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私の未来、どうなるのかな

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 友香の事故を聞いてから三日間、私は生きた心地がしなかった。
 寝ても覚めても友香のことを考えて泣いて、ろくな食事もしていなかったため、心配した純二が頻繁に私の家に来て食事を作ってくれたりそばにいてくれた。
 私は友香からの連絡をいつまでも待っていて一日に何回もラインのトーク画面を開いたが、メッセージが既読になることはなかった。
 音沙汰ない友香に不吉な予感を覚えてその度に啜り泣く。私の毎日は泣いて、目を腫らして、また泣いて…その繰り返しだった。
 夜になるとカーテンを開けて月の状態を確認するが、満月は一向にやって来なかった。それでも私は欠けている月を見上げながら藁にもすがる思いで友香の生還を願い続けた。
 どうか友香を生かしてください。
 友香が命に別状なく生きていますように。
 生きていてくれればそれでいいから…
 そうやって毎日、友香の生死に悲観したり願いを込めたりしていた。
 夜、ベッドの中でスマホの写真フォルダを開くとゆるキャラフェスタで友香と撮った写真が複数枚出てきた。
 つるピカちゃんの横で嬉しそうに満面の笑みを浮かべる彼女の笑顔を見ていると込み上げるものがあって涙が止まらなくなった。
 普段は見返さない写真をこうなってから初めて見返す。
 見返して初めて失ってはいけないことに気付かされた。
 私達、ちゃんと友達だったんだね。
 友香は私の大切な友達だよ。
 私はどうしてそれを彼女に伝えなかったのだろう。
 喧嘩してからこうなるまで時間は沢山あったのに私は何も行動を起こさなかった。
 他力本願で自分から行動しない…あづさに言われことを今まさに痛感している。
 もっとこうすればよかった、ああすればよかった…いくら考えても覆水盆に返らずだ。
 タイムマシーンに乗って友香を追いかけるのを想像しても馬鹿馬鹿しい妄想で終わる。でもそれでも追いかければよかったと後悔する。
 事故になる直前に電話して横断歩道を渡るのを阻止すればよかったと考えてる。
 でも現実は既読のつかないラインをいつまでも待ち続けているだけだ。
 ほんの少し前まで私は友香の死を願っていた。でも今は後悔して彼女の生還を願っている。
 こんな愚かな過ちがあるだろうか。
 死ねばいいのにって思っていたのは怒りに任せただけの願いで本当に失うことの深刻さは何一つ想像していなかった。
 タオルケットに包まってスマホを握り締めながら眠りにつく。
 目は涙でパンパンに腫れていて頬はカピカピになっていた。顔を洗ったってどうせまた泣くのだから意味のないことだと諦めて寝た。
 寝たと言っても眠りは浅くてちょっとした物音ですぐに目が覚める。目が覚めるたびにスマホの通知を確認するがほとんどが純二や母親からのラインだった。通知を確認すると癖のように友香とのトーク画面を開いて既読がついているか確認するが既読はつかず、その度にこの世の終わりかと思うほど絶望した。それも涙を流すのと同じように繰り返していた。
 変化があったのは彼女の事故を聞いてから三日後のことだった。
 午後二時、ベッドから起き上がってスマホの通知を確認すると友香からラインが来ていた。
 名前を見て一瞬、見間違いなんじゃないかと思ったがラインを開いてメッセージを確認すると私のメッセージは既読がついていて、それは紛れもなく友香からの返信だった。
 “今、○○総合病院の第二病棟、301号室にいるの。19時まで面会できるって。“
 メッセージを読み上げると私は友香が生きていることに安堵して涙を流した。
 スマホ強く握り締めながら全身の力が抜けたような大きなため息を一つ吐いて、友香の顔を浮かべながら何度も頭の中で、よかった…‼︎という言葉を繰り返した。
 “今すぐ行く!“
 そう返信して慌ててベッドから起き上がると顔を洗って着替えて家を飛び出した。
 友香の入院している病院は最寄り駅から十駅離れたところにある大きな総合病院で辿り着くまでに徒歩の時間も含めて四十分以上掛かった。
 電車に揺られている間、何度も友香の顔が浮かんで涙が流れた。車内には私と同い年くらいの若い女の子たちが吊り革に捕まりながら楽しげに喋っていたが、その側でお構いなしに涙を流し続けている私を見ると彼女たちは驚いた顔をして静かになった。
 病院の最寄り駅に着いてホームを出ると改札を抜けて地上につながった階段を下りる。
 早く病院に行きたくて慌てていたせいか最後の三段目に差し掛かった時に足をすべらせて膝から落ちてしまった。
 立ち上がると右膝が擦り剥けて赤い血が出ている。
 軽い怪我をしたがそんなことよりも友香に会うことに気がいっていた為、そのまま気にせずに病院へと向かった。
 病院に着いて面会手続きを行っていると中学二年生の時に階段を踏み外して骨折した祖母の見舞いに母と二人で行った時のことを思い出した。
 大病院特有の問診者でガヤガヤとした待合室や忙しそうに動き回る受付の女性陣の殺伐とした雰囲気に温室育ちの私は飲まれそうになった記憶がある。それ以来の見舞いに戸惑いながら面会手続きを済ませるとエレベーターに乗って友香のいる病室に向かった。
 入院患者が生活する階は問診者が押し寄せる受付と異なって静かで穏やかな反面、どこか寂しい気持ちにさせる。
 301号室に到着して扉の前に立つと名札を見て入院患者の名前を確認した。
 四人の名前が書かれた四角いプレートの右下に山口と書かれた文字を確認すると、そっと扉を開ける。
 静寂な病室はベッドが四つに分けられていて、それぞれがカーテンで仕切られている。柔らかな桜色のカーテンを見つめながら一番右奥に進むと、そっとカーテンを開けた。
 カーテンを開けるとベッドから上半身を起こして窓の景色を眺めている友香の後ろ姿が目に映った。
 長い黒髪を耳にかけた彼女の後ろ姿は事故を知ったためかバスの座席に座っていた時よりもひ弱に見えた。
 棒立ちでその後ろ姿をじっと眺めていると彼女がゆっくりと振り向いて目と目が合った。
 大きな黒目と輪郭で確かに彼女であることを確認すると安堵と同時に感極まって涙が溢れる。
 顔を歪ませて涙を流す私を友香は笑って優しく私の名前を呼ぶ。
 「祐美…」
 その声に呼応するように彼女のそばに寄ると近くにあった丸椅子に座ってぎゅっと手を握った。
 手を握ると暖かな友香の体温を感じて彼女が間違いなく生きていることを実感した。
 生きている。友香の熱がじんわりと伝わって彼女の生命を強く認識する。
 感涙する私に友香はされるがままで嬉しそうに笑っていた。
 「友香、ごめんね。」
 私が謝ると友香は笑ったまま、もういいよ~!と返した。
 「本当によかった…私、ずっと不安で仕方なかったの。」
 「うん、わかってる。ライン読んだよ。ありがとう。」
 友香の微笑みに私は地獄から天国に引き上げられたように喜び舞い上がる。
 「もう体は大丈夫なの?」
 「うん、大丈夫。命に別条はないみたいだから…」
 「そっかぁ~良かった…退院したらさ、また二人で遊ぼうよ。またお互いの家に行ったり、かき氷とか食べに行こうよ。」
 私の言葉に突如、友香が困ったように微妙な顔をして躊躇いがちに口を開いた。
 「あぁ…それがさ、私、家族と話し合って来月、地元に帰ることしたんだ。」
 予期せぬ彼女の言葉に私はきょとんとする。
 「……地元に帰るって大学はどうするの?」
 「辞める。」
 突然の話に私は驚いて声を上げた。その側で友香は冷静な顔で、見て。と言って掛けていた布団を剥いだ。
 剥いだ掛け布団の下を見て絶句する。
 綺麗に二本並ぶ太ももとは対照的に彼女の右脚は膝から下が失くなっていた。
 「事故った時にタイヤに巻き込まれちゃったんだって~」
 言葉を失う私のそばで友香は極めて明るく、あっけらかんと話す。
 「それでね、昨日、隼人が見舞いに来たから話したら夜にラインが来て私達、別れることになったよ~。俺には荷が重すぎるって言われちゃった…そうだよね、私達まだ若いもんね~まだまだこれからで未来もあるのにいきなり彼女がこうなったら支えきれないよね~。」
 私は目に映る情報と耳に入る情報があまりにも急激で本当にこれが現実で起こっていることなのか俄かに信じ難かった。
 交通事故、右脚損失、自主退学、恋人との別れ…全てのことが一気に降りかかった彼女が私の前で笑顔で淡々と話している。その側で私は今にも泣き出しそうになっていた。
 すると友香が私の名前を呼んだ。
 「ねぇ、祐美。私の未来、どうなるのかな。」
 その瞬間、彼女の瞳が光を失って悲しみに明け暮れているのがわかった。
 何も言葉を掛けることが出来ない私は椅子から立ち上がって彼女を強く抱き締める。
 ただひたすら無言でぎゅっと抱きしめ続けた。
 すると友香は私の胸に抱き締められたまま大粒の涙を流した。病室内に私と友香の啜り泣く音が響く。
 「私ね、病室で目が覚めてからずっと、生きててよかった~ってホッとしているの。でもそれと同じくらい死にたいって思っているんだ。なんだか矛盾してておかしいでしょう?真逆な気持ちのなのに混在しているなんて…」
 泣きながら笑う友香を私は手放したくなくて強く抱きしめる。
 温かな友香の体温。生きている。確かに生きている。だけどあまりにも残酷ではないか。
 私が望んでいた未来はこんなものではなかった。
 友香はもっと幸せになるべき子なのに…
 先輩…あんなに大好きで恋焦がれていた彼は今では頭に浮かぶこともなくどうでもいい存在となっている。
 たった数ヶ月で私は先輩よりもリアリティのある男と恋をして先輩よりも大切な友達が出来た。
 頭に浮かべる理想よりも大切な現実が出来たのに…私の願いが歪みを生んだ。
 狙っていたかのように友香に襲い掛かった現実に私は罪悪感と悲しみでいっぱいになる。
 友香、大切な友香、私は彼女にこれ以上、不幸になってほしくない。
 転院するまでの間、私は友香に毎日、見舞いに行くと告げた。転院した後も連絡を取って冬休みになったら友香の地元にも遊びに行くと約束すると彼女は涙を流しながら、嬉しいと笑っていた。
 その話を後日、純二にすると私と一緒に地元に帰れると言って喜んでいた。
 私の頭にはバスで座席に座る友香の後ろ姿が焼きついて存在している。
 長い黒髪と真っ直ぐな姿勢で凛とした彼女の後ろ姿。花瓶に生けられた一本の白い百合のように美しい佇まい。
 もうその背中をバスの中で探しても見つけることは出来ない。
 夏休みが明けたら講義室で一人、前の席に座る友香の背中を見ることも、帰り際に話しかけられることも二度とない。
 満月の夜になったら私はこれから友香の幸福を願い続けるだろう。
 友香がこれから幸福になりますように。
 健やかで幸せでありますように。
 そうやってずっと願い続ける。もう私は子供ではないし、昔の私ではないのだ。






※これにて完結です。
 普段は他サイトで投稿しているのですが久々に上手く書けた気がしたのでこちらでも投稿しました。
投稿の仕方が分からなかったり完結設定が上手く出来なかったり、ポイント制度をいまいち理解していなかったりするのですが、またいつか投稿するかもしれません。
次に書く話も決まっているので気が向いたらこちらでも投稿するかもです。
アクセス数を知りたいのでメインは他サイトになってしまいますが…
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