最果ての雫

峡 夜天

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第十二話

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「ねぇフォレスター……案内したい場所まで、後どれくらい掛かるの?」
「もうすぐ着く」
 早朝。僕達はまだ森の中を歩いていた。まだ日が上り切る前に出発しようとした僕達を、フォレスターが案内したい場所があると、引き留めたのだ。何でも、今後旅を続けるなら、必ず必要になるものが、そこにはあるのだとか。
「スカーレットは何だか分かる?」
「いや、知らないな。だが、フォレスターが必ず必要になると断言するものだ、貰っておいて損する事は無いだろう。それよりも、出発前に聞いた事はどうだ? この森の近辺で起こっている変化や、北側で起きている野党達の問題については……」
「ふむ。それに関しては、残念ながら詳しくは知らんな。だが、昨日倒した魔物は、一週間前に、森の北側から侵入して来ていたな」
「なに? あんな魔物をお前が放置するとは考えにくいが……何か訳でも有るのか?」
 彼の発言にスカーレットが、意外そうな反応を示した。確かに昨日の彼の戦いを見た限り、放置するとは思えなかった。
「……実はな、あの魔物は最初、歪だがとても矮小な気配しか感じ取れなかったのだ。それ故に、放っておいても森の魔獣達に、屠られると思っていたのだがな……しかし、其方達がこの森へ踏み入った瞬間、それまでが嘘で有るかのような、禍々しい気配へと変化したのだ。まるで、闇に身を潜め、其方達が来るのを、ずっと待っていたかの様に……」
「奇妙な話だが、あながち的外れでも無いかもしれないな。何せ、私がお前と合流した直後、明らかにソルカの魔力感知に反応した動きを見せていたしな……」
 そう言った二人は、何か心当たりは無いか?と言いたげな様子で僕の方を見て来た。
「魔獣とかだったら、狩や採取をする時に何度か戦った事はあるけど、あんな魔物は見た事がないよ?」
「それもそうか。最近までお前は、ずっと村でしか生活していなかったしな。まぁ、仮に関係があったとしても、厄介事というのは、本人の知らない所で、拗れていく事が多い」
「何はともあれ、警戒を強めるに越して事は無いだろう。それにあの魔物やスカーレットが話していた、野党達についても、同じ北側で起きている事だ、無関係では有るまい……だが、そう言った脅威に対する準備としても、今から渡すものは必要になるであろうな」
 そう言うと、フォレスターが突然ですが歩みを止めた。
「どうしたの?」
「フッ……ウォオオオオ‼︎」
 突然立ち止まった彼に、僕は問いかけた。すると彼は、軽く笑みを浮かべた後、高らかな咆哮を、森中に響き渡らせた。突然の咆哮に驚いた僕だが、それ以上に驚きに満ちた光景が目の前で、繰り広げられ始めた。彼の咆哮が大気を揺らすと共に、周囲の木々達が一斉に緑色の粒子となって消え、その粒子達が僕達の周りを取り囲むようにして、周囲を渦巻き始めた。
「これは!」
 スカーレットも驚いたようで、目の前で起こる変化に、目を丸くしていた。徐々に深緑のカーテンは、その濃さを増して行き、先の景色が見えなくなった頃、弾け飛ぶようにして一斉に散って行くと、先程までの激しさが嘘のような静寂が、僕らを包み込んだ……そして、周囲に広がる景色は、先程までいた森よりも、一層深く薄暗い様相を出しており、根付く草木からは、僕達を覆っていた緑色の粒子が、綿毛の様にゆったりと放出されていた。
「どうだ? 我の森の真の姿を見た感想は……」
 唖然とする僕達を見たフォレスターが、したり顔でそう尋ねて来た。
「いや……驚いたよ。まさか、この森にこの様な場所が隠されていたとは。私の感知でも見破る事はできなかったな」
「当然だ。我は悠久とも言える時の中で、ここを守り続けて来たのだ。スカーレットととは言え、ここの守りを見破れぬのは、仕方のない事だ」
「……」
「ん? どうしたのだ?」
 黙ったまま固まっていた僕に、フォレスターが語りかけて来た。
「……ねぇ? もしかして、ここって聖遺物か何かが眠ってたりするの?」
 これと似た様な場所に、心当たりがあった僕は、そうフォレスターに尋ねた。
「ほう? 其方はここと同じ様な場所を知っておるのか?」
「うん。僕の村の近くの森で、同じ様な場所があったんだけど……」
 そう言って僕は、あの時起きた出来事を思い出していた。異様なまでにマナに満ちた、神秘的な場所……その時は、謎の声と共に、奇妙な夢を見せられ気絶してしまったが、今回は何も変化はなかった。
「確かに……お前が倒れたあの森の場所と似ている気がするな。確か魔眼が発現したのも、その後のことだった」
 スカーレットも、同じ事を感じていた様だ。
「そうであるか……どうやら、其方には聖域と引かれ合う何かが有るのだろう」
「聖域?」
「そうだ。こう言った場所は、この世に幾つか存在しておってな、資格ある者にしか入る事が許されぬ……そう言った場所なのだ。大抵は、我の様に番人が存在しているが、時には聖域の方から、呼ばれる事もあるのだ。聖域に立ち入った後に、魔眼が発現したのなら、それはその聖域に眠っていた遺物か、或いは力を発言させる為の、鍵によって呼び起こされたものであろうな」
「そうなんだ……じゃあ、ここにもその遺物があるの?」
「遺物とは少し異なるが、似た様なものが眠っておる」
 そう言うとフォレスターは、首を振って一本の若木へと僕の視線を誘導した。すると、その若木の幹の真ん中が、黄金色に光っていた。
「近づいてみよ」
「……分かった」
 言われた通りに若木へと近づくと、光を放っていた物が、黄金の玉の様な物だと言う事が分かった。目の前まで近づいた僕は、目を少し細めながら、それをまじまじと観察する。最初こそ、金の塊かと思っていたが間近で見ると、ガラス玉に近い質感だが、やはり黄金と見間違うほどの濃い色をしていた。そのまま、黄金の玉を凝視していると突然、玉の中心部分が微かに揺れ動く。
「フォレスター! これ動いてるよ!」
 驚いた僕は、慌てて後ろにいるフォレスターにその事を伝えた。そんな僕を見た為か、彼は嬉しそうな様子で高笑いをする。
「ハハハハ! どうやら其方に巡り会えて、その子も喜んでいる様だな!」
「……その子?」
「フォレスター、もしかしてあれは霊獣の卵か?」
 フォレスターの反応に僕が首を傾げていると、何かを察したスカーレットが、彼にとってそう尋ねた。
「うむ! あれは、我らと同じ霊獣が宿りし卵だ」
 彼は彼女の問いかけに大きく頷いた。
「霊獣の卵って……これが孵ったらフォレスターみたいな子が生まれるって事? と言うより、そんな凄い物を貰っても大丈夫なの?」
 思わぬ代物に、貰うことに躊躇いを感じた僕は、そう彼に確認を取った。
「構わん。寧ろその卵は其方に渡す為に、我とこの森が守って来たのだ」
「僕に渡す為って……僕とは初対面なのにどうして?」
「実はな、オーリス達と最後に会った際にも、同じように渡そうとした事があったのだ。しかし、その時は何故かその子が反応を示さなかった。それを見たオーリス達は、もしかしたら、自分達の子供になら応えてくれるかも、と言っていたのだ。以来我は、其方とこの子の邂逅する日を待っておった。無論、必ずここへ立ち寄るとは限らなかっただろうが、運命とは奇妙なものでな……運命を共に背負う者達は、引かれ合う様に出来ているのだ。きっかけは如何あれ、その子と其方が出会うのは、必然だった言えよう……さぁ、その子を手に取ってみよ」
 経緯を説明し終えた彼は、僕に卵を手にとる様に促した。言われるままに、その卵を可能な限り丁寧に取り出してから、掌に乗せてみた。すると、フォレスターの時と同じ様な感覚が僕の全身に駆け抜けた。そして、その感覚が僕の胸の内側に触れると、フォレスターの時とは違い、溶けて浸透して行くのが分かった。
(温かい……)
 僕は少しの間目を閉じて、その小さな命の温もりに浸っていた。
「どうだ?」
「……うん、無事に繋がったみたい」
 様子を尋ねてきたスカーレットに、僕はそう静かに答えた。
「ふむ、それは何よりだ……さて、では出発するとしようか。其方達には急ぎの用があるのだろう? 森の外までは我が運んでやる」
 フォレスターは、そう言ってその場にしゃがみ込んだ。恐らくは背中に乗せてくれるのだろう。
「え? 背中に乗っていいの!」
「無論だ。この森は広いからな、歩きで出ようとすれば、日が暮れてしまうだろう」
 そうニヤリと笑いながら言った彼に、僕は心を躍らせながら飛びついた。
「短かったが世話になったな」
「例には及ばん。オーリス達との関わりが深い其方達に協力するのは、我にとっては当たり前のことだ」
「そうか……」
 そう二人は、軽く笑みをこぼしながら言葉を交わしていた。
「ほらスカーレット! 早く乗らないと、出発できないよ!」
「はぁ……そう急かさなくても良いだろう?」
 彼女は少し呆れ気味にため息をつくと、軽い様子で地面から跳躍すると、一息でフォレスターの背中へと登り終えた。
「二人とも準備は良いか? 振り落とされぬ様、しっかりとしがみつくのだぞ?」
「分かった!」
 興奮気味に答えた僕は、言われた通りに彼のフサフサな毛皮に全身で抱きついた。
「フフッ……では行くぞ!」
 そう言ってフォレスターは、低く重心を落とすと、弾かれた様に地を蹴り駆け出した。
「うわっ‼︎」
 突如、凄まじい慣性が襲いかかり、抱きついていた筈の僕は、少し後方へ投げ出されそうになる。しかし、それにいち早く反応したスカーレットが、背後から僕を支えてくれる。
「全くお前は、しっかりと掴まれと言われていただろ?」
「えへへ、想像してたよりも凄かったから、びっくりしちゃった」
 フォレスターの走りは、一歩目から風の速度を容易く超えており、僕の目では視界の端に映る周囲の景色の全貌を、ぎりぎりでしか捉える事が出来ないでいた。
「もう少し速度を上げるが大丈夫か?」
 すると、僕に気を遣ったのか、フォレスターがその様に尋ねてきた。現状ですら僕が経験した事ない速さな上に、これよりも早く走れると聞いた僕の好奇心は最高潮に達し、先程振り落とされた事を忘れて、僕は声を張り上げて答える。
「もっと! もっと飛ばして!」
「承知した!」
 僕の合図と共に、フォレスターは更に速度を上げる。周囲の景色は徐々に後方へ伸びて行き、やがて完全に目で追えなくなる。
「あははははは! 早い早い!」
「くっ……おいソルカ、あまり喋りすぎると舌を噛むぞ?」
 少し苦しそうな声色で、背後からスカーレットが、はしゃいでいる僕に注意をしてくる。
「大丈夫だよ! よく分からないけど、ずっと真っ直ぐに走ってるみたいだし、揺れもそこまで激しく無いから!」
「どうなっても知らんからな? それと、もう少ししっかりと、自分でしがみついてくれないか……この速度の中では、支えるの一苦労なんだ」
「あ、ごめん」
 彼女が支えてくれていた事をすっかり忘れていた僕は、言われた通りにより一層強くフォレスターの体にしがみ着くのだった───


───それからおよそ五分後、僕達は森の出口付近に辿り着いた。
「ひたが、いひゃい……」
「だから喋りすぎるなと言っただろ?」
「うぅ……」
 スカーレットの忠告通り、見事に舌を噛んでしまった僕は、口の中に広がる血の味に顔を歪める。
「ふむ、出来るだけ揺れが少ない様に走ったのだが……まぁ、舌を噛み切らずに済んで何よりだ」
「はぁ……まぁ、何はともあれ色々と助かったよ。おかげで、明日の昼前には街に着きそうだ」
「うむ。気をつけて旅を続けるが良いぞ。それとソルカよ」
「ん?」
 フォレスターに呼ばれた僕は、彼の方へと向き直る。すると彼は、優しい面持ちで目を細めながら言った。
「これから多くの経験を積み、其方は大きく成長するだろう。しかし、時には己の力ではどうする事も出来ない理不尽が其方を襲い、心が折れてしまう事もあるだろう。だが忘れるな、我とこの森はいつでも其方の味方である事を」
「フォレスター……うん! ありがとう‼︎」
 彼の優しい言葉に僕は、胸から込み上げる思いを感謝の言葉にして大きく返事を返した。
「うむ! 良い返事だ!」
 そうして僕達は、サディアに向けて森を後にした。
 

  


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