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半妖
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此処は隠世。
あの世とこの世の狭間にある、妖達の楽園である。
表通りは妖怪で溢れ、なにかの祭りかと思われるほどに賑わいを見せている。そんな表通りから少し外れた位置に佇むこの屋敷にも、その賑やかな声は聞こえてきた。
しかし、今も、私は、にわかに信じられないでいた。
妖というものの存在を。
妖怪とは、人の心から出来たものなのだという。
人の恐怖だったり、恨みだったり、負の感情から生まれることが多い。
中でも最も多いとされるのは、恐怖から生み出される妖、こんなのがいたら怖いなぁとか、そういうものが積もりに積もって形になるのだと、彼は言っていた。
そんな彼はと言うと、呑気に茶菓子を出して、梅昆布茶を湯のみに注いでいる。
目の前に居る彼もまた、私が未だに信じられないでいる、妖だ。
でも、そんな不可思議で不確かな存在の妖怪と、私が同族になるとは、一ミリだって考えていなかった。
「もう、どうするのよ、これぇ…。」
そんな「楽園」に佇む屋敷の一室で、私は一人膝から崩れ落ちて号泣していた。
頭から生えた小さな角はいくら押さえようとも引っ込んでくれる様子はない。ぐったりと脱力しながらぐすぐすと鼻をすする私。
それを見るみずはは、なんとも複雑な面持ちだった。きっと、なんと声を掛けて良いかわからないのだろう。
「これじゃ、家にも帰れない…。もうどうしたらいいのー…。」
鬼と化してしまった私は、混乱状態に会った。
何故こんなことになったのか、正直私にもわからない。
鬼に金棒で殴られた所までは覚えているのだが、そこからの記憶はあるはずもなく、此処で生を全うし、長い眠りにつくのだろうと予想していた。
だが、現実は予想の斜め右を行く。
撲殺されたかに思われた私が目が覚めたのは、深い森の中だった。
目の前には安堵した様子のみずはが居て、助かったのか、と内心信じられない私がいたのを覚えている。だが、信じられないのは更にその後。
起き上がった私が、痛む頭を押さえた時に、頭に変な違和感を感じた。
何か硬いものが、頭から二つ生えているのだ。
「え、何これ…?」
ぺたぺたと頭のソレを触って、頭上にクエスチョンマークを浮かべる私に、みずはは、男のくせに何故か持っていた手鏡を私に渡す。
それを受け取って自分の顔を見た時に初めてそれがなんなのか分かって、絶句した。
二本の、角が、頭から生えているのだ。
それも恐らく、鬼のもの。
その時は本当に、夢でも見ているような気分で、何度も自分の頬を引っ張って夢かどうか確認したが、夢でないと気がついた時は、本当に再び倒れるかと思われる程に血の気が引いたのを覚えている。
そして、みずはの家のある隠世に来た今も、悪鬼の大きく強靭な角とは対照的に、控えめに伸びた角は、髪の間からひょっこり顔を覗かせていた。
「まぁ、落ち着くがいい。何をそんなに嘆くことがある。そやつらのお陰でヌシは今生きているのだぞ?」
「そやつらぁ…?」
みずはが指さす角を触る、そうやって触る度に、未だ消えることのない角にうんざりするが、これがなんだと言うのか。
「そやつらは元は鬼火。力の弱い妖だ。それ故に実体を持たぬ。だが、ヌシが死にかけているのを見かねて、そやつらがヌシの身体に取り憑いたお陰で、今ヌシはこうして息をしておる。命拾いしたというのに何を嘆くことがある。」
話を聞くに、私は、悪鬼に致命傷を与えられたあと、みずはに抱えられて山の奥まで逃げてきたらしい。だが、みずはは傷を治療する類の術は全く使えなかったらしく、頼る宛もないので、困り果てていた。
だが、そこに偶然現れた数匹の鬼火が、私の身体の周りに集まってきたのだという。
青い光を鈍く放つ鬼火は、人間の魂を強く好むらしい。人間には、妖の源となる負の感情そのものがあるからだ。鬼に襲われた直後の、負の感情でいっぱいだった私は、格好の獲物だったことだろう。
鬼火は数匹で集まり、死んだ生き物に取り憑くことによって、相手と一体化する代わりに、取り憑いたものを妖怪化させる。例外もあるが、多くは人間に取り憑き、その後鬼になるのだとか。
「まぁ、死んでおらんうちに取り憑かれたが故に、人間の匂いもするが、妖のにおいもする、所謂「半妖」と呼ばれる存在になってしまったのは、災難だとは思うがなぁ。」
「既に災難なのに、その、『半妖』? って存在だと更に悪いことになるの?」
絶望で泣き濡れた瞳に再び涙を浮かべながら、私はみずはの顔を見る。
これ以上の災難がまだあると言うのだろうか。
堪らないので勘弁してもらいたい。
みずはは、梅昆布茶が入った湯呑みを手に取り、湯呑みで手を温めながら何でもないように口にする。
「まず一つ、人間から半妖になったという話はそう聞かぬ。故に、普通の半妖とは匂いが違う。そう、例えるのならば、今のヌシは、妖から見れば、異常に霊力の強い人間。そんな風に見えるだろうな。」
「……そう見えたら何がいけないの?」
みずはは、梅昆布茶を啜っている。本当に聞いているのか。
緊張感の欠けらも感じられ無い。
「妖は、霊力の強い人間の娘を異常に好む。つがいにして、自分の妖怪としての格を上げることを考えるものもおれば、喰って己の力にしようと考えるものもおる。故に妖に大層好まれる体質になったということだな。最悪な意味でのモテ期到来というわけだ。」
「なにそのモテ期いらない!? って、待って…? てことは、運が悪ければまた、あの時みたいに死にかけることもあるかもってことなの……?」
「そういうことになるな。」
私はみずはの肩を強く掴んで前後に揺らしながら「何とかならないの!?」と問い詰める。
涙ぐみながら言ってはいるが、半分鬼となった身体のせいで、異常に力が強くなってしまっているらしく、みずはの頭はまるで振り子ように勢いよく揺れている。
はたから見れば、か弱い少女が泣きすがっている。というようには到底見えない事だろう。
「そう泣くでない。そしてそんなに勢いよく振るでない! 酔う!」
「だってだってだってだってさ!!!」
ぷつりと何かが切れた様に手を離して机に突っ伏する。絶望の淵に叩きつけられたような気分で、起き上がる気になれなかった。
「こんな姿になって、もう家族にも会えない上に、そんなのあんまりだわ…。」
来週から春休みが明け、3年生として一学期を迎えるはずだった。今日の晩ご飯はオムライスだと、お母さんが言ってたっけ。もう家にも帰れないのか、家族にも友達にも会えないのかと思うと、涙がこみ上げてきて止まらなかった。こんなよく分からない所に一人投げ出されて、どう生きていけばいいのかと、再び泣きじゃくる私に、みずはは、暫し狼狽えた後に、湯呑みを置いて。
「まぁ、我は元に戻す方法を知っておるがな。」
と、勝ち誇ったような顔をして、へらりと笑った。私は泣き濡れた目を丸くしてみずはを見る。
みずはに後光が指しているように見える。勝ち誇ったようなややムカつく笑などは今はどうでもいい。机から身を乗り出して、みずはの着物を掴みすがりつくようにして問いただす。
「本当!? 本当なの!?」
「ああ、本当だ。だから着物を引っ張るな。伸びるであろう。」
「なら今すぐ戻して! お願いします! 精霊様! 後生ですから!!」
「ま、まぁ待て。知っておるが、戻すにはそれには時間がかかるのだ。すぐには出来ん。」
みずはの声を聞き、しゅんと縮こまる私。
そんな私にみずはは、身を乗り出し。私の頭に手を伸ばした。突然の伸ばされたみずはの手にやや身がこわばるのを感じる。
「え、なになに。」
「じっとしておれ。」
みずはの手が、ぽふ、と私の頭の上に置かれる。私はみずはが一体何がしたいのかがわからず、不思議そうにするが、次の瞬間、たちまち、ポンとかるい音がして、煙が立った。
「わっ?! なになになにしたの!」
「うむ、取り敢えず、これで良いだろう。」
みずはが、私の背後に置かれた立ち鏡を指さした。私は、促されるままに振り返り、鏡に映る自分の姿を確認する。
すると、まず目に飛び込んで来たのは、ずっと気にしていた頭の角が綺麗さっぱりなくなっている頭だった。普通の人間だった頃と何も変わらない自分の姿に、私の表情は一気に華やいだ。
「角がなくなってる!!」
「変化の一種じゃ。取り敢えずはそれで我慢するが良い。あと、これも。」
「なにこれ?」
みずはが手渡してきたのは透き通るような綺麗な水がいっぱいに入った小瓶だった。
「山の天然の水に我が術を施したものだ。それを1日1回定期的に飲めば、人間に変化する効果を持続してくれるだろう。ただし、人間に見えるからとはいえ、ヌシの鬼としての怪力や霊力はそのままなのでな、力加減には気をつけるがよい。」
「ありがとうみずは! 流石は川の精霊様ね! 頼りになるわ!」
私は小瓶を大事に両手で持ちながら瞳をキラキラとさせた。
「調子の良い奴だなぁ…。」
みずははそう言って苦笑した後、重たい腰を上げて、私を現世に連れ帰ってくれた。
もうすっかり日は落ちて、私の住む町は、夜の暗闇に沈んでいたが、みずはが家のすぐ傍まで律儀にも送ってくれたので、心細くはなかった。
家に帰り着き、私はふかふかの布団に身を投げ出す。これからどうなるのか、全く予想できない。不安ではないといえば嘘になるが、考えても今日起こった出来事が消える訳では無い。
なので私は、深く考えないことにした。正直なところを話すと、今日はもう疲れきっていて、考える気力も湧いてこない。
私はそのまま、楽しみにしていた晩御飯も口にすることなく、疲れからくる強烈な眠気に誘われる様にして、深い眠りに落ちていった。
*
「言ってしまった~……。」
その頃みずはは、屋敷に戻り、縁側で晩酌をしながら大きくため息を吐いていた。
つい、見栄を張って、嘘をついてしまった。
「元に戻す方法をなど、我は全く知らぬと言うのに……。」
今日久しぶりに、自分のことが見える人間に出会って浮かれていたのかもしれない。
もしくは、あの小生意気な人間が、あんな顔をするものだから、つい、同情したか。
いや、おそらく本当の理由は
元はと言えば、原因は自分なのに、見捨てることができなかったからなのかも知らない。
そう、みずはは、確かに自己紹介で自分のことを魍魎と言った。それは嘘ではない。嘘ではないのだが、彼は普通の魍魎と違い、妖怪を引き寄せてしまう謎の能力を持っていた。それ故に人脈は広く、知り合いも多い。だが、まさかこんな形で、この能力に頭を抱える日が来るとは思いもしなかった。
だが、今はそんなことを嘆いていても仕方がない。元に戻すと言ってしまったからには、必ず、栞を元に戻す方法を見つけねばならなのだ。
魍魎は嘘はつくが約束は守る。みずはに限らず、昔から、妖怪の中で約束というものはそれほど重要なものなのだ。
「取り敢えず、過去の文献でも漁ってみるか…。」
こうして、みずはは、栞を元に戻す方法を探し始めるのだった。
あの世とこの世の狭間にある、妖達の楽園である。
表通りは妖怪で溢れ、なにかの祭りかと思われるほどに賑わいを見せている。そんな表通りから少し外れた位置に佇むこの屋敷にも、その賑やかな声は聞こえてきた。
しかし、今も、私は、にわかに信じられないでいた。
妖というものの存在を。
妖怪とは、人の心から出来たものなのだという。
人の恐怖だったり、恨みだったり、負の感情から生まれることが多い。
中でも最も多いとされるのは、恐怖から生み出される妖、こんなのがいたら怖いなぁとか、そういうものが積もりに積もって形になるのだと、彼は言っていた。
そんな彼はと言うと、呑気に茶菓子を出して、梅昆布茶を湯のみに注いでいる。
目の前に居る彼もまた、私が未だに信じられないでいる、妖だ。
でも、そんな不可思議で不確かな存在の妖怪と、私が同族になるとは、一ミリだって考えていなかった。
「もう、どうするのよ、これぇ…。」
そんな「楽園」に佇む屋敷の一室で、私は一人膝から崩れ落ちて号泣していた。
頭から生えた小さな角はいくら押さえようとも引っ込んでくれる様子はない。ぐったりと脱力しながらぐすぐすと鼻をすする私。
それを見るみずはは、なんとも複雑な面持ちだった。きっと、なんと声を掛けて良いかわからないのだろう。
「これじゃ、家にも帰れない…。もうどうしたらいいのー…。」
鬼と化してしまった私は、混乱状態に会った。
何故こんなことになったのか、正直私にもわからない。
鬼に金棒で殴られた所までは覚えているのだが、そこからの記憶はあるはずもなく、此処で生を全うし、長い眠りにつくのだろうと予想していた。
だが、現実は予想の斜め右を行く。
撲殺されたかに思われた私が目が覚めたのは、深い森の中だった。
目の前には安堵した様子のみずはが居て、助かったのか、と内心信じられない私がいたのを覚えている。だが、信じられないのは更にその後。
起き上がった私が、痛む頭を押さえた時に、頭に変な違和感を感じた。
何か硬いものが、頭から二つ生えているのだ。
「え、何これ…?」
ぺたぺたと頭のソレを触って、頭上にクエスチョンマークを浮かべる私に、みずはは、男のくせに何故か持っていた手鏡を私に渡す。
それを受け取って自分の顔を見た時に初めてそれがなんなのか分かって、絶句した。
二本の、角が、頭から生えているのだ。
それも恐らく、鬼のもの。
その時は本当に、夢でも見ているような気分で、何度も自分の頬を引っ張って夢かどうか確認したが、夢でないと気がついた時は、本当に再び倒れるかと思われる程に血の気が引いたのを覚えている。
そして、みずはの家のある隠世に来た今も、悪鬼の大きく強靭な角とは対照的に、控えめに伸びた角は、髪の間からひょっこり顔を覗かせていた。
「まぁ、落ち着くがいい。何をそんなに嘆くことがある。そやつらのお陰でヌシは今生きているのだぞ?」
「そやつらぁ…?」
みずはが指さす角を触る、そうやって触る度に、未だ消えることのない角にうんざりするが、これがなんだと言うのか。
「そやつらは元は鬼火。力の弱い妖だ。それ故に実体を持たぬ。だが、ヌシが死にかけているのを見かねて、そやつらがヌシの身体に取り憑いたお陰で、今ヌシはこうして息をしておる。命拾いしたというのに何を嘆くことがある。」
話を聞くに、私は、悪鬼に致命傷を与えられたあと、みずはに抱えられて山の奥まで逃げてきたらしい。だが、みずはは傷を治療する類の術は全く使えなかったらしく、頼る宛もないので、困り果てていた。
だが、そこに偶然現れた数匹の鬼火が、私の身体の周りに集まってきたのだという。
青い光を鈍く放つ鬼火は、人間の魂を強く好むらしい。人間には、妖の源となる負の感情そのものがあるからだ。鬼に襲われた直後の、負の感情でいっぱいだった私は、格好の獲物だったことだろう。
鬼火は数匹で集まり、死んだ生き物に取り憑くことによって、相手と一体化する代わりに、取り憑いたものを妖怪化させる。例外もあるが、多くは人間に取り憑き、その後鬼になるのだとか。
「まぁ、死んでおらんうちに取り憑かれたが故に、人間の匂いもするが、妖のにおいもする、所謂「半妖」と呼ばれる存在になってしまったのは、災難だとは思うがなぁ。」
「既に災難なのに、その、『半妖』? って存在だと更に悪いことになるの?」
絶望で泣き濡れた瞳に再び涙を浮かべながら、私はみずはの顔を見る。
これ以上の災難がまだあると言うのだろうか。
堪らないので勘弁してもらいたい。
みずはは、梅昆布茶が入った湯呑みを手に取り、湯呑みで手を温めながら何でもないように口にする。
「まず一つ、人間から半妖になったという話はそう聞かぬ。故に、普通の半妖とは匂いが違う。そう、例えるのならば、今のヌシは、妖から見れば、異常に霊力の強い人間。そんな風に見えるだろうな。」
「……そう見えたら何がいけないの?」
みずはは、梅昆布茶を啜っている。本当に聞いているのか。
緊張感の欠けらも感じられ無い。
「妖は、霊力の強い人間の娘を異常に好む。つがいにして、自分の妖怪としての格を上げることを考えるものもおれば、喰って己の力にしようと考えるものもおる。故に妖に大層好まれる体質になったということだな。最悪な意味でのモテ期到来というわけだ。」
「なにそのモテ期いらない!? って、待って…? てことは、運が悪ければまた、あの時みたいに死にかけることもあるかもってことなの……?」
「そういうことになるな。」
私はみずはの肩を強く掴んで前後に揺らしながら「何とかならないの!?」と問い詰める。
涙ぐみながら言ってはいるが、半分鬼となった身体のせいで、異常に力が強くなってしまっているらしく、みずはの頭はまるで振り子ように勢いよく揺れている。
はたから見れば、か弱い少女が泣きすがっている。というようには到底見えない事だろう。
「そう泣くでない。そしてそんなに勢いよく振るでない! 酔う!」
「だってだってだってだってさ!!!」
ぷつりと何かが切れた様に手を離して机に突っ伏する。絶望の淵に叩きつけられたような気分で、起き上がる気になれなかった。
「こんな姿になって、もう家族にも会えない上に、そんなのあんまりだわ…。」
来週から春休みが明け、3年生として一学期を迎えるはずだった。今日の晩ご飯はオムライスだと、お母さんが言ってたっけ。もう家にも帰れないのか、家族にも友達にも会えないのかと思うと、涙がこみ上げてきて止まらなかった。こんなよく分からない所に一人投げ出されて、どう生きていけばいいのかと、再び泣きじゃくる私に、みずはは、暫し狼狽えた後に、湯呑みを置いて。
「まぁ、我は元に戻す方法を知っておるがな。」
と、勝ち誇ったような顔をして、へらりと笑った。私は泣き濡れた目を丸くしてみずはを見る。
みずはに後光が指しているように見える。勝ち誇ったようなややムカつく笑などは今はどうでもいい。机から身を乗り出して、みずはの着物を掴みすがりつくようにして問いただす。
「本当!? 本当なの!?」
「ああ、本当だ。だから着物を引っ張るな。伸びるであろう。」
「なら今すぐ戻して! お願いします! 精霊様! 後生ですから!!」
「ま、まぁ待て。知っておるが、戻すにはそれには時間がかかるのだ。すぐには出来ん。」
みずはの声を聞き、しゅんと縮こまる私。
そんな私にみずはは、身を乗り出し。私の頭に手を伸ばした。突然の伸ばされたみずはの手にやや身がこわばるのを感じる。
「え、なになに。」
「じっとしておれ。」
みずはの手が、ぽふ、と私の頭の上に置かれる。私はみずはが一体何がしたいのかがわからず、不思議そうにするが、次の瞬間、たちまち、ポンとかるい音がして、煙が立った。
「わっ?! なになになにしたの!」
「うむ、取り敢えず、これで良いだろう。」
みずはが、私の背後に置かれた立ち鏡を指さした。私は、促されるままに振り返り、鏡に映る自分の姿を確認する。
すると、まず目に飛び込んで来たのは、ずっと気にしていた頭の角が綺麗さっぱりなくなっている頭だった。普通の人間だった頃と何も変わらない自分の姿に、私の表情は一気に華やいだ。
「角がなくなってる!!」
「変化の一種じゃ。取り敢えずはそれで我慢するが良い。あと、これも。」
「なにこれ?」
みずはが手渡してきたのは透き通るような綺麗な水がいっぱいに入った小瓶だった。
「山の天然の水に我が術を施したものだ。それを1日1回定期的に飲めば、人間に変化する効果を持続してくれるだろう。ただし、人間に見えるからとはいえ、ヌシの鬼としての怪力や霊力はそのままなのでな、力加減には気をつけるがよい。」
「ありがとうみずは! 流石は川の精霊様ね! 頼りになるわ!」
私は小瓶を大事に両手で持ちながら瞳をキラキラとさせた。
「調子の良い奴だなぁ…。」
みずははそう言って苦笑した後、重たい腰を上げて、私を現世に連れ帰ってくれた。
もうすっかり日は落ちて、私の住む町は、夜の暗闇に沈んでいたが、みずはが家のすぐ傍まで律儀にも送ってくれたので、心細くはなかった。
家に帰り着き、私はふかふかの布団に身を投げ出す。これからどうなるのか、全く予想できない。不安ではないといえば嘘になるが、考えても今日起こった出来事が消える訳では無い。
なので私は、深く考えないことにした。正直なところを話すと、今日はもう疲れきっていて、考える気力も湧いてこない。
私はそのまま、楽しみにしていた晩御飯も口にすることなく、疲れからくる強烈な眠気に誘われる様にして、深い眠りに落ちていった。
*
「言ってしまった~……。」
その頃みずはは、屋敷に戻り、縁側で晩酌をしながら大きくため息を吐いていた。
つい、見栄を張って、嘘をついてしまった。
「元に戻す方法をなど、我は全く知らぬと言うのに……。」
今日久しぶりに、自分のことが見える人間に出会って浮かれていたのかもしれない。
もしくは、あの小生意気な人間が、あんな顔をするものだから、つい、同情したか。
いや、おそらく本当の理由は
元はと言えば、原因は自分なのに、見捨てることができなかったからなのかも知らない。
そう、みずはは、確かに自己紹介で自分のことを魍魎と言った。それは嘘ではない。嘘ではないのだが、彼は普通の魍魎と違い、妖怪を引き寄せてしまう謎の能力を持っていた。それ故に人脈は広く、知り合いも多い。だが、まさかこんな形で、この能力に頭を抱える日が来るとは思いもしなかった。
だが、今はそんなことを嘆いていても仕方がない。元に戻すと言ってしまったからには、必ず、栞を元に戻す方法を見つけねばならなのだ。
魍魎は嘘はつくが約束は守る。みずはに限らず、昔から、妖怪の中で約束というものはそれほど重要なものなのだ。
「取り敢えず、過去の文献でも漁ってみるか…。」
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