特オタ、推しで無双するってよ

lark

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特オタ、異世界へ行く

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子供の頃、何にでもなれると信じて疑わなかったあの頃。
皆がヒーローに憧れ、変身ポーズや技を真似していた。
だけど年齢を重ねるごとに皆空想から卒業して現実と向き合い、社会の一員として立派に人生を送っている。
ーそう、俺以外は。
「おい三条!なんだこの書類、寝ながら作ったのか?」
「いえ、新田課長に言われたようにデータを入れましたし、それに...」
「あぁ!?俺がいつそんなこと言ったよ!?とにかくこれ今すぐ仕上げろ!できるまで帰るんじゃねぇぞ!」
三条、と呼ばれた男の言葉を遮り新田が怒鳴り散らす。時刻はまもなく16時を過ぎようとした頃だった。

課長の説教が終わり、俺はようやく席についた。
「お疲れ様、大変だったね」
そう言って隣の席の九里さんが優しく微笑みつつチョコレートを一つ渡してくる。
同期入社のよしみか、彼女はいつも俺を気にかけてくれる。
お礼を言いつつ課長に言われた仕事に取り掛かる。さて、終電までに帰れるといいな...
「よーし、ようやく終わった」
時計を見ると22時を指していた。
うん、今日は早い方だな。
無人となりほぼ電気の消えたフロアを見まわし、帰宅の準備を急ぐ。
あのあと課長は定時で帰宅したためその分の仕事を押し付けられた。
「今日も夕食はカップ麺だな...」
電気を消し、真っ暗となったオフィスから早足で退出する。
「2,000円飲み放題、どうですか?」
駅へ向かう道中では客引きが誰彼構わず声をかけていた。
いや、正確に言うと俺以外誰彼構わずだ。死んだ目をした俺には目もくれず道を行ったり来たりしている。
そんな彼を横目に見つつ駅へ向かった。
「どうしてこんな事になったんだろうな」
電車に揺られながらふと窓に映った自分の顔を見て、無意識に言葉が出る。
数年前までは、課の雰囲気も和気あいあいとしており定時で帰れないことなどほとんどなかった。
しかし以前の課長が病に倒れ退職し、新しく赴任してきた現在の課長、新田によって課内の雰囲気は最悪と言って良いものとなっていた。
赴任早々自分ルールを押し付け、責任転嫁やミスの隠蔽を繰り返す。
そして1人をターゲットにした集中攻撃。この数年で辞めて行った人間は両手の指では数えきれない。そして次のターゲットは俺...
「辞めたいなぁ」
そう呟いた直後、電車が駅に到着した。
いつもの帰り道を急ぎ、自宅に到着する。
こんな時は趣味で発散するに限る。
着替えもそこそこにカップ麺にお湯を注ぎ、テレビをつけサブスクにログインし、動画を再生する。
「ブルーな気分の時はこれだよな」
画面の中では、ヒーローが悪役と戦い、華麗な必殺技でトドメを刺していた。
俺、三条レオは小さい頃からヒーローに憧れていた。近所でヒーローショーがあれば親にお願いして連れて行ってもらい、将来はヒーローになれると信じて疑わない時期があった。
その思いは小学生になり皆が特撮を子供が見るものだ、空想の出来事だと卒業してからも続いていた。
本物のヒーローになるためベルトや武器、変身アイテムを多くない小遣いで買い漁った。
そんな俺を皆が幼稚だなんだとバカにしたが周りになんと言われようが自分の好きを貫いた。
成人してからも気持ちは変わることはなく、むしろ経済力が増えた分通販限定の商品なども購入するようになっていた。
動画を見つつ着替えを済ませ、麺をすする。
現在放送中の最新話、しかも強化フォーム登場回だ。
もちろんアイテムは通販で購入済みだ。しかしタイミングが合わず受け取れていない。
「やっぱり宅配ボックス買うべきかな」
特撮玩具とそのダンボールに囲まれた部屋を見渡し、そう呟くと俺はベットに入った。
あぁ、明日、いや日付が変わったから今日か。今日もあの課長に会うと考えるだけで憂鬱だ。
いっそ特撮の世界で暮らせれば良いのに。
そんなあり得ない妄想をしつつ眠りに落ちた。
翌朝、目を覚ましてカーテンを開ける。
「...ん?なんか暗いな」
スマホの時計を見ると7時であったため、太陽は昇っているはずだが...
念の為傘を持って行くか。そんなことを考えつつ朝食を食べながらスマホで最新の情報を入手しようとする、が
「え?圏外になってるじゃん...通信障害かな...ってWi-Fiも切れてる?」
もちろん利用料金はしっかり毎月支払っている。通信会社に電話したいがそもそも圏外なので連絡手段がない。
繋がらないものは仕方がない。会社に行って空いた時間に電話してみるか...
スーツに着替えため息をつきながらドアを開ける。

ーそこに広がっていたのは、草木がうっそうと生い茂るジャングルだった。
「...は?」
間の抜けた声を出して辺りを見渡す。
周囲の家やコンビニなどが消えており、俺の一室だけがジャングルの中にある...?
「いや待て待て、これは夢だ」
リアルな夢を見ているに違いない。そう思い一度ドアを閉め再度開ける。
しかし景色は変わることなく、ジャングルのままであった。
「えー.......会社どうしよう」
こんな状況でも仕事のことを考えてしまう自分に嫌気を覚えつつ辺りの探索を開始する。
図鑑でしか見たことのないような草木が部屋の周囲を避けるように生えている。
ドッキリとかの類ではないだろう。俺にそんな事をしてくるような友人はいないし、何より気付かれずに部屋のものを運び出しここまで連れてくることなど不可能だ。
「!そうだ!ベルトとか大丈夫かな」
駆け足で部屋に戻り、確認する。
無くなっているものはなく、完璧な状態だった。
俺は再度部屋を出ようとして、立ち止まり近くにあった剣を手に取った。
1番好きな作品の主役が使用していた剣の実寸大のものだ。
サイズもさることながら、かなりの重量があるため護身用に使えるだろう。金額がアレなのでできれば使いたくはないが...
腰につけるホルダーと共に現状を把握するため外へ出る。
さて、どうするか。ひとまず人間を探す事にしよう。現状把握にはそれが1番だ。
しばらく歩いていると、後ろから足音が聞こえた。
よかった、人がいた。そう思い立ち止まり振り返る。
その瞬間、強い衝撃を受け地面に倒れる。
視界は赤く染まり、口の中は鉄と草が混じった最悪の味がする。
「#%${€+[|?」
謎の言語が聞こえ、角の生えた緑の巨体がこちらを覗き込み、ニヤッと笑う。
言葉はわからないが、俺のことを殴ったのはこの化け物だろう。
立ちあがろうとするが、足に力が入らない。なんとか持って来た剣を振り足に当てるがびくともしない。
その行為が癪に触ったのか化け物は叫び声を上げながらこちらを睨み、肩あたりを蹴り飛ばす。「うぐぁあああ!?」骨が軋む音がし、左腕は曲がってはいけない方向を向いている。
動ける右手で這って逃げようとするが、そんな悠長なことを許してくれるはずもなく足を掴まれ持ち上げられる。おいおい、細いとはいえ成人男性だぞ...それを軽々しく持ち上げやがって...
足を掴む手にさらに力が入り、地面に叩きつけられる。仰向けに倒れ、もはや寝返りを打つ力さえない。
大声を出して助けを呼ぼうにも痛みに邪魔され出たのは吐息のみだった。
化け物に視線をやると、持っていた棍棒を振り上げ、確実なトドメを刺そうとしているのが目に入る。
あれを回避することは今の俺には不可能だと言うことは体が1番わかっている。
あぁ...俺の人生ここで終わりか...
まだあの限定ベルトで遊んでないし、この前買った強化アイテムも触れてないし...後悔の念が次から次へと押し寄せてくるが、何よりこれから先のヒーローをこの目で見てみたかった、というものが1番大きかった。ちくしょう、殺すなら殺せ。そんでせめて美味しく食べてくれ。骨は武器にでも加工してくれ...
半ば覚悟を決め目をつぶる。
『戦え...戦え...』
うるせーよ、こっちはそれどころじゃないんだわ、今際の際なんだが
脳内に響く声に悪態をつく。
『その剣は飾りか』
飾りだよ、悪かったな。最推しであるこいつの近くで死ねるならまぁ良いか...
そうだ、最後に握らせてくれ...
そう思いつつ僅かに動く右手で剣を握ると、青い光を放ち眩しさに思わず薄目を開ける。化け物も光に怯んだようで少し後退する。
「...そうか...俺と、一緒に戦ってくれ!」
剣に向かって呟き、杖代わりにしつつ痛む体を無理やり起こし立ち上がる。アドレナリンだかエンドルフィンだかの力で、若干痛みが和らいでいる。さっきまで動けないと思っていたが、これが火事場の馬鹿力ってやつか...
再度こちらへ突進してくる化け物に対し、剣を軽く横に薙ぎ払う。
すると剣は纏った光を放出し、周囲の木や草、果ては化け物の体が真っ二つに切断される。
「すっげぇ威力だ...さすが最推しのひとつってとこか...」
敵は倒したが次また襲われれば命の保障はないだろう。安全な場所までいかなければならない。目の前にはなぜか離れていたはずの自身の部屋の扉が見えた。痛む体に鞭を打ち、
ふらふらと自身の部屋のドアを開け、玄関に倒れ込む。
命の危機から辛うじて逃げ出した体は再び痛みを警告し、これが現実であることを物語っていた。痛みに耐えられなかったのか、気がつくと意識を失っていた。
「...あれが次代の救世主、ですか」
木の影から姿を現した女性は呟き、ローブを被るとその場を後にする。
これは、1人の男が異世界で理想のヒーローを目指すために戦う物語、かもしれない
次回予告
「電波ないってことは見れないじゃん!続きが!!」
『私は神、知りたいこと教えてあげる』
「このならお前を倒せる!」
「あなたのような者を待っていました」
「...面白い」
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