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第13章 社会見学実習
73 不穏な空気
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共用棟に入り、掲示板が見える辺りまで来たところで、カタリナがこちらを振り返った。
どうやら私の存在に気付いていたらしい。
足音で気付いたのだろうか。
それとも偵察魔法で、背後や周囲に注意を払っていたのだろうか。
「これから?」
やはり翻訳調ではなく、ある程度は自分で考えて話している感じだ。
私はそこまで出来ないので、知識魔法を補助に使って返答する。
「うん、そろそろ行こうと思って。カタリナも?」
「そう。一緒に行く?」
カタリナと2人きりなのは、自然観察実習で朝食を食べた時以来だ。
話をしながら行くのも悪くないと思う。
「そうだね。公設市場に直行でいい?」
「私もそのつもり。だからそれで」
カタリナが歩き出したので、私はその横につく。
「時間が中途半端だから、言語Ⅱを1単位時間進めた。同じことを考える生徒はそれなりにいると予想していたけれど、少なそう」
どうやらカタリナも、私と同じように予定を組んでいたらしい。
そして確かに、寮にも施設にも他の生徒の気配は感じられなかった。
全員とは言えないにしろ、大多数の生徒は外出優先で、さっさと出て行ったようだ。
「私も。言語は1日1単位が目安みたいだから、進めておかないと不安で」
「わかる」
学習については、私とカタリナの考え方は似ているようだ。
いや、行動パターンも案外似ているのかもしれない。
例えば集団でいるのが面倒で、さっさと抜け出すところとか。
「遠隔地見学系の特別授業を考えると、9月までに語学と魔法は終わらせたい。その分学習を早めに進める必要がある」
これも似たようなことを考えている模様。
「確かに。ヒラリアやナルニーアレへの見学が1週間ずつあるよね。恐竜狩りとかは受けないにしても」
「地球での留学なら一般には語学で選抜。惑星オーフには外国語は存在しない。しかし私達にとってはオーフ共通語そのものが外国語みたいなもの。選抜手段として、言語の履修状況が重視されるのは自然」
うんうん、その辺も同意だ。
さらに付け加えると――
「あと、ここみたいな施設ってきっとポアノン以外にもあるよね。国外見学は結構倍率が高くなりそう」
「おそらく。準備出来ることは出来る限り早く済ませたい」
納得出来るというか、私の考えと同じだな。
そう思いながら外へ出て、門の方へ向かう。
◇◇◇
施設から公設市場への最短ルートは、ニトレ大通りを真っ直ぐ北へ進み、官庁街を突っ切る道だ。
このルートは何度も通っているので、だいたいの様子は把握しているつもりだった。
だが今日は、何か微妙におかしい。
空気がピリピリしている気がする。
「何かあった様」
カタリナの言葉通りだ。
よく見ると、明らかにいつもと違う点がある。
「庁舎の入口に立っている警備員、いつもより多くない?」
普段は入口に1人いるかどうかという感じだった。
だが今日は入口や門に2人ずつ配置されている。
『その通りです。本日から住民調査が始まるため、警戒態勢が強化されています』
カタリナではなく、知識魔法が返答してきた。
住民調査? 何だろう、それ。
『住民調査とは、国民の義務履行を確認するために国と地方公共団体が行う調査です。教育・勤労・納税という国民の義務が正しく果たされているかを確認するため、届け出通りの住所に居住しているか、労働等により生活資金を十分に賄えているか、義務教育期間中なのに教育を受けていない子供がいないかを随時確認します』
それは毎年、住民全員に行うものなのだろうか。
『住民台帳や税金納入状況、商会等の提出書類から把握されていない住民がいると判断された場所を中心に、抜き打ちで実施します』
検査で不具合があった場合は、どうなるのだろう。
『単に住民届が出ていないだけなら、罰金と正規の届け出で済みます。ですが多くの場合、税金の未納や、貯蓄も無いのに労働義務を怠っている状況です。その場合は裁判所の審判を経て国営強制労働施設に送られ、強制的に労務に従事させられます。さらに態様が悪い者や他の犯罪を犯している者は、刑務労働所送りとなります』
あの港近く、対岸に見えた施設か。
働かない貧しい者を送るという点では、イギリスの救貧法にあった懲治院に似ている。
そもそも『労働義務を怠った者を強制労働施設へ送る』なんて発想そのものが、かつてイギリスにあった救貧法的だ。
なお救貧法は第二次世界大戦後、ベヴァリッジ報告書を経て「ゆりかごから墓場まで」へと改正された。
その後、英国病の影響で福祉費用が財政を圧迫するようになったんだったか。
教科書の副読本やWikipediaで読んだ程度の知識だから、確かではないけれど。
ともあれ、事情は理解した。
「強制の住民調査があったせいみたいだね」
「今回の実習に危険は……対策済みの模様」
カタリナも知識魔法を使っているらしい。
なら私も、対策の中身を確認しておこう。
まずはなぜ警備が必要で、カタリナが危険と感じたのかから。
『住民調査でひっかかるのは、収入の低い者がほとんどです。そして、そういった層に対し『給与が少ないのは移民のせい』と分断を図る勢力が存在します。扇動の結果、『住民調査は移民のせい』と短絡的に思考した一部が、暴発的行動に出る可能性があります』
確かに、移民が入れば労働力が増え、給与は下がる。
需要と供給の関係だから、あながち間違ってはいない。
さらに生活習慣が違う人々が増えれば、トラブルも増えるだろう。
質の悪い移民であれば、犯罪増加の原因にもなる。
加えて、移民受け入れに税金を使うことへの反発もある。
『その分は既存住民の福祉に回せ』という理屈だ。
かつて私が住んでいた県でも、同じような問題が起きていた。
今の私は、移民という立場なのだけれど。
『ペルリアをはじめとする惑星オース各国は、慢性的な人口減少に直面しています。生活インフラを含む水準の急激な低下を防ぐためには、継続的な移民流入か、出産数の増加しかありません』
だが、出産数を増やすのは現実には難しい。
日本でも全然上手くいっていなかったし。
どうやら私の存在に気付いていたらしい。
足音で気付いたのだろうか。
それとも偵察魔法で、背後や周囲に注意を払っていたのだろうか。
「これから?」
やはり翻訳調ではなく、ある程度は自分で考えて話している感じだ。
私はそこまで出来ないので、知識魔法を補助に使って返答する。
「うん、そろそろ行こうと思って。カタリナも?」
「そう。一緒に行く?」
カタリナと2人きりなのは、自然観察実習で朝食を食べた時以来だ。
話をしながら行くのも悪くないと思う。
「そうだね。公設市場に直行でいい?」
「私もそのつもり。だからそれで」
カタリナが歩き出したので、私はその横につく。
「時間が中途半端だから、言語Ⅱを1単位時間進めた。同じことを考える生徒はそれなりにいると予想していたけれど、少なそう」
どうやらカタリナも、私と同じように予定を組んでいたらしい。
そして確かに、寮にも施設にも他の生徒の気配は感じられなかった。
全員とは言えないにしろ、大多数の生徒は外出優先で、さっさと出て行ったようだ。
「私も。言語は1日1単位が目安みたいだから、進めておかないと不安で」
「わかる」
学習については、私とカタリナの考え方は似ているようだ。
いや、行動パターンも案外似ているのかもしれない。
例えば集団でいるのが面倒で、さっさと抜け出すところとか。
「遠隔地見学系の特別授業を考えると、9月までに語学と魔法は終わらせたい。その分学習を早めに進める必要がある」
これも似たようなことを考えている模様。
「確かに。ヒラリアやナルニーアレへの見学が1週間ずつあるよね。恐竜狩りとかは受けないにしても」
「地球での留学なら一般には語学で選抜。惑星オーフには外国語は存在しない。しかし私達にとってはオーフ共通語そのものが外国語みたいなもの。選抜手段として、言語の履修状況が重視されるのは自然」
うんうん、その辺も同意だ。
さらに付け加えると――
「あと、ここみたいな施設ってきっとポアノン以外にもあるよね。国外見学は結構倍率が高くなりそう」
「おそらく。準備出来ることは出来る限り早く済ませたい」
納得出来るというか、私の考えと同じだな。
そう思いながら外へ出て、門の方へ向かう。
◇◇◇
施設から公設市場への最短ルートは、ニトレ大通りを真っ直ぐ北へ進み、官庁街を突っ切る道だ。
このルートは何度も通っているので、だいたいの様子は把握しているつもりだった。
だが今日は、何か微妙におかしい。
空気がピリピリしている気がする。
「何かあった様」
カタリナの言葉通りだ。
よく見ると、明らかにいつもと違う点がある。
「庁舎の入口に立っている警備員、いつもより多くない?」
普段は入口に1人いるかどうかという感じだった。
だが今日は入口や門に2人ずつ配置されている。
『その通りです。本日から住民調査が始まるため、警戒態勢が強化されています』
カタリナではなく、知識魔法が返答してきた。
住民調査? 何だろう、それ。
『住民調査とは、国民の義務履行を確認するために国と地方公共団体が行う調査です。教育・勤労・納税という国民の義務が正しく果たされているかを確認するため、届け出通りの住所に居住しているか、労働等により生活資金を十分に賄えているか、義務教育期間中なのに教育を受けていない子供がいないかを随時確認します』
それは毎年、住民全員に行うものなのだろうか。
『住民台帳や税金納入状況、商会等の提出書類から把握されていない住民がいると判断された場所を中心に、抜き打ちで実施します』
検査で不具合があった場合は、どうなるのだろう。
『単に住民届が出ていないだけなら、罰金と正規の届け出で済みます。ですが多くの場合、税金の未納や、貯蓄も無いのに労働義務を怠っている状況です。その場合は裁判所の審判を経て国営強制労働施設に送られ、強制的に労務に従事させられます。さらに態様が悪い者や他の犯罪を犯している者は、刑務労働所送りとなります』
あの港近く、対岸に見えた施設か。
働かない貧しい者を送るという点では、イギリスの救貧法にあった懲治院に似ている。
そもそも『労働義務を怠った者を強制労働施設へ送る』なんて発想そのものが、かつてイギリスにあった救貧法的だ。
なお救貧法は第二次世界大戦後、ベヴァリッジ報告書を経て「ゆりかごから墓場まで」へと改正された。
その後、英国病の影響で福祉費用が財政を圧迫するようになったんだったか。
教科書の副読本やWikipediaで読んだ程度の知識だから、確かではないけれど。
ともあれ、事情は理解した。
「強制の住民調査があったせいみたいだね」
「今回の実習に危険は……対策済みの模様」
カタリナも知識魔法を使っているらしい。
なら私も、対策の中身を確認しておこう。
まずはなぜ警備が必要で、カタリナが危険と感じたのかから。
『住民調査でひっかかるのは、収入の低い者がほとんどです。そして、そういった層に対し『給与が少ないのは移民のせい』と分断を図る勢力が存在します。扇動の結果、『住民調査は移民のせい』と短絡的に思考した一部が、暴発的行動に出る可能性があります』
確かに、移民が入れば労働力が増え、給与は下がる。
需要と供給の関係だから、あながち間違ってはいない。
さらに生活習慣が違う人々が増えれば、トラブルも増えるだろう。
質の悪い移民であれば、犯罪増加の原因にもなる。
加えて、移民受け入れに税金を使うことへの反発もある。
『その分は既存住民の福祉に回せ』という理屈だ。
かつて私が住んでいた県でも、同じような問題が起きていた。
今の私は、移民という立場なのだけれど。
『ペルリアをはじめとする惑星オース各国は、慢性的な人口減少に直面しています。生活インフラを含む水準の急激な低下を防ぐためには、継続的な移民流入か、出産数の増加しかありません』
だが、出産数を増やすのは現実には難しい。
日本でも全然上手くいっていなかったし。
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