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第7章 イベントが多すぎる

第39話 サラの進学

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 12月に1週間ここを空けるなら、その分の仕事をしておかなければならない。何せ日本語からスティヴァレ語に訳せるのは俺1人なのだ。
 だから朝から医学書追補版とか児童書第3弾とか花の名前ノメンフロッスの12冊目とか、注文が来るのが確実なものをガシガシと訳していく。本当は武闘会の為に訓練をしておきたい処だけれど余裕がない。

「その辺の仕事は12月になってからでも大丈夫じゃないか?」

 スケジュールも担当しているミランダがそんな事を言う。しかし理由を説明する訳にはいかない。

「できれば年末はさっさと仕事を終わらせて休みたいしさ」

 本音交じりの台詞で誤魔化す。
 
「アシュが頑張るようならもう少し仕事を入れるか。今でも結構仕事を断っているし、入れる気になればいくらでも入れられるぞ」

 おい待ったミランダ!

「追い込むのはやめてくれ」

「そうそう、今くらいがちょうどいいですわ」

「だよね。サラが来る前のあの忙しさはもう勘弁して欲しいな」

 もうあんなブラック労働は勘弁して欲しい。

「でも花の名前ノメンフロッスの新作は早く読みたい気持ちもあります」

「実は私もそうですけれど」

 これはサラとテディだ。
 サラも今は市場から帰った後で事務所にいる。彼女なら昼食くらい半時間30分もあれば充分。だからそれまではたいてい事務所で小説やレシピ本を読んでいる。
 時には主に午後に執筆しているレシピ集の作業もしていたりする。更にはテディの校正作業を手伝ったりもしている訳だ。

「ところでさ。サラに聞きたい事があるんだけれど今いいかな」

「何でしょうか」

 サラが読んでいるレシピ集から顔をあげる。

「サラ、来年の高級学校の試験、受ける気は無いか?」

 えっ。一瞬沈黙が訪れる。

「何故そんな事をお聞きになるのですか」

「村に中等学校が無いからってわざわざここへ来てまで通ったんだろ。だったら実は高級学校にも行きたかったんじゃないかと思ったんだ」

 またちょっと間が空く。

「でも私が高級学校へ行っても役に立ちませんから」

 そっけない返答。しかしミランダ、更に続ける。

「学校というのは役に立つから行くってものでもないさ。行きたいという気持ちがあればそれで充分だ。ここで3月まで働けば高級学校分の学費なんて余裕で貯まる。国立なら授業料無料だし領立や私立ならここから通えばいい。夏季休暇なんかの長期休暇はここでまた働いてもいいし、実家に帰ってみてもいい。今なら試験勉強にも間に合うだろう」

「ちょっと待ってください」

 ミランダは待たない。

「無論料理が最高で原稿まで書ける優秀なメイドさんを手放したくはない。だから長期休暇なんかでは少しでもいいから此処に来てくれると嬉しいな。あと卒業後はここに戻ってきてくれると私だけじゃなくここにいる全員が嬉しいと思う。勿論もっと勉強したくなったりもっといい職場があったら諦めるけれどさ。
 という訳でちょっと考えておいてくれ。判断基準は自分がどうしたいか、それだけだ。誰がどう思うとか申し訳ないとか余分な事情は一切抜きで」

「……わかりました」

「OK。よろしく」

「それでは昼食の準備に行ってきます」

 サラは逃げるように事務所から姿を消す。
 サラの足音が聞こえなくなった頃。

「気づきませんでしたわ。結構話を聞いたと思いますのに」

 テディが大きなため息をついた。先程のサラの態度は進学したがっているのを隠しているように見えたのだ。
 俺にもそう見えたし、多分テディもそう思ったから今の台詞が出たのだろう。フィオナもおそらくそう思っていると感じる。

「いやさ。前に啄木鳥ピカスの親父さんがそんな事を言っていたのを思い出してさ。受験するならそろそろ準備しないと間に合わないなと思って。
 中等学校での成績は良かったらしいから、そこまで苦労しなくても何とかなるとは思うけれどさ」

「国立と領立と私立、何処がいいかしら」

「その辺はサラの考え方次第だな」

「何を基準に選ぶかだよね」

 同じ高級学校でも結構違いがある。
 例えば国立は入れば生活費を含めお金はほとんどかからない。全寮制で平日は3食、休日は2食無料で出るからだ。ゼノア校なら学校としてのステータスもトップクラス。

 その代わり設備は整っているがちょい古い。生徒は貴族や裕福な商人の子弟が多く一般人は肩身が狭い思いをする事もある。先生方も貴族が多いので余計にそんな傾向が大きい。

 領立はゼノアには3校あって、レベルやステータスもピンからキリまで。
 例えば領立中央高級学校なら難易度もステータスも国立トップ校並み。貴族は国立か私立に行くからその分校内で身分とかを気にしなくてもいい。設備もゼノアは裕福なので国立以上にいいし新しかったりもする。ただし学費と教科書は無料だが昼食は自分持ちで、基本的には通学制。

 他に私立もゼノアには3校ある。ただゼノアでなら学力が充分なら国立や領立を蹴ってまで入る理由はないかな。国立に入れる学力が無いけれど高級学校へ行きたい貴族とか金持ち向けだ。領立は平民が通うものだという変なステータス意識があるから。

「やっぱり狙うなら国立ゼノア校か領立中央だよね」

 フィオナの認識は俺と同じ模様、というかきっと皆同じだな。どうせ狙うならトップ校だ。
 なら国立ラティオ校はどうかとも思うが、サラには微妙にお勧めできない。王都の国立校という事で面倒くさい部分が多いのだ。

 確かに国立ラティオ校、難易度もステータス性も国内ではトップクラス。でも生徒は貴族が多くて面倒だし学校自体の校風も古臭い。ある意味国立校の悪い部分を煮詰めた感じさえある。だから庶民というか大貴族や大金持ち以外はあまりお勧めじゃない訳だ。

 結果として国立はここから近くてレベルもラティオ校に準ずるゼノア校がお勧め。サラも遠い学校は心理的に受けにくいだろうし。

「幸い家庭教師には困らない環境だろ。国立ラツィオ校を出たばかりが4人も同居しているんだ」

 しかもテディやミランダやフィオナはその中でも成績優秀だった。俺は中流ど真ん中程度だけれど。
 だから俺以外は家庭教師としても充分だろう。

「あとはサラが変に気を使ったりしないかだな。こっちに申し訳ないとか。その辺のフォローは主にテディに頼むことになると思う。一番話す機会も多そうだしさ」

「わかりましたわ」

 そんな感じで、サラの進学応援なんて事がはじまった。まだ本人が決めていないから水面下でだけれども。
 例えばフィオナが図書館で参考書や問題集を探して来るとか。生徒募集要項を取り寄せるとか。
 でも俺はそれより1週間分の翻訳書き溜めが先だ。出来れば1週間分といわずもっともっと仕事を進めておきたい。そうすればいざという時にも困らないだろうから。
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