若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち

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02 ご対面

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(――美しい)

その一言しか浮かんで来なかった。
意思の強さを感じさせる太い眉に、秀麗な目元。美しく整った鼻筋に、ばら色に赤らんだ頬、薄い唇。
肩まで伸びた波打つ黒髪は、まさに老人たちが語る戦の神ケハルそのものだった。
神とうり二つの男を手に入れる。
カイルの心は喜びでうちふるえていた。

「貴様っ!」

激昂する声に下半身が熱くなる。
それでも逸る心を抑えながら、ヴィルヘルムの剣をいなす。

何合うちあったか。
遠くから聞き慣れた勝ち鬨が上がる。
奇襲を成功させた将軍と合流しようとした敵を我らの兵が押し返したのだ。
そうなれば正に彼は孤立無援。

この歓声が聞こえないはずは無いというのに、それでもなお彼の意思は折れない。
もはや尊敬すら感じる。
神と同じ容姿を持ち、その心根すらうり二つともなれば、惚れるしかない。
心地良い疲労に身を包まれながら、距離を取る。
これで最後だ。

勝ち鬨が上がった今、ヴィルヘルムに選択肢はない。
それでも彼はこの決闘に水をさす真似はしない。

(うん。絶対に大切にしよう)

決意を胸に最後の一撃を構える。
美しいこしらえの剣が宙を舞い、ヴィルヘルムが膝をついた。

「いいだろう。貴様の勝ちだ」

疲れを滲ませた顔で微笑む顔はこの世のものとは思えぬほど美しかった。
そして――。
彼は懐に潜ませていたナイフを引き抜いた。

「だが貴様のモノにはならん!」

自らの左胸にナイフを突き立てようとする。

(想定内だ……っ)

剣の柄でナイフをたたき落とす。彼の腹に一発拳を打ち込み、気絶させる。
この誇り高い男が、そう簡単に自分のものになるはずがない。
それは直感だった。

「はははっ。自分の力で手に入れるのはやはりいいなぁ」

仲間たちの歓声に包まれながら、地面に倒れたヴィルヘルムの体を抱き寄せる。
銀色の鎧のなかには、美しく引き締まった体があるのだろう。
それをこれからじっくりと暴けるのかと思うと、カイルは満面の笑みを浮かべた。
心地良い疲労感が一陣の風とともに駆け抜けていった。


 ◆


ヴィルヘルムが目を覚ました時、手枷も足枷もはめられていなかった。

(私は捕虜になったはずだが……)

目の前の光景は自分の予想を裏切っていた。
男一人寝転んでもまだ余裕のある大きな褥。レースの天蓋が引かれ、寝台近くの棚からはかぐわしい匂いのお香が漂っていた。

鎧は全て脱がされ、腰には剣もナイフもない。誰が着替えさせたのか、下着みたいに薄いローブを着せられていた。

(このローブ……絹か?)

なめらかな手触りは捕虜に与えるものではない。
クセの強い黒髪は後ろで一つに束ねられている。

(一体なにが……)

訳の分からぬまま、天蓋ベッドから下りて辺りを見回す。
天井が想像以上に高い。丁寧に木材で組まれており、石作りの王宮とは全く異なる雰囲気だった。
足元には立派な獅子の毛皮が敷かれ、足元を温めてくれる。
壁に等間隔で作られた窓にはガラスがはめ込まれ、時折子どもたちの賑やかな笑い声が響く。

まるで別世界だ。
気絶する前は、それこそ死地にいた。
血しぶきが舞い、怒号と喧噪のただ中にあった。

だがヴィルヘルムがいるこの場所は天国のようだ。
天窓からは日の光が降り注ぎ、薄着の体も温めてくれる。

「おう、起きたか!」

突如、正面の扉が開き、面妖な仮面を身につけた男がずかずかと入ってくる。天国の使いにしては、異様な風体だった。

仮面の下は上半身裸だ。下半身はズボンの上に腰帯で独特の文様を刻んだ布を垂らしていた。
彼はしげしげとこちらの体を見てから、顔を合わせた。

「うん。やはりオレの目に狂いはなかった。まさに戦の神ケハルそのものだろう!? 連れ帰ったオレの炯眼を褒めろ。じい!」

入り口近くに佇んでいた老人が仰天の目でこちらを見ていた。

「――敵の言葉をそのように軽率に使ってはなりません。若」
「良いではないか。言葉なぞ、これから覚えさせていけば良い。なあ、ヴィルヘルム。我が妻よ」

男に抱き寄せられてこの数日のうちに起きたことを思い出した。

(そうだ。蛮族どもの横腹に奇襲して、後続の正面突撃が成功していれば勝っていた)

それが失敗に終わったのは、いま隣に立つ男が断崖から奇襲し、それに邪魔されたからだ。
決闘を挑めば、妻になれと非常識な提案を持ち出されたのだ。

そして――負けた。
敵の慰みものになるくらいなら死を選ぼうとしたのに、それをこの男が邪魔したのだ。

「っ、離せ、貴様!」

男の手から逃げようとしたが、数分前に起きたばかりの体は言うことをきかない。

「おぉ、元気だな。そうこなくちゃ」

男は仮面を持ち上げて素顔を見せた。
人なつっこい笑みを湛えた青年。

(こいつ、若い……!?)

三十の盛りを超えた自分より一回りは年下だ。
二十歳か、いやもっと若いかもしれない。

背格好は同じだが、膂力りょりょくは彼の方が上だった。
強引に抱きしめられ、胸に青年の体温がじかに伝わる。乳首がこすれあった。

(っ!? こんな、男と……体を近づけるなど……!)


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