上 下
31 / 44
一 章 ・ 女 中

伍. 大切な人

しおりを挟む


定位置になりつつある中庭の縁側まで来ると膝を抱えて座る。
気持ちとは裏腹に、空は快晴で黄色い月や星がハッキリと見えていた。
現代にいたら見れない星の多さに、いつもなら気持ちは落ち着くのに今日は無理そう。


(……怖い)


未来を知っているのに教える事が出来ない事も、自分が何も出来ない事も全てが悩む原因となっていた。
これからどうなってしまうのか想像して、不安で自分を抱き締める。

不意に過去の記憶が走馬灯のように流れ始めた。

幼い時に拾われた児童施設は、記憶喪失だった私にとって苦痛の場所だった。
他の子供たちからは言葉の暴力、大人たちからは心身の虐待。
存在を否定され、食事は残飯だった。
逃げたくても記憶喪失の私に、逃げ場所は無い。

人間ひとに嫌われるのが怖い。
この年になってもそれは変わらない。
学校に行きだしても周りに本心を見せれなかった。 

小学校中学年になると当たり前の様に悪口、無視のイジメが始まった。 
中学に行き出すと、イジメの内容が卑劣さを増して手が出るようになった。
イジメに加担するのは絶対に嫌だった。
だけど、止める事も助ける事も出来なかった。
それが悔しくて、もっと強くなろうと思った。
誰かを守れる力を持とうと誓った。


「…弱虫のままじゃん」


史実を隠し通せるか考えるだけで不安になるし、みんなを守りたいとか言ってても戦おう事に逃げようとする自分に昔と変わっていない事に嫌悪感を抱いた。
ハハハッと乾いた笑いを漏らすと頬に涙が伝う。

今まで我慢していた涙が止まらない。
涙を流す権利もないのに…。


「っ…うっ…嫌…いっ…自分…なっんて…っ…大‥っ嫌いっ!」


膝をギュッと握り嗚咽を漏らしながら自虐的な言葉を呟く。


「自分を嫌いになるなよ。なあ…桜」
「・・・・平助くん」


後ろからぎゅうううっと抱き締められた。
触れられても嫌悪感を抱かない人なんて今の所二人しか知らない。
優しい声色で紡ぐ相手の言葉に振り返ろうとした。
しかし、力強く抱き締めていたので振り返る事が出来ない。
でも誰かは分かってたから、戸惑いながら名前を呟いた。


「桜が自分を嫌いでも、俺…俺らは桜の事好きなんだぜ。何言われても桜を嫌いになる奴なんて絶対いねーから」


全てを包み込むように抱き締める平助くんの口から紡がれる言葉は真剣さを帯びていた。


(過去を隠してるんだよ?これからを知ってるんだよ?言わない私を卑怯と思わないの?)


そう思ってても口から漏れるのは嗚咽だけ。
不安だけが私を包み込んで気持ちが落ち込んでいった。


「桜が何に悩んでんのかわかんねー…だけどさ」


一拍置いた平助くんは気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。


「桜が大切なんだ…」


恥ずかしいのか平助くんの声が震えていた。
平助くんの言葉を聞いて私の悩みの理由を誤解しているのだと気付く。
緊張して震えているのに気付いて気持ちを落ち着かせようと深く息を吐いた。


「ごめんね…平助くん」
「悩んでる理由を話したくなったら聞くから…俺を頼って欲しい」


誤解して不安にさせてしまった原因は隠している私のせい。
しかし、大切に思われてる事を態度に現してくれた平助くんのおかげで少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
心配させた事を謝罪すると、ぎゅっと抱き締められて耳元で囁かれた。


「平助、ありがとう」


平助くんの温もりと心音の音が心地良くていつの間にか涙が止まっていた。
笑顔でお礼を伝えると、平助くんの腕に身を委ねる形で寄り掛かる。


(私を大切と思ってくれる人をやっぱり守りたい…)


すっぽりと包み込む平助くんの大きさ。
平助くんが味方をしてくれる限り強くなれるかもしれない。
そう思えるほど、私にとって平助くんは大切な人になっていた。
しおりを挟む

処理中です...