月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第2章 はじめての異世界街歩き

16 買い物と私の作戦

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 本当は今日は、朝食と昼食しかお金を使うつもりはなかった。
 出来れば服を買うために貯金しておこうと思ったからだ。

 強いて言えば、食べ物を入れる容器が安ければ買おうと思っていた。
 そうすれば、配給の食事を大盛りにして、余った分を取っておけると思ったのだ。
 魔法で収納した分は、腐ったり傷んだりしない。
 だから食べ物をストックしておくと、役に立つ時があるかなと。

 しかしそんな予定は、スイーツ確保という欲望の前に吹っ飛んだ。
 公設市場内を回って、美味しそうなスイーツを探す。

 ただスイーツ、結構お高い。
 公設市場のパン・加工品コーナーで多かったスイーツは、フルーツケーキやクッキー、クリームサンドといったたぐい。

 フルーツケーキとは、ドライフルーツらしきものが入ったパウンドケーキっぽいもので、1個で200Cカルクフを超える。
 クリームサンドは、クッキーにクリームを挟んだお菓子。4個で100Cカルクフ
 クッキー各種も10枚で100Cカルクフが相場だ。


 一方で私の所持金は175Cカルクフ
 フルーツケーキは買えないし、クッキーやクリームサンドでは量が少なすぎる気がする。
 それに私はこの金額の中で、昼食も購入しなければならないのだ。
 通帳の残り50Cカルクフを下ろしてきた方がいいだろうか。

 この世界ではスイーツは高い気がする。
 でも日本でも、スーパーで売っている量産品ではない、洋菓子屋さんが作る奴は高かった。
 ならこれは妥当な値段なのだろう。
 そんな事を思いつつ、私は公設市場の食料品区画を探しまわる。

 探してみて気がついた。
 ここの公設市場、食品そのものは決して高くない。
 小麦粉もチーズっぽいものも、クリームっぽいものも砂糖も卵も、そこそこ安く買える。
 スイーツと比べるとずっと安い。

 なら材料を購入して、作ってしまうというのはどうだろう。
 オーブンはないけれど、魔法で加熱は可能。
 なら器と泡立て器とスプーンがあれば、他のキッチン用具なしでも何とかなるのではないだろうか。

 私は料理が得意という程ではない。
 でも両親が共働きだったので、ある程度は作れる。
 お菓子類もクッキーやプリン、パンプディング、チーズケーキくらいなら作れる自信がある。
 スポンジケーキは自信がないけれど。作るより買った方が早くて安かったから。

 うん、ここは材料と器とスプーンを購入して、自分で作った方がいい気がしてきた。
 少なくともその方が、たくさん食べられる。
 失敗して0という可能性は否定できないけれど。

 ◇◇◇

 昼食としては、タンパーを買った。
 日本の食パン1斤くらいの量が15Cカルクフと、かなりお安い。

 更にチーズケーキやパンプディングを作るのに良さそうな、深さがある小鉢、1個30Cカルクフを2個購入。
 素焼きの器に入った牛乳4リットル40Cカルクフ、防水っぽい紙袋に入った砂糖500gが30Cカルクフ、箱入りの卵10個30Cカルクフを購入。

 朝食で食べたパンケーキ代を含め、これで下ろした250Cカルクフを使い切った。

 スプーンや泡立て器は買えていない。
 しかし何とかする方法は考えてある。

 買物が終わったので、公設市場からまっすぐ寮を目指す。
 行きは海まで大回りしたし、あれこれ見ながらだから1時間近くかかった。
 しかし真っ直ぐ歩けば10分かからない。

 施設に到着。時間はまだ11時50分と早めだけれど、指示があったとおりまっすぐ共用棟2階の学習相談室へ。
 ノックして入ると、今朝指示を行ったナラハ指導員がいた。
 なのでそのまま指導員のデスクの前へと行って、申告する。

「アラカ、課題を終えて帰ってきました」

「お疲れさまでした。課題は……3点とも満たしていますね。それでは今回の実習を終了したと認めます。あとは夕食の配給まで、自由に過ごして下さい」

 昼食がパン1斤でも問題ないようだ。
 あのパンを全部、昼食として食べるつもりはないけれど。 
 
「わかりました。それでは失礼します」

 一礼して部屋を出て、階段を降りて1階へ。
 それでは自室に戻って、昼食を兼ねて作業をするとしよう。

 特に邪魔者に会うことはなく、自室へと到着。
 さっと服を着替えて、窓を開けて風を通した後、昼食並びにおやつの準備を開始する。

 まずはパンを、魔法で切断。
 日常で使える魔法は大分覚えたから、この程度の作業では包丁やナイフは必要ない。
 切断面をしっかり意識して加工魔法をかければ、パンくらいはあっさり切れる。

 そうやって切ったパンの1枚に、買ってきた砂糖をパラパラっと振って、パンの表面と振った砂糖を意識して熱操作魔法。
 本当はバターと砂糖を混ぜて焼くのだけれど、今日の予算ではバターまでは購入出来なかった。
 だからちょい甘いトーストで、今日の昼食は我慢だ。

 さて、次はデザートの製作。
 今回作るのはパンプディング。日本にいる頃、余った食パンで時々作った料理だ。

 パンを日本の8枚切りくらいの厚さで切って、切った薄めのパンを手で千切りまくる。
 あ、でもその前に、卵液を作っておいた方が良かったかな。
 小鉢に砂糖と卵、牛乳を入れ、水流魔法で混ぜ混ぜ。
 魔法があれば混ぜるのは簡単。泡立て器より簡単に混ざる。

 この液体に先程千切ったパンを投入。
 整頓して全部卵液に漬かる状態より、ある程度上にはみ出した方があとで食感がいいので、そこは留意。

 さて、本来ならここでパンを押さえ、ある程度時間をかけてパンに卵液を染みこませるところだ。
 しかしこの世界には魔法がある。
 名前と効果を覚えるだけである程度使える、安直で便利な魔法が。
 
 器の口部分を、手のひらで覆うようにして塞ぐ。
 中の空気が密封されるように、でも一箇所だけ空気が通るように意識して。

 そして器の中から、空気が通る隙間部分を通って、外へと空気が出るよう意識しつつ、風魔法を起動。

 風とは『空気が流れ動く現象』だ。つまり風魔法とは、空気を流れ動かす魔法。
 だから他に出口がない容器で、唯一の出口から風魔法で強制的に空気を流動かしたら、中の圧力が下がるのではないか。
 
 そう思いつつ風魔法をかけていくと、確かに中の空気が薄くなった気がした。
 具体的には、手のひらの肉が内部へ引っ張られる感覚。

 これでパンから空気が結構抜けるだろう。
 そして圧力を戻せば、空気が抜けた分、卵液がパンにしみこんでくれる筈だ。
 そう考えたのだけれど、成功するだろうか。

 魔法を解除して圧力を戻し、手のひらをどけてパンを見てみる。
 うんうん、予想通りかなり卵液を吸ったようだ。
 卵液の水位? が減っている。

 それでは最後、加熱!
 家でパンプディングを作るときは、オーブンで220℃20分だった。
 今回はどうだろう。熱操作魔法を起動して加熱開始。
 いきなり液体の温度を上げると爆発する危険があるので、ゆっくり温度を上昇させる。

 見た目の質感が変わった。この方法なら、思った以上に簡単に固まるようだ。
 なら仕上げ。上の表面だけ、更に高温にして焦げ目を入れて。

 うん、見た目的には完成した。日本時代とそう遜色ないパンプディングが。
 味は食べてみないとわからないけれど。

 とりあえず冷やして、夕食に備えよう。
 スプーンがないから、食べるのは夕食の箱を持ってきて、夕食用のスプーンを使えるようになってから。

 昨日の夕食用の箱は、次の朝食で食堂に寄らない事がわかっていたから、昨晩中に返してしまった。
 だからスプーンを使えるのは、夕食を取ってきた後。
 ちょっと待ち遠しいけれど、それまでは我慢だ。
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