機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて

於田縫紀

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第27章 ひとつだけの嘘~夏の旅行・後編

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 秋葉原から御茶ノ水乗り換えで新宿へ。
 新宿から私鉄の急行で30分弱。

 風遊美さんが行きたかった場所。
 それは俺も香緒里ちゃんもよく知っている街だった。

「何回か夢でお邪魔したことはあるんですけれどね。一度実際に見てみたかったのです」

 そう、俺や香緒里ちゃんの家がある街だ。

「公園まで案内をお願いしていいですか」

 俺は頷く。

 実は俺はこの街にあまりいい思い出はない。
 気分としては捨ててきた街だ。
 俺を捨てて、俺にも捨てられた街。
 実家があるので年に1回は帰っているけれど。

 あの公園まで、駅から徒歩20分。
 夏の日差しの中、汗だくになりながら辿り着く。

「ここからは私もわかりますよ。こっちですね」

 風遊美さんが歩いて行く。
 久しぶりに俺も来たが、何か以前と違う気がする。

 こんなに草の背丈が低かったろうか。
 そしてこんなに距離が短かっただろうか。

 廃道状態の遊歩道は、やがて坂になる。
 ゆっくりと斜面を登って行く途中で、風遊美さんは立ち止まった。

「ここですね。もう塞がっていますけれど」

 場所的には確かに、ここがよく入り浸っていたトンネルの場所だ。

「トンネルでは無かったんですね。そう言えば向こう側の記憶は無いです」

 説明書きの看板に書いてある。
 ここは元防空壕の行き止まりの穴であり、危険なので立入禁止である旨が。

 入口は入れないように穴は金網で塞がれている。
 その金網も決して新しいものでは無い。

「記憶よりも小さいですね。もっと大きかったような気がする」

「それに、もっとずっと公園の奥の方だと思っていました」

 香緒里ちゃんも同じように感じているようだ。
 考えてみたらここに篭った最後の記憶は俺が小学低学年の頃。

 それ以降はうちの家に来たり薊野家に行ったりしていたような憶えがある。
 それで例の恥ずかしい風呂の記憶があったりする訳なのだろう。
 だからここによく来たのは、もう10年近い前の話なのだ。

「きっと、あの時の私達には大きかったんですね。草の背丈も、この坂も、この穴も」

 香緒里ちゃんの言うとおりなのだろう。

「ごめんなさい。夢を壊すつもりは無かったのです。ただ、ここはどうしても一度来てみたかったんです。私には羨ましい記憶でしたから」

 何が羨ましかったのだろう。
 僕にとっては、ここは最後の逃げ場だった。
 由香里姉も香緒里ちゃんも、きっとそうだったのだろう。

 そしてこのあたりの話を、風遊美さんは知っている。
 それの何処が、羨ましいのだろう。

「私が同じ頃同じように逃げた記憶では、私はずっと独りでしたから。由香里さんにあたる人も修さんにあたる人、も香緒里さんにあたる人もいませんでしたから。魔女狩りのテロで炎で追われて、逃げた先逃げた先追われて。そして気がつけば独りでした」

 静かな口調の中、俺は確かに風遊美さんの隠せない感情をを感じた。
 それは怒りか慟哭か、若しくは諦めか。

「私はそれ以前の記憶はありません。母だった人と逃げていたらしいと後に聞きました。でもその顔も存在すらも思い出せません。ちゃんと憶えているのは保護された後からです。ドイツの特区の寄宿舎付の基礎学校に入った後の記憶。そこから。それでも炎の中逃げ回っている夢は何度もみました。どこまでが事実でどこまでが夢なのかわからないのですけれど」

 俺も香緒里ちゃんも、何も言えない。
 聞こえるのは風遊美さんの言葉と、風の音。

「テロの多い向こうの環境では私の状態が悪化する可能性が高い。そういう判断の結果、私は他の特区へ移ることを勧められました。日本の特区にしたのは単に人と制度上の問題です。日本の特区は政策もあって、私みたいな難民扱いの学生でも好条件で受け入れていましたから。当時の私の担当教官の知り合いが日本の特区にいるという事もありました。
 日本に来て、特別法で日本に帰化した時、名前も変えました。もともと名乗っていた名前もドイツの特区に逃げ込んだ時に付けられたものです。私の最初の名前は不明でしたから名前を変えることに未練はありませんでした。
 私の日常は静かに平穏になったけれど、それだけでした。それで十分と思っていました。学生会で仕事をする前は、です」

 少しだけ涼しい風が谷間から吹いてきた。

「いろいろ話をしたり一緒に寝たりして、私は何か香緒里さんに何か妙な感情を抱く時がありました。これは何の感情なのだろう。最初は私にはわかりませんでした。でもしばらくして、それが嫉妬と呼ばれる感情に近い事に気づきました。
 なら私は修さんに恋をしているのかな。そう思っていた時もありました。でも何か違う。
 今は何を感じていたか、何に嫉妬していたのかわかります。どんな時も、最後まで信じられる誰かがいてくれる。その事に嫉妬していたんですね。私はずっと独りだったと思っていましたから」

 やっぱり俺も香緒里ちゃんも、何も言えない。
 言葉と表情が少し、先程とは変わってきたかなと感じるけれど。

「ところで私、魔法を使わないでも出来る特技が1つあります。私、耳が良いんです。すっと独りで怯えていたからかもしれないですけれどね。かなり遠くの物音でも耳に入りますし、聞こえる呼吸音だけで寝ているか起きているかもわかります。例えばちょっとだけ奈津季と言い合いした際、修さんの部屋の扉が開いていた時とか」

 あの時俺が起きていたのは、風遊美さんにばれていたのか。
 奈津希さんもわかっていたみたいだし……
 今更ながら、なんだかなと感じる。

「だからこの旅行の最初に、奈津季が1年生の女の子2人に色々説明した内容も、当然だけど聞こえているんです。あの時修さんも聞こえる範囲にいましたね」

 風遊美さんの耳、恐るべしだ。
 怖すぎる。

「あの時、旅行の目的の1つとして、私と詩織に『今は間違いなく楽しいし、これからはもっと楽しいと納得させるのが目的』って奈津季は言っていましたね。それを聞いた時に気づいたんです。いつのまにか私は独りではなくなっていたんですね。
 そして気づいたんです。春の旅行で香緒里さんに言われたことと、修さんが言おうとしていた事に。そうしたら何か嬉しくなって、挙句の果てには富山で修さんに迷惑をかけてしまいました」

 成程、それで妙に風遊美さんが浮かれているように見えたのか。

「今日はその原点の、2人の絆のきっかけの場所を見てみたくて、今日はここまで付き合ってもらったんです。そしてここで2人に言いたかったんです。ありがとう。私はもう大丈夫です、って」

「甘いですよ。まだまだこれからも続くんですから」

 俺はあえて普通の声で言う。ちょっと声に感情が混じりそうだったから。
 耳の良い風遊美さんには、ばれているかもしれないけれど。

「当然です。だからこれからも宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しく、お願いします」

 あ、香緒里ちゃん、声が平静を保ててない。

 ◇◇◇

 最寄りの駅近くにある、香緒里ちゃん推薦のパスタが美味しいお店でちょっと遅いお昼を食べ、ついでにファッションビルで洋服を見て、ホテルに帰ったのは15時50分。
 なぜそんな中途半端な時間か。それは奈津季さんがSNSで集合をかけたからだ。

「よし行くぞ、東京最終決戦! カラオケバトルだ」

 これが残っていたか。そう思っても、もう遅い。
 奈津希さんは手回し良く、近くのカラオケボックスを予約済。
 すんなりと大きめの個室に通される。

 初っ端から奈津季さんが飛ばし始め、詩織ちゃんも負けじとそれに続く。
 全員順番で歌うけれど、基本的には猛獣対怪獣の戦いだ。
 特区にカラオケ文化なんて無いから、この2人以外はお付き合い程度しか歌えない。

 途中、俺はトイレとドリンク補充で部屋を出る。
 その帰り、廊下で香緒里ちゃんに会った。

「修兄、一つだけ聞いていい」

「何をかな」

 ここは長年の勘で、軽く答えた方がいいような気がした。

「風遊美さん、ひとつ嘘を言っていたの、気づいた?」

 ちょっとだけ考えて、あえて俺はこう答える。

「何のことかな」

 香緒里ちゃんはじっと俺を見る。

「修兄は、それでいいの」

「風遊美さんが、独りじゃないと思ってくれた。それに嘘がなければいい。違うかな」

 そこはきっと嘘ではない。

「ならいいんです。ごめんなさい」

 香緒里ちゃんはそう言って、去っていった。

 香緒里ちゃんが言いたい事は多分わかる。でも俺は答えない。
 風遊美さんが言った事。それがきっと、俺と風遊美さんの公式見解だから。

 風遊美さんは俺に恋をしていない。俺も風遊美さんに恋をしていない。ただ恋をしたと思い込んだ、それだけだ。

 正しくて、同じだけ間違っていて、それでも感じるのは喪失感か切なさか。
 これが青春の1ページという奴なんだろうか。

 だったら俺も随分成長したものだ。もしくは退化か堕落だろうか。
 人嫌いだと思っていた昔の俺に聞いてみたい。

 さて、行くか。
 出た時点で俺の番まであと5曲、15分相当だった。
 そろそろあの部屋に戻ろう。

 俺は歩きだす。
 賑やかで楽しい、あの世界へと。
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