愛する人は指輪の中

ルナルオ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

1.

しおりを挟む
『愛している』

 もし、また君に出会えたら、そう伝えたい。
 今でも鮮やかに思い出す、まるで深海のような青色の瞳を見つめながら……。

 最期の時に想った、無念で切ない気持ちを胸に、目が覚めた。

(うう、夢見が悪いな……。
 あれか?これは前世の記憶か、何かか?
 それとも、昔、暇つぶしに読んだ本の話だったか?
 うーん、よく覚えていないが、何か悲しい出来事があり、愛を伝えられなかったような内容だったな。
 ……どちらかといえば、今は愛なんて、もうたくさんなんだけどな)

 そう考えるグレン・ペリクト。
 彼は、ペリクト王国の第3王子であり、いかにも王子然とした美しい容姿をしている。グレンは民衆からの人気が高く、多くの貴族達がグレンと縁を結びたがり、もちろん女性からも高評価でモテていたが、今だにグレンには婚約者がいなかった。
 グレンに持ちかけられる婚約話は、たくさんあるのに、グレンが婚約まで至ることはなかった。
 たとえば、とある王国の王女と婚約話があがっても、その王女が自分の国の騎士とさっさと結婚してしまったり、グレンと身分も釣り合う高位貴族令嬢が婚約を申し入れてきたと思ったら、グレンが返事をする前に、他国の王子に見初められてお嫁に行くことになったりと、「誰かに呪われているのでは?」と噂される位、婚約前の段階で断られることが続いた。
 もうグレンも、焦って婚約する必要もないかと、あきらめてしまった。
 だから、グレンは、年頃の王子なのに、特定の相手もいないため、王子妃になりたい野心家の肉食系貴族令嬢達に毎日のように、狙われてつきまとわれてしまい、(がつがつした女に、うんざりだ!)と思い始めている。

(それなのに、あんな夢を見るなんて……)

 グレンは、気分転換にバルコニーに出てみると、空が高く、今日は快晴、間違いなしの日であった。

(よし!今日の午前の予定は、大したことないから、変更しよう。
 城下町の視察に行こう!)

 グレンは、朝食後、いつも行う鍛錬や雑務等はキャンセルして、城下にある街に繰り出した。
 今日は天気も良く、街中の市場には活気があった。
 視察という名目であるので、街で買い食い等をしながら、楽しみつつも、仕事として街の様子観察や、情報などを収集する。
 今日の市場では、南国からのフルーツの流通が昨年より、明らかに良くなっていて、これは流通業者が保存の技術を改善したためだ等、ちょっと市場を覗くだけでも、わかることが沢山ある。
 最近では、死火山が近くにある地方で採取された宝石などが、よく売れていると噂を聞いたグレンは、今日は食べ物だけでなく、鉱石や宝石を扱っているエリアも珍しく覗く気になった。
 グレンは、食べ物ばかりの屋台のエリアを抜けて、雑貨や小物、装飾品などがたくさん売っているエリアに足を入れた。
 その途端、何か視線のようなものを感じた。

(何だ、視線を感じる?
 刺客ではないな、殺気もないし。
 まあ、命を狙われる覚え、あんまりないのだけどね~。
 ああ、貞操的な意味ではあるか!?)

 第3王子のため、比較的、王子達の中では自由に過ごさせてもらっているグレンであり、明るく人当たりも良い。しかも、生まれながらに魔力も強く、有能で美形なのに、高慢な態度もとらないことから、老若男女問わずに人気が高い。
 そんなグレンが、お忍びで街を歩けば、主に女性達から秋波を送られることはある。
 だが、その視線はそういった類とも違うようである。

(誰だろう?ほっとくべきかな?
 でも、何故だか、すごく気になる視線だ……。
 この近くの店かな?
 護衛のカールは問題ないか確認しよう)

 一応、王子のため、密かに専属の護衛がずっとついてきているが、不測の事態に備え、護衛のカールにも注意の合図を送っておく。
 カールがグレンと距離を縮めた際に、その視線を感じる露店を突き止めた。

(ここは……、宝飾屋か?)

 その店は、ややくたびれた感じの中年の男性が営む店で、様々な細工の指輪が並んでいた。
 やる気なく「いらっしゃい」と言われた店の前で、じっとグレンは視線の主を探った。

(この店から感じたけど、この男ではないな。
 誰かからの視線だと思ったのだけど、違うのか?)

 視線の主がわからず、不思議に思うグレンが、ふと、並んでいる指輪のひとつを見てみた。
 深海を思わせるような青色の石がついた指輪である。
 その時、グレンに衝動が走った。

「愛している」

 その指輪を見た瞬間、反射のように指輪に向ってグレンは、近くにいる護衛のカールにもよく聞こえる位の大きい声で愛を伝えてしまった。

「「「え?」」」

 言った本人も含めて、今、思わず出てしまったグレンの発言に驚く3人。
 自分に言われたと思った店主は、「わ、私には妻も子もいるので……」と中年のおっさんが頬を染めながらも断ってくる。
 後ろに控えるカールは、青褪める。
 すぐにグレンは、店主達の誤解に、激しく反論した。

「いや、違うぞ!!
 その、変なことを言って、すまない。
 この指輪の色が愛する人の瞳と同じ色だったから、つい反射ででたのだ!
 ははは!まいったな~」

 笑ってやり過ごそうとするグレンは、その「愛している」発言をした原因の指輪を指した。
 店主は、何故か残念そうな顔をしている。

「これは、いくらだ?」
「……5,000ランになりやす。
 これ、女物ではなく男物の指輪で、いいんで?」
「ああ、これでいい。もらおう」

 そう言って、グレンが5,000ランを店主に渡すと、店主はその指輪を小袋に入れて渡してくるが、なかなか品物を放さず、じっとグレンを見つめてくる。

(やめろ!何か言いたいことでもあるのか!?
 そもそも、何故、自分が『愛している』と言われたと誤解する?
 しかも、どうしてこの指輪を放さない!?商品だろう?
 ……それとも、この指輪に何かあるのか?)

 グレンは、護衛のカールが動く前に、バッと店主の手をふりほどき、指輪を受け取ると、店主はやや不満そうな顔をしていた。

(おい、なんだ?その不満そうな顔は!?)

 そう思いながらもグレンは、これ以上、関わるのも良くないと思い、逃げるように店から離れた。

「グレン殿下~、あの店主、まだ見ていますよ~。
 本当に罪な人ですね~」
「やめろ!そんな訳ないだろう!?」
「その指輪が愛する人の瞳の色ですか……。
 ねえ、殿下?」
「何だ?」
「俺の瞳は何色に見えます?」
「?空色だろう?」

 ちょうどカールの瞳の色は、今日のよく晴れた空色に似た色合いであった。

「じゃあ、その指輪の色は?」
「うーん、深海みたいな青色だな」

 安心したようにカールが胸をなでおろす。

「ふう、良かった~。
 つまり、俺の瞳の色とは、違うってことですよね?」
「ああ、そりゃ……。
 って!お前まで何言っているんだ!?」
「いや~、グレン様が買ったその指輪。
 明らかに男物だし、俺の瞳と同じ青系統の色なので、もしや万が一、俺宛だったら凄く困ると思いまして……」
「万が一にも、お前を恋愛対象に見る日は来ないから。絶対に!
 私の恋愛対象は、女性だけだ!!」
「じゃあ、何で女物を買わないのですか?
 愛する人の瞳の色なのに、その指輪、送らないのですか?
 あ、もしかして自分用ですか?」
「……そうだ」
「なるほど~。常に愛しい人の瞳と共にあるってことですか。
 さすがグレン殿下、やることがロマンチックですね~」
「まぁな」

 グレンはそう言うと、小袋からその指輪を取り出して、自分の指にはめた。

(あの店の店主も、この指輪の女物を買わないのかと言いたかったのか?)

 そう考えながら、やけにしっくりくるその指輪をしげしげと眺めるグレン。
 指輪は、グレンが指にはめた途端、更に石が美しく輝きが増して、そして……。

「愛している」

 またもや、呪文のように指輪に向かって愛を語るグレンは、急いで口を手でおさえた。

「グ、グレン殿下?もしや、欲求不満ですか?
 殿下ともあろうお方が、愛に飢えているんですか~?」
「そんなわけあるか!?口が勝手に動くんだ!!あいし、んぐっ」

 グレンは手で口を塞いでおかないと、その指輪が目に入る度に、勝手に口が「愛している」を連呼しようと動く。
 カールは、そんなグレンの様子を見て、納得する。

「ああ、なるほど~。その様子だと、それはたぶん~」
(たぶん、何だ?)と手で口をおさえながら、首を傾げる。
「いわゆる、呪いの指輪なんじゃないですか?」
「の、呪いだと!?あぃ、んっぐ」

 グレンは、指輪をしていない方の手で口を塞ぎつつも、バッとあらためて見た指輪。
 実は、グレンが指にはめてから、その指輪の石の中に、銀の砂のようなものが巡りはじめていた。

(ああ、うん。カールの言う通りだね。
 間違いなく、やばい指輪だわ、これ……)

「殿下、その指輪、外せますか?」
「んっぐ、んて」(ちょっと、待て)

 グレンは口をおさえていた手をはずして、指輪を指から抜こうとするが、これがなかなか抜けない。
 指輪を抜こうとする間もずっと、グレンは「愛している」を連発している。

「愛している。
 ぬぐぐ、抜けない!
 愛している。
 くそっ!とれろ!!
 愛している。ぐぐっ。愛している。
 どういうことだ!?愛している。愛している。
 やっぱり、呪いの指輪か!?愛している!」

 グレンのそんな様子を見ていた護衛のカールは、ため息をついた。

「すごいな~。ここまで愛のセリフを無価値にするとは……。
 聞き苦しいので、グレン殿下は、口塞いでおいてください。
 指輪を抜くの、俺もやってみましょう」
「あい、ん。んんむ」(ん、頼む)

 カールがグレンの手を掴み、ぐいぐい指輪をひっぱてみたが、指輪はとれなかった。

「あれ~?きついわけでもないのにな~」
「んぐー!んぐぐんんうー!」(痛ー!指がとれるー!)

 グレンのはめた指輪は、回そうと思えば、クルクルと指を回る位に、むしろゆるい指輪なのに、いざ抜こうとすると、接着剤でくっついているのかと思う位、グレンの指から抜けなかった。

「殿下~、これ、間違いなく、呪いで取れないっぽいですよ~。
 どうされます?
 あの店長の所に戻って、締め上げて聞いてみますか?」
「んん~、んうんんん……」
「は?わかりませんよ?」
「だから、ハリス魔導師長の所に行くぞ!あいし、んん」
「……ああ、そうですね。
 これじゃあ、しょうがないから、宮廷魔導師長さまのところに行きますか~。
 きっとすご~く怒られると思いますが~」

 嫌そうな顔をしながらカールは、グレンに自分で口を塞がせたまま、王宮で魔法関連の仕事をしている宮廷魔導師たちの長をしているハリスの元に、グレンを連れていくのであった。

 宮廷魔導師達の職場は、宮廷から外廊下で繋がった少し離れた別館のような建物があり、そこに長であるハリスもそこにいる。
 王宮からわざわざそこを訪ねたグレンとカール。
 ちなみに、グレンは道中、「愛している」を連発しそうだったので、布で口枷をされている。
 だから、グレンは今、「んん」「んぐー!」などしか話せない。
 すぐにハリスと面会できた二人は、口を塞がれたグレンの代わりにカールが説明しようとするが、ハリスは一目見てわかった。

「……また厄介ごとを持ってきましたね。
 グレン殿下はなぜ、そんな指輪を?
 こりゃまたひどい……」
「おお~!一目見てわかるのですか!?
 さすがハリス様~」
「んん」
「うるさいぞ、カール」
「いや、もう、ハリス様、聞いてくださいよ~。
 グレン殿下が、『愛している』を連発するんで、気色悪いのなんのって」
「んぐー!」

 ハリスに怒られながらも、カールは一通り、グレンが指輪をはめて抜けなくなった経緯をハリスに話した。
 グレンの指から抜けない指輪は、ハリスでも抜きとることができない固定魔法のようなものがかけられているようであった。

「これは、とれないように魔法で細工されておりますね……。
 しかも、指輪の中には何か封印をされているようですよ」
「封印ですか?」
「んうんん?」
「ええ。おそらくグレン殿下のその『愛している』が解除の言葉なのでしょう。
 強制的に言わせて、解除させようとしているのですよ。
 困りましたね……」
「あ、そういえば、指輪を見ていて気づいたのですが、グレン殿下が『愛している』というたびに、石の中に見える銀の渦がぐるっと一周していたのですが、それって、何か関係あります?」
「……うーむ、それはおそらく、カウントをしているのだろう」
「カウント?」
「?」
「そうです。グレン殿下が言う解除の言葉『愛している』をカウントしていて、ある一定の数値になったら、変化があるのかも知れない。
 たとえば、この指輪に封印された魔物が出現するとかね……」
「ええ~、魔物ぉ?」
「そう。魔物がグレン殿下を捕らえて、自分を解放させようと仕掛けたのでしょう」
「でも~、『愛している』の言葉で出てくるなら、魔物よりも俺は美女だと思うな~」
「んぐ、んぐ」

 そのカールの意見に大いに同意するグレン。
 口枷をされているため、グレンは、カールの「美女!美女!!出てこい美女、びーじょ!」という美女コールに合わせて、コクコク頷いてみる。

「あ~、でも、美少女でもいいですね~。
 熟れた美女も好きだけど、若い果実ともいえるデビュタント位の年齢の美少女でもいいですよね~」
「んん!」

 これまた、この意見も大いに頷くグレン。

 ゴンッ

 とうとう、ハリスに殴られるカール。

「いった~!殴ることないじゃないですか~」
「うるさい、馬鹿者!さっきから、魔物の可能性が高いと言っておるだろう!!
 こんな呪いレベルの魔道具に中に封印されているものが、何故、美女だと思えるのだ!?」
「ええ~、魔物ですか~?」
「んー?」
「そうだ。おそらく、グレン殿下と接触したことで目覚め、今まさに、この指輪から出んと欲しているんだろう……。
 口枷して止めたのは正解だったかも知れんな」
「ふーん。残念ですね~。
 美女がよかった……」
「まだ言うのか?危険だと言っておるだろう!?」
「それなら、ハリス様、さっさと呪いを解いてくださいよ~。
 さっきも、ここに来る途中に会ったグレン殿下の侍従のアルマンさんに、遊んでいるなら、すぐ戻ってくるように怒られました。
 グレン殿下のお仕事が山積みらしいので、一刻も早く~」
「んぐー」

 今度はさっさと解放しろコールをするカールに、苛立つハリス。

「そんな簡単にいくわけなかろう!?
 このかかっている魔法式は複雑かつ特殊なんだぞ。
 おそらく、数百年は前の古の魔法を使われており、これはグレース地方に発祥する古代遺跡の文字を使っていて……」
「ええ~。要は解除が難しいってことですか~?」
「……ああ。でも、ちょっと待てよ。
 殿下も、少々お待ちください」

 指輪の魔法式の色々な説明の後、じっと考えていたハリスは、何か思いついたように席を立ち、様々な魔道具が保管されている倉庫部屋に入って行った。
 しばらくして戻って来たハリスは大きめの手袋を持っていた。

「グレン殿下、これを指輪をしたまま、その手につけていただけますか?」
「わ~?何ですか、このでっかい手袋?」
「?」

 ハリスに言われるままにグレンがその手袋をはめてみた。

「!」
「どうです?一時的に解除されておりませんか?」

 カールにすぐに口枷をとってもらったグレンは、やっと普通に話せるようになっている。

「はあ~、あ~あ~、ふ、普通に話せる~!
 ハリス魔導師長、この手袋、呪い解除用の手袋か何かですか?」
「そうです。呪い解除というよりも、魔法を無効化する手袋です。
 これが効いて良かった。
 殿下はしばらく、それを身に着けておいてください。
 なるべく、その解呪の言葉は言わないようにお気を付けください」
「良かったですね~、グレン殿下。
 利き手じゃないので、書類仕事にも支障が出ませんね!
 早くアルマンさんのところに戻りましょう!!」
「そうだな。でも、これ入浴とかには邪魔そうだが……。外しても大丈夫ですか?」
「あ、入浴時もそのままにしておいてくださいね、殿下。
 こちらも、なるべく早く、その指輪のことをお調べいたしますので、それまで我慢なさってください」

 ハリスが指輪のことを調べてくれている間、グレンは魔法無効化の手袋をして暮らすことになった。
 グレンが手袋を外すと「愛している」の言葉を言わされることは、内緒にして、怪我で手袋を脱げないことに対外的にはしていた。
 しかし、裏切り者が約1名いた。

「グレーン!聞いたよ~」

 今日は書類仕事をしているグレンの執務室に、突然、入ってきたのは、この国の第2王子であるユベールであった。

「ユベール兄上、どうかなさいました?」
「その、手袋~。
 怪我したって聞いてたんだけど~」
「ええ、そうなのです。うっかり怪我してしまい……」
「いや~本当のことを知っているよ!
 謎の指輪をはめてしまって、呪われたんだってね~。
 カールから聞いたよ~」

(カール、貴様!?
 よりによって、ユベール兄上にばらすとは!)

「あ、兄上?これはですね……」

 必死でグレンが言い訳しつつも、逃走しようと身構えたが、ユベールは自分の私兵を連れて来ていた。

「おい、グレンを取り押さえろ!」

 ユベールの私兵が、瞬時にグレンの両肩と両腕を押さえた。

「ああ!何をする気ですか!?」
「もちろ~ん、手袋を取るんだよ~」
「や、やめてくださいー!」

 両腕を固定された状態で、手袋を取られたグレンは、当然、また強制的に指輪のせいで解除の言葉「愛している」を吐かされることになる。

「愛している。やめろー!
 手袋を返せ!愛している」
「うわ~!カールの言った通り、グレンってば、随分と素敵な呪いにかかっているんだね~。
 面白~い!
 カール、約束通り、特別報酬をだすよ!」
「ありがとうございます!」と満面の笑みのカール。
「カール、貴様!愛している。許さん!!
 愛している。私の護衛なら助けろ!愛している」

 グレンは、必死に両腕を自由にしようともがくが、私兵達は、グレンよりも体の厚みが2倍はあるような筋肉達磨なので、ビクともしない。

「ユベール兄上!愛している。
 こんなことは止めてください!!本当に、
 愛している。このまま言い続けるとまずいことに!愛している」
「やったー!何年ぶりだろう~グレンに好意を示してもらうのは~」
「愛している。何、おっしゃっているのですか?愛している」
「グレンは、私の初めての弟で、そりゃもう可愛かった。
 私にとても懐いて、『ゆべーるにーしゃま、だいしゅき~』とまるで天使のようだったのに~」

 ユべールは幼い頃のグレンを思い出し、ほうっとため息をついた。
 確かに、グレンは小さい頃から、このユベールに可愛がられていたが、正確には、いじめ可愛がりというか、玩具にされている傾向があった。

「ところが~、反抗期のせいかな?
 今や、すっかり可愛くなくなっちゃって、まぁ……。
 最近は、生意気な発言ばかりで、つまらなかったんだ。
 それが、この指輪のおかげで、グレンの面白いところが見れた~」
「愛している。やめんか~!!」

 ユベールが満足するまで、何回も「愛している」を言い続けさせられたグレンは、やっと魔法無効化の手袋を返してもらったが、ぐったりした。
 おまけに、あまりにグレンが良い声で「愛している」を連呼するから、グレンの両腕を抑えていた私兵の1人が、自分に言われたわけではないことがわかっていても、何だか照れたらしく、耳まで赤くなっていて目を逸らされたので、グレンも辛かった。

「カール、貴様、乳兄弟の私を裏切るとは……」
「やだな~、裏切ったわけではないですよ。
 第2王子から直々に、グレン殿下がその手袋をつけている本当の理由について、『教えないと解雇する』、『悪用しないから教えなさい』、『もし、その内容が面白かったら、特別報酬を出す』と言われて、どちらにするかなんて、決まっているでしょう?」
「解雇はさせないから、教えんな!」
「いや~、ユベール殿下にも愛されておりますね~」
「……にも?お前、まさか、他の兄弟や妹達にもばらしていないだろうな?」
「ふふふ、他は、俺ではないですよ~」
「おい!お前じゃなくて誰が……」

 バターン

「グレンお兄様!ユベールお兄様からお聞きしましたわよ!
 むやみやたらに愛を語る呪いを受けてしまったそうで、お身体とか大丈夫ですの?」

 勢いよくグレンの執務室に入ってきたのは、今度はグレンの妹で、この国の第3王女であるナタリーであった。
 もちろん、グレンを心配してきたナタリーであったが、主な目的はユベールと同じ、グレンに「愛している」と言ってもらうためである。
 ナタリーもユベールと同様に、自分の私兵にグレンを抑え込み、魔力無効化の手袋を取り去ってしまった。

「ぐっ、愛している。ナタリー、お前まで、愛している。
 いいから、手袋返せ!愛してる!」
「まあ~、素敵な呪いね!グレンお兄様に久しぶりに『愛している』なんて言われると、ときめきますわ~」
「ときめいている場合じゃないんだ、ナタリー!愛している」
「ですが、最近、グレンお兄様ったら、私に冷たいのですもの、少しくらい、良いでしょう?」

 ぶーっと文句をいうナタリーは、大変可愛らしくも美少女で、妹の中でも、特にグレンに懐いている。
 ナタリーの後にも、他の弟妹達も押しかけてきて、グレンは数えきれないほどの「愛している」を言わされることになった。ちなみに、グレンは上に兄2人、弟妹4人の7人兄弟である。
 嵐が去って、さらにぐったりして机に項垂れるグレンに、カールはご機嫌取りに、一口サイズの焼き菓子盛った皿をそっと机に置いた。

「まあまあ、兄弟仲がおよろしいということで、お菓子でも食べて機嫌直してくださいよ~」
「……カール、お前~。
 魔物の封印が解けたらどうするんだよ!?」
「え~、魔物じゃなくて、美女だと思いますよ~」
「……もういいから、下がれ」
「はい、いつも通り扉前で待機しておりますので、もし封印が解けて美女が出て来たら、すぐにお呼びくださいね!」
「……わかったから、下がれ!」

 カールを下がらせて、ため息をついたグレンは、実はそろそろ指輪の封印が解けるのではないかという予感がしてしょうがなかった。
 グレンは、まさかと思いつつも、手袋をそっと外して、指輪を眺めた。

「愛している」

 反射のように出てくる言葉に対して、指輪の石の中にある銀の渦がぐるっと回り、その渦の色が、初めて見た時よりも、色濃くなっているのが明らかにわかる。

「本当にそろそろ不味いんじゃないのか、これ?愛している」

 そうグレンがつぶやくと、その最後に言った「愛している」の言葉に反応したように、カチリとネジが型にはまったような音がした。
 
「しまった!ついに封印が解けたのか!?」

 カッ 

 その途端、指輪はまばゆい光を放ち、部屋中を白く染めた。
 輝く光の中で、小柄ながらも人型が薄っすらと見えた。
 魔物かも知れないという用心もしていたグレンであったが、人型であることで、期待をしてしまった。

(もし、君にまた出会えたら、また君に愛を伝えるか………)

 夢の中でも誓った言葉。
 もしまた会えたのなら、きっと一目で、あなたをまた愛するだろう。
 そんな予感もしていた。
 光の中から現れた人物は、はっきりとその姿が見えた。
 思っていたより小さかったその姿は、肌は透き通るように美しく、髪は銀色で、瞳は指輪の石と同じ深海を思わせるような青色をしていた。
 グレンの予想以上に、可愛くて可憐な姿をしており、理想とも言える女性像であった。


 そう、もしそれが、今よりも20年後の姿だったら……。


「なんで、幼女なんだーーーー!?」
しおりを挟む

処理中です...