縁結びオメガと不遇のアルファ

くま

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39.御屋敷

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「おじいちゃん。」
 弥生の呼び声に書類を見ていた老紳士は顔を上げ、柔和な笑顔を見せる。
 椅子から立つと年齢を感じさせないほどしゃっきり伸びた背は弥生より頭一つ高く、がっしりとした体つきはアルファ特有のものだ。

「弥生君、久しぶりだ。」
 手を広げて歓迎してくれる透谷ににっこり微笑み、近づく。
「お久しぶりです。」
「こちらに来ていると知っていたらすぐにでも会いに行ったんだが」
 申し訳なさそうにする透谷に「おじいちゃんも忙しいから仕方ないですよ。」そう言って、透谷の手を取った。
 そんな光景を無表情で佐藤は見ていたが、心の中では西園寺がいなくてよかったと胸をなで下ろす。
 たとえ年寄りだろうが、すでに伴侶もない透谷の手を取ったと言う光景だけであの男は独占欲丸出しで弥生を引き剥がしにかかっただろう。
 昨日の弥生の機転には感謝しかない。

 弥生の囮の申し出に正直手詰まりだった佐藤は救われていた。
 それに難色を示した西園寺の封じ込めにも弥生は頼み事をするという方法で動きを封じたのだ。
 今頃必死になって弥生から出された宿題に取り組んでいるだろう。

 しかし、この透谷はどうだろうか。弥生にぞっこんの西園寺ならともかく、議員として政界を渡り歩いていた狸じじいである。
 人との駆け引きとは無縁に生きてきた弥生がこの狸じじい相手に何処までやれるかと言うことは正直あまり期待していない。
 ここで、ご機嫌を取ってもらって取引自体は佐藤が引き継ぐようになるだろう。

 さあさあ、とテーブルに着く様に透谷が席をひき弥生を座らせるとすぐにティーセットが運ばれてきた。
「わあ、美味しそうですね。」
「約束してすぐに準備するように頼んだんだが、最低限のもので申し訳ない。」
「そんな、凄く素敵です。……すみません、急な連絡だったのに、時間を取ってもらって。」
「なになに、弥生君の頼みなら時間なんてすぐに開けられるさ。」

 ニコニコで紅茶を飲む姿は英国の紳士を思わせる。
 優しい表情は弥生と二人で会うときと変わらない。
「それで、はなしたい事というのは?」
「はい、おじいちゃん俺結婚したい人が出来たんです。」
 その場が凍った。
「おじいちゃん?」
「ああ、いやびっくりして、そのめでたいことだ。」
 いやいやいや、まって。ちょっとまって。
弥生さん、なに挑発するような事いってるんですか!?
佐藤はあやうく声に出そうになる言葉を唇にぐっと力を入れ耐えた

「はい、凄く素敵な方なんです。」
「そ、そうか、どんな人か聞いてもいいかな?」
 いや、あんた知ってるだろう。
結婚阻止で動いてる位だから細かい事まで承知済みだろう。
ドア付近に控えている佐藤の心のなかでの叫びに気づくことなく。
弥生は続ける。
「はい、アルファの男性で西園寺蒼紫という方なんです。」
 弥生さん直球過ぎます。
 その名前に透谷は悲しそうな表情を浮かべた。
「ああ、彼か。」
「ご存じですか?」
「彼は有名だからね。弥生君。」
 堅い声音に弥生はケーキを食べていたフォークを置き、姿勢を正した。
「はい。」
「彼はいけない。」
「?どうしてですか?」
 首をかしげる弥生に、透谷はあからさまにため息をついた。
「彼は女性関係が派手でね、婚約しては解消を繰り返しているんだよ。」
「ああ、婚約のことですか、話は聞いてます。」
 にっこり微笑む弥生に透谷は哀れむような視線を向けた。
「君は人がいいから騙されているんだよ、好きだと思わせ婚約後ひどい扱いを受けて次が見つかれば捨てられる、弥生君にはそんな悲惨な体験はしてほしくないんだ。」
 事実を織り交ぜて息をするように嘘をつく透谷に弥生が怒り出したときに止められるように、佐藤は少し近くによろうとした。
 ここで、弥生が怒り出せば透谷の思うつぼだ。
 ここぞとばかりにこの屋敷に留める理由をつけて佐藤さえ追い出しにかかるだろう。

 ただ、透谷も佐藤も予想していなかった弥生の反応に戸惑うことになる。
「おじいちゃんは彼のこと詳しいの?」
「人から聞いた話だがね。」
「あったことあるの?」
「弥生君?」
 ニコニコして紅茶に手をつける弥生を前に透谷も違和感を感じたらしい。
 これは、昨日から佐藤も感じていることだ、強く出られればすぐに折れていた弥生が、その気配がない。
 いつもなら、透谷に言われたことを鵜呑みにして諦める様子をみせただろうが、それがない。
「おじいちゃんにも会ってほしいな。」
「弥生君、聞いていたかい?彼は」
「うん、ちゃんと聞いてるよ、その上であってほしいなって思ってる。」
 透谷が息をのむのがわかる。
「おじいちゃん、彼が世間でどう言われてるかわからないけど、俺には彼しかいないって思ったし、その事はきっと今後変わることはないかな。」
「弥生君、今は初めての恋に浮かれているだけだ、冷静になれば。」
「いやだなぁ、おじいちゃん、恋って浮かれるものだよ。」
「弥生君。」
「恋っていいね。凄く温かい気持ちになる。」
 弥生はカップを置く。
「そして、凄く不安になる。」
 まずい、将来の不安は透谷の望む言葉だ。
 佐藤の予感とおりに透谷はそこを切り込んでいこうとする。
「不安になるならやめなさい。」
「不安だけど幸せなんだ。」
「錯覚だ、弥生君。」

「知ってる?おじいちゃん、俺もう30超えたよ。」
 悲しそうにする弥生にどう声をかけようか、透谷が悩んでる内に言葉を重ねる。
「この歳になって恋を経験するとは思わなかったよ。恋っていいね。俺は恋が出来て幸せだよ。」
「そんな悲しい恋はやめなさい。」
「おじいちゃんは、悲しい恋を諦められた?」
 佐藤にとっては初耳だ。
 目の前の男はまさに順風満帆の人生のはずだ。”悲恋”の話などまったく聞いたことがない。
 言葉の出ない透谷に弥生は続ける。
「彼にね、新しい人が出来てもいいんだ。俺は彼に家族をあげることが出来ないから、それでも出会ってからの思い出はずっと残るよ。。」
 透谷はその言葉に息をのむ。
 弥生が、自分の運命の可能性に該当するであろう人間のマッチングを故意に組まれなかったことをもう知っている。

「そのこと自体はいいんだ、国の方針に俺の人生は関係ないしね。それでも俺は蒼紫に出会えて恋をした。」
 奇跡だと思わない?という弥生はまぶしいほどの笑顔だった。
「何をしてほしい?」
 弥生に透谷が折れた瞬間だった。
 あまりの予想外の事に佐藤は固まった。
 普通に会話をしていただけだった。
 特にこうしてほしいと訴える事もなく。

「蒼紫に会ってくれる?」
「ああ、わかった。」
「それと、」
 続く要求に透谷の手が膝の上で硬く握られたのが見えた。
 絶縁を申し出られる覚悟なのだろう。
「これからも、俺と会ってくれる?」
 驚きに目を見張り安堵のあまり、老獪なこの男の表情が崩れるのを、佐藤は驚きの中で見ていた。
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