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1話 アルル・ジョーカー
受付嬢 リオン
しおりを挟む周囲を賑わす冒険者と打って変わって気品ある佇まい。
激務であろうことは間違いないのに、清潔感のある制服を着こなし、長い赤髪をばっちり編み込んで、一切の乱れなく己が業務に徹しています。
私を見て一瞬びっくりしたような顔をしましたが、さすがは才女。
すぐに営業スマイルを張り付け直して事務的対応に戻ります。
ただ、私を観察して思ったことは無視できないのでしょう。
「年齢をお聞きしても?」
「十三です。出稼ぎに出てくる年としては珍しくないのでは?」
「むくつけき肉体を持つ男性か、妖艶な美魔女のような女性であれば。女の子が一人でというのはなかなか」
「そうですか」
「うん。珍しいことだと思う、とっても」
深い色の瞳に顔や身体を見つめられ、若干恥ずかしくなってしまいます。
怪しい格好はしていないと思います。今の私は、どこからどう見ても出稼ぎにきた村娘です。
装いは地味目でそれっぽいのを取り繕い、伸ばしっぱなしだった髪も適当な長さに切り揃えておきました。
やましいことをして村から追い出されたかわいそうな娘、とでも思われていたら後々厄介ですが、おおよそその通りなので何も言い返せません。
小さく口元をすぼめていると、「こほん」と咳ばらいが聞こえてきました。
「失礼、不躾な質問でした」
受付嬢さんは手元に書類を用意します。
「それでは改めまして。君の担当を受け持つリオンと申します。よろしくお願いします」
「それじゃあ受け入れてもらえるので?」
不安げに訊ねると、リオンさんは少々困ったように眉尻を下げます。
「冒険者になりたいという人は皆、冒険者になれる。ここはそういう場所だから」
「試験とかは?」
「そういうのもないよ。本人のやる気次第かな。ただし、ギルドとしては定期的に人格査定を行いますので。ボロが出ないように注意してね?」
「何故厄介者前提で話を進めていやがりますか、失礼な」
「あ、っと。まあ、それくらい珍しいということで」
リオンさんははにかみ笑顔で誤魔化して、書類の説明を始めます。
〝冒険者登録シート〟と名付けされたこれに必要事項を書き込めば、もうそれで良いとのこと。
文字の読み書きは一通りできるので、借りたペンにインクを染み込ませ、着々と項目を埋めていきます。
「私のようなのは都会にはいないので? それこそここにはいろいろな人がいるでしょう? 中には生活が立ちいかなくなった方が居てもおかしくないのでは?」
後ろの雑踏に耳を傾けつつ、訊ねてみます。
「ええ、まあ。貧困民は一定数いるけれど。子供が家から追い出されてしまうこともしばしば。けれど、そういう子供を保護するための施設もまた、この街にはあるんだよ」
「教会とか?」
「そうだね。ただ……そういう施設を出てから、ここへ来る人も結構」
どことなく浮かない口調です。
「難しい話なんだよ。正直、君のような子供を送り出すのは複雑な気持ちでいっぱいなの」
「書けました」
「はい、結構。えーと、アルルさんね。へえ、出身は〝遊牧の村〟なんだ。話にしか聞いたことないけど、穏やかでいいところだよね?」
「何もないところでした」
「ふふ、それもそっか。……あれ、でもあの村って確か、少し前に怪物に襲われて……」
「え、ええ! はい! そうなのです!」
焦りで声が上ずってしまいました。
これはまずい、取り繕わなくては。
そう思うあまり、目を泳がせて挙動不審に陥るのが私という女でした。
「まあ、その、そういうわけでして……。それでしばらくは皆、身を寄せ合い生きていたのですが、そのう……限界がありまして。動ける者は動けるうちに動くべきだと」
「そういうことか……。うん、分かったもういいよ」
今回は良い方向に転がったようで。私は、ほっと胸を撫で下ろします。
リオンさんは話を切り上げて、登録シートの内容を逐一確認しつつ、手元で何やら細かい作業を始めました。
「ではこちらを」
一分後に手渡されたのは、楕円形をした鈍い銀色の小板でした。
首から下げることができます。
「これは?」
「冒険者としての身分証、かな? 色や形が冒険者としての等級を表していて。それから万が一の時、身元を照合するときにも使うものなの」
「等級?」
「そ。一から十まで、強さや経歴なんかに合わせて十段階。冒険者は誰しも最初は十級からスタートなの」
「ほう」
私は納得の頷きを返します。
認識票を首から下げ、書かれた小さな文字に目を通します。
「さっき言った通り、ギルドから定期的な能力査定があって、遂行した依頼の数や内容、社会貢献度などによって進級していくの。滅多にないけど、場合によって降格もあるので。無くさないようにしてね」
リオンさんは悪戯っぽくウインクします。
つまり、無くすと降格する可能性がある、と。
しっかりしまっておいた方が良さそうです。
「等級に見合った特権もつくから、冒険者としてやっていくのならひとまず進級を目指すのが基本かな。競争相手多いから案外大変だと思うけど?」
なんだか焚き付けるような言い方です。
「んー……。少なくとも私は、しばらく安全なところで冒険させてもらうつもりですが」
「あら? ……ふふ、賢明ね」
リオンさんは一度驚くと、すぐに表情を崩し、ころころと微笑みました。
だいぶ心配されているようで。
ただ、「偉いぞ」と頭を撫で回されるのは、やり過ぎな気がします。
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