スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

文字の大きさ
1 / 78
プロローグ ~新しい人生の幕開け~

少女、アルル・ジョーカー

しおりを挟む
 
 
 どこまでも広がる草原のただ中に、一本の道があった。

 何年、何十年と草原を突っ切って王都へ向かう人たちがここを通り、土を踏み固められた人の道。

 道はやがて緩やかな傾斜を登りはじめ、小高い丘の上にある二つの岩山の間を通り抜ける。

 太陽が天頂へ至る頃、荷馬車の一団がここを通りかかった。
 彼らは王都へ向かう途中の商人たちで、荷馬車の数は十。一列になって崖の合間を進んでいく。

 一団の様子は華やかながらも、怪物モンスターや盗賊といった脅威に対する警戒を怠らず、可能な限りの対策を講じていた。

 移動はなるべく一丸となり、先頭と最後尾の馬車には見張り台を設けてある。護衛に雇われた男たちは幌の上で互いの背を合わせ、油断なく談笑を交わしていた。


「……」


 崖の手前、岩の影から双眼鏡で一部始終を覗く男がいた。
 盗賊だ。

 商人の一団を観察し終えると、男は隣に居た少女に声を掛ける。


「手はず通りにやれ。いいな?」
「……」


 返事はなかった。
 男はちら、と横目で少女を伺う。

 少女の年齢は十代前半くらい。
 動きやすいようにと、長い髪をひと房に結び、狩人のような装束を身に着けていた。
 その面持ちは幼い少女のものとは思えないほど固く、眼差しは強張る。
 大事を前に緊張していた。


「聞いているのか?」
「はい……」
「自分から言い出したんだ。しっかり働けよ、まったく」


 余裕なく返事をする少女の頭を小突き、男は自らの役割に戻る。


「ふう」


 ため息をひとつ。

 少女は己がやるべきことを全うすべく、岩陰から飛び出し、音もなく草地を駆け抜け、指定の位置へ。

 崖の麓、死角になるところに洞穴が穿たれ、手頃な岩石で蓋されていた。
 わずかな隙間から中を確認する。内側にある松明が煌々と照らし出すのは、細長い穴の中に犇めく三十もの醜い顔だった。

 人間の子供くらいの体躯に薄汚れた布を巻きつけた小鬼の怪物、ゴブリンだ。


「ギギイ……」


 棍棒を片手に今か今かと飛び出そうとする小鬼たちを見、
 そして、


「よっ、と」


 少女は仲間の合図を待たずに、行動を開始した。

 背負った雑嚢から取り出したのは、手のひらサイズの爆薬。慣れた手つきで点火し、蓋となっている岩石の下へ投げ込んだ。
 あとはもう振り返ることなく、荷馬車目掛けて全力で駆け出す。

 細い崖の谷間を疾走する小さな影。盗賊の男が異常に気づき、何らかのアクションを起こす前に爆発が起こった。
 蓋が吹き飛び、小柄な略奪者たちが解き放たれる。


「ギイイイイイイッ!」


 先頭の一匹が荷馬車の一団を補足すると、あとはなだれ込むようにそちら目掛けて一斉に走り始めた。
 こうなればもはや収拾はつかない。

 ゴブリンに気が付き、叫び声を上げる荷馬車の一団。見張りの男たちが銃を手繰り寄せるのと、荷馬車の操者が馬に鞭を入れるのはほぼ同時だった。

 ここは崖の合間の一本道。
 どれだけ馬車の速度を上げようと、後方の馬車は逃げ切れず、追いつかれる。

 最後尾の荷馬車に最初のゴブリンが接触した瞬間、阿鼻叫喚の地獄絵図が始まった。
 
 商人にとって不幸だったのは、敵はゴブリンだけではなかったことだ。


 ―――パァン。
 

 軽い破裂音が空に打ち上げられる。それが合図。

 少女の裏切りに困惑して出遅れた盗賊の男だったが、一瞬で我を取り戻し、岩影から飛び出して荷馬車に襲いかかる。

 谷間を抜け、道を外れて散り散りに逃げ出す荷馬車の一団。
 その一つに、少女の姿があった。

 谷間の混戦が始まる前にいち早く商人の乗っていない荷馬車を探り当て、幌の中へと飛び込んでいた。

 ガタガタ揺れる荷台の中を這うように移動して、必死の形相で馬を操る中年の男へ檄を飛ばした。


「おじさん、可能な限り飛ばしてください!」
「うわ、何だ! 誰だいあんたは! これに人は乗っていないはずなのにいつの間に!」
「ごめんなさい、でも今は!」
「あ、ああ、そうだ! 今はそんなことどうだっていい!」
「この先にある大きな街へ向かってください! そこで事情を話して保護してもらいましょう!」
「ああ、しっかり捕まっていてくれ!」


 言うが早いか、操者の男は馬に鞭を入れた。
 甲高い嘶きとともに、馬車の速度が上がる。


「おっとと」


 荷台の中を転がった少女は、振り落とされないようしっかりと身を伏せつつ、後方へ移動。

 幌の中からこっそりと辺りの様子を伺い、盗賊たちの追手がないことを認めて、


「ふふ」


 してやったりとほくそ笑んだ。

 少女は一世一代の賭けをし、そして勝利を手に入れたのだ。

 行きたいところ、やりたいこと、そのすべてが小さな胸の中で脈打つように膨らんでいく。

 少女、アルル・ジョーカー。十三歳。

 新しい人生の幕開けだった。
 
 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...