男装従者と転生悪役令嬢の受難

高福あさひ

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「ノアくん、申し訳ないんだけど、お隣のアディンセルさんにこれを渡してきてくれないかしら?」
「はい、お任せください」
裏で勉強を見てあげていると、そう声がかかり中断してさっきよりも身なりを整え、ベルトに括りつけているものが見えないように裾を調整して外に出る。
「行ってきます」
外に出たので口調も変えて、帽子を目深にかぶって敷地を出た。
「お尋ねしたいのですが、この周辺にここ半年ほどでやってきた人間はいますか?」
お隣のアディンセルさんのもとへ向かっていると、そう聞こえてきた。思わず隠れてしまい、そっと物陰から窺っていると主様の配下の人間だった。私は気配を消してそっと店に戻り女将さんにしばらくここを離れることを話した。
「ここまで優しく置いてくださってありがとうございます。でも、もう行かねばなりません」
「ノアくん・・・」
「私の、私の名前はノア・オルブライト。このご恩は忘れません」
「オルブライトって・・・、あの・・・」
「私は仕えていた主様のもとを離れなければならず、こうして離れていたのですが、どういうわけか主様は私をお探しのようでした。ここの近くにももうすぐ調査員が来ます。どうかその時は包み隠さずここにいたことを話してください。そして私がいなくなったことも。必ず、またここに会いに来ます。急にいなくなることを許してくれとも言いません」
「何言ってんの。いつだってここにおいで、ノアくんの居場所はここだよ。うまく子どもたちにもその調査員とやらにも言っとくから早く行きな。これも持っていきなさい」
「いただけません!!」
「いいから、持っていきな。ちゃんと元気な姿を見せるのよ」
半ば追い出されるように裏口から出された。手元にはずっしりと重たいお金の入った袋と少しの服のつめられたカバン。女将さんはこうなることを予期していたんだと思うと、涙が溢れてきた。それでも、ここにも主様の配下の人間が来ると思うとゆっくりはできなかった。
「ごめんなさい、また、必ず」
カバンを肩にかけて鍛えられた技術をもってして足音を立てずに裏道を走り始めた。主様を忘れなければならない、その一心だった。


「今日は、野宿・・・だな」
「野宿?それはさすがに許せないな、ノア」
少し離れた場所で走った時の息の上がった身体を落ち着かせていると、真後ろから声がした。それも私がよく知っている声で。それもそうだ、だってこの声は、主様の声。

私が仕えていた、私のすべてを構成する人物であり、私が忘れることはできない人。

「あ、る、じさま・・・?」
恐ろしくて、錆びた蝶番のような音でもしそうなほど緩慢な動きで後ろを振り返った。
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