月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第2章 はじめての異世界街歩き

17 面倒の収拾

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 さて、昼食を食べたしおやつの仕込みもした。それでは本日も、課題を進めるとしよう。

 タブレットを出して電源を入れる。
 新しい伝言が入っていた。

『『ペルリア共和国・生活実習』履修が完了しました。この科目は3分の1単位として換算され、他の特別科目を2科目履修した時点で、あわせて1単位として計上されます。
 なお科目終了に伴い、評定表へのアクセスが解禁されます。ここには履修完了した科目の評定や到達度確認試験の点数等が表示されます。学習計画の参考にして下さい』

 早速評定表を見てみる。
 記載があるのは特別科目の『ペルリア共和国・生活実習』だけだ。
 科目履修が終了したり、到達度確認試験を受けたりすると、記載が増えていくのだろう。

 ついでに履修状況一覧の方も見てみる。
 こちらは履修終了科目、履修中の科目、履修可能な科目全てが表示されていて、1コマでも履修したものは現在終了した単位時間数と、到達度確認試験の点数が出ている。
 こちらでも『ペルリア共和国・生活実習』は履修完了となっていた。

 さて、それでは改めて、今日の分の課題にとりかかろう。
 履修状況を見ると、自然科学がまだ3コマしか履修していない。
 なら今は、自然科学をやるとしよう。
 私はタブレットをポチポチ操作する。

 ◇◇◇

 自然科学の4コマ目の途中で、やっぱりと思った。
『理解の為のおまけ~地球で教育をうけた方向けの解説』という部分を読んだところ、こんな事が書かれていたのだ。
 
『惑星オーフの動植物は、地球における中生代とほぼ同程度の動植物相です。多少の前後はありますが、概ね前期白亜紀程度と思っていいでしょう。植物はシダ類及び裸子植物が大部分ですが、被子植物も出現し、少しずつ発達しています。
 また陸上の動物は爬虫類が圧倒的に多く、哺乳類はごく原始的なものが少数発生しているだけとなっています』

 なるほど。
 防風林がシダなのも、野菜がシダや裸子植物なのも、日本でメジャーなイネ科の雑草がまったくない事も、これで納得出来た。
 肉が恐竜なのも、時代背景を考えれば納得だ。

 しかし過去の地球と同じような進化をしているのかは、微妙に気になる。
 別の星だから、別の系統の生命が発生して、別形態の別機能方向に発達してもおかしくない気がするのだ。

 環境が地球と似ているから、収斂進化的に同じような形と機能になったのだろうか。
 それとも地球人が移民したように、謎の組織? の関与があったのだろうか。

 疑問を思い浮かべても、返答はない。
 知識魔法は、この疑問には答えてこないようだ。

 そんな事を思いながら、自然科学の課題を一コマ分終えたところで。
 扉がノックされた。

「|こんにちは、入ってもクニ ポウアフいいですかエニリ

 ニナの声だ。
 今日の外出関係での情報交換に来たのだろう。
 部屋はタブレット以外何も出していないし、問題は無い。

「どうぞ」

 椅子を空ける為にベッドに移動。
 入ってきたニナの渋面に気付く。

「何があったの?」

 ニナは頷いた。

「秘話魔法を使っていいですか?」

 私の知らない魔法だけれど、どんな魔法か意味はわかるので頷く。
 わざわざ他に聞こえないようにしなければならないって、何を話すつもりだろう。
 あとその秘話魔法、魔法科目の何コマ目で出てくるんだろう。
 知識魔法が返答してくれないという事は、何か学習する方法が別にあるのだろうけれど。

 ニナがふっとため息をついて、そして話し出す。

「面倒な事になりました。外出が出来るようになった生徒がいるということを、他の生徒が知りました。外出出来る人を探そうとか、方法を問い詰めようとか、外で何かを買ってきて貰おうとする人が出ています」

 えっ!? それはちょっと、洒落にならない。
  
「門から出たり入ったりしたのを、見られたかな」

 ニナがまた、ため息をついた。

「知識魔法で確認しました。エトが話してしまったようです。彼は常に自分がリーダーシップをとろうとする志向があるようです。ですから今朝の外出時も、皆を集団として自分が率いて行くつもりだった様です。ただあの場にいた生徒は全員、彼の誘いには乗りませんでした」

 なるほど、あの時の『全員で行きませんか』にはそういう意図があった訳か。
 あの時本人は、安全がどうとか理由付けていた。でも私は、別の思考が混じってそうだと感じた。
 どうやら私の勘は正解だった様だ。

「そこでエトは、まだ外出出来ない生徒にアピールしようとしました。外出して、食堂が出す昼食とは明らかに違う昼食を買ってきて、これ見よがしに食堂で食べました。それに気付いた他の生徒がどうしたのか尋ねたので、エトは外出して買ってきたこと、外出出来るようになれば小遣いも出るようになる事を話しました」

 うん、最悪だ。
 それにしてもニナ、見てきたように話すな。どうやってそこまで知ったのだろう。
 毎度おなじみ知識魔法が返答する。

『知識魔法で知りました。ニナは帰って学習指導室へ向かう途中、共用棟1階廊下で取り囲まれそうになりました。ニナは危険を感じて身体強化を使い、2階学習指導室へ逃げ込みました。そこで状況を指導員に報告、寮まで送ってもらいました。そして自室に戻った後、なぜそうなったかを知識魔法で確認したのです』

 翻訳だからか微妙に文章が変だけれど、状況は理解した。
 そしてニナの話の続きについても、大体想像つく。

「エトはそれらを話すことによって、周囲の生徒から尊敬を集められると思ったようです。ですが彼の期待は裏切られました。同じ生徒なのにずるい。私達にも同じ権利がある。私達にも寄越せ。同じ物を買ってこい。
 予想外の反応にまずいと感じたエトは、身体強化を使ってその場から逃げました。知識魔法で知った情報では、こんな流れのようです」

 何というか、駄目駄目だ。エトという奴も、回りを取り囲んだ連中も。

「お疲れ様」

「ところでチアキは大丈夫だったでしょうか」

「大丈夫。早めに帰ってきたから」

 早く帰ってきて良かったとしみじみ思う。
 私の場合は、たんにおやつを作りたかっただけだけれど。

「あと夕食までの間、この部屋に置いてもらっていいでしょうか。学習の邪魔になるとはわかっています。ですが私の部屋も安全ではないのです。
 エトの後に帰った私も囲まれそうになったので、顔を覚えられているかもしれません。実際部屋に戻った後、何度かノックされています。
 もちろん施設が何らかの対策をとってくれると思います。それでもすぐに対策が行き届くとは思えません。この部屋へ来るときは、隠蔽魔法を使って人に見られないよう来たので、大丈夫なはずです」

「いいよ。それじゃ安心して部屋に居られないだろうし」

 私の方は特に問題は無い。
 タブレットを読める場所なら、学習は進められる。
 ノートをとるようなものは無理だけれど、それ以外なら問題ない。
 一人のほうが気分は楽だけれど、まあ夕食まで位なら大丈夫。

「ありがとう」

 ニナが気の毒だ。
 馬鹿のとばっちりを受けて、自分の部屋ですら安心して休めないなんて。
 実効性がある対策は取って貰えるのだろうか。

『現在、対策を立案・検討中です。夕食の配給が始まる16時までには決定し、伝達魔法で一斉通知します』

 なるほど、これを知っているから、ニナは夕食までと言ったのだろう。
 ならとりあえず対策に期待して、私は別の気になった事をニナに聞くとしよう。

「ところで隠蔽魔法とか秘話魔法って、魔法のどの辺で学習するの? まだ私は見ていないけれど」

『魔法の目的別索引があります。今回の件でどうやって部屋から逃げようか。でも逃げてもチアキに迷惑がかかると,申し訳ありません。何か適当な魔法がないか調べる方法がないか考えたところで、知識魔法がタブレットに魔法の索引機能があると教えてくれました』

 なるほど。なら早速試してみよう。

 ◇◇◇

 いつも同様、タブレットが夕食配給5分前を通知する。
 しかし今回はその後、頭の中に知識魔法のように言葉が流れ込んできた。

『生徒の皆さんに一斉通知します。本日、食堂にて……』

 生徒に対する不当要求事案があったこと。更には別の生徒も取り囲んで不当要求をしようとしたこと。
 個人名は出ないし、外出についても触れていないけれど、それ以外は割と詳しい事案の説明が流れる。

『今後、このような不当要求を行ったり、その目的で集団で個人を取り囲んだりした場合は、被害者がそう認識した段階で、措置をとる可能性があります。またそういった措置が重なった生徒については、移住は好ましくないと判断の上、地球のあるべき場所へと送還する可能性もあります。その事を充分認識するようお願いします』

 これって『場合によっては死刑にするぞ』と言っているようなものだ。
 多分これで大丈夫だろうと信じたい。
 馬鹿が今流れた内容を認識できなくても、被害者の認識で施設側が事態を認識するようだから。

「それじゃ、夕食を取りに行こうか」

「そうします。ただ不安なので、一緒に行ってもらっていいでしょうか」

「もちろん」

 取り囲まれたり部屋にやってこられたりした件が、よほど衝撃だったのだろう。
 何というか、本当に気の毒だ。
 エトの馬鹿、許すまじ。取り囲んだ連中ももちろん悪いのだけれど。
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