦がいる。しかしとにかく仕事に厳しい姿に、陰で『鬼上司』と呼ばれていた。 そんな克彦が家に帰ると甘く変わることを知っているのは、同棲している恋人の匠だけだった。 けれどこの関係の始まりはお互いに惹かれ合って始めたものではない。 始めは甘やかされることが嬉しかったが、次第に自分の気持ちも克彦の気持ちも分からなくなり、この関係に不安を感じるようになる匠だが――

そうだ課長、俺と結婚してください

藤吉めぐみ
BL
運命の番を信じるアルファ×運命なんか信じないアルファスペックのオメガ 社内、社外問わずモテるアルファの匡史は、一見遊んでいるように見えるが、運命の番を信じ、その相手に自分を見つけて欲しいという理由から、目立つように心がけ、色々な出会いの場にも顔を出している。 そんな匡史の働く職場に課長として赴任してきた池上。彼もアルファで、匡史よりもスペックが高いとすぐに噂になり、自分の存在が霞むことに不安を覚える匡史。 気に入らないという理由で池上に近づくが、なぜか池上から香りを感じて惹かれてしまい―― 運命の番を信じるアルファと運命なんか信じないアルファ嫌いのオメガのオフィスラブです。

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる

すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。 かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。 2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

いくら気に入っているとしても、人はモノに恋心を抱かない

ちき
BL
一度オナホ認定されてしまった俺が、恋人に昇進できる可能性はあるか、その答えはノーだ。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。