22 / 78
2話 捕食者を喰らう者
対スライム用決戦兵器
しおりを挟む「もうお家に帰りたいぃ……」
幼子のように弱音を吐きつつ、地下水道をひた走ります。
脇道から主要路に戻り、クランさんたちの足取りを追います。
私たちがこうして不測の事態に襲われたのです、彼らも無事であるとは限りません。
危険な目に遭っているかも知れず、だからこそ救出隊のメンバーに私が加わっていることは間違い以外の何物でもないのです。
「私なんかいても役に立たないのに……」
「そうでもありません」
どこまでも冷静な声でそう否定するのは、先を行く神官の女性でした。
「先の一戦、短いながらも拝見いたしました。あなたの勇気がなければ彼女は助からなかったでしょう」
「これのこと?」
背負っているお掃除兵器〝クリーナー〟を指さします。
確かにこれの性能がなければ、私もスライムに溶かされお陀仏でした。
「ふむ。風圧によって核を吹き飛ばすもよし、体組織を吸引して核を剥き出しにするもよし。良く考えられた対スライム用決戦兵器です。良い物をお持ちで」
「単なるもらい物の掃除用具なんだけど?」
過大評価も良いとこ。
まあ、しかし、巨大スライムに対して有効なのは確かでした。
「ところであの。私はアルルと言います。先程は危ないところをどうも」
「いいえ、礼には及びません。食事のついでです」
……はい? 食事?
「えっと、さっきの倒したんですよね? 一体どうやって?」
「普通に捕食しただけです」
「は?」
捕食、と言いましたか、彼女……。
え、なに、食べたってこと? 鉄をも溶かすスライムを?
そういえば先程、冒険者の男性から〝スライムイーター〟と呼ばれていましたけれど……。
まさか、と思います。
本当に読んで字の如く、〝捕食者を喰らう者〟?
さっきのスライム、食べたんですか?
「奴らの体組織は水分を基本としたゼリー状でできているので、のど越しよく吸い込めてしまえるのです」
「……」
彼女が何を言っているのか理解するまで、少し時間がかかりました。
「ええと、つまり……。さっきのスライムはあなたの口の中に吸い込まれて?」
「今はここに」
何事もないような面持ちで、ぽっこり膨れたお腹を擦ります。
どこか満足気です。
「……いや、ちょっと待って」
混乱してきました。
が、つまり、見間違いではなかったのです。
あの時私には、飛びかかってくる巨大スライムがまるで彼女に吸い込まれたように見えました。
何をどう間違えれば、華奢な神官の女性が強大な怪物をひと呑みにできるというのでしょう?
あまりに馬鹿げたその見間違いを、あろうことか彼女は肯定してしまったのです。
「うそぉ」
「本当です。神官は嘘を吐きません」
「そんなこと一体どうやって? あのスライム、鉄でも何でも溶かしてしまったのに」
「わたし、胃袋が丈夫なので」
そんな滅茶苦茶がまかり通って堪りますか!
「冗談ではありません。すべては女神様の祝福による恩恵なのです」
「そんな馬鹿なことがあるわけ……」
やや憮然と否定から入る私に対し、リンネさんはどこまでも平然と、事の絡繰りを語ります。
「幼い頃から何でも食べる子でしたわたし。そうしないと生きて行けなかったのです。とある日のこと。飢えと渇きに悶え苦しむあまり、初めて教会を訪れました。もしかしたら食べ物を恵んでもらえるかも知れない。反面、孤児として保護されてしまうかも。極限の賭けでした」
「保護してもらえば良かったでしょうに」
「当時は周り全てが敵でしたから」
そういうものなのでしょうか。
そういうものなのでしょうね、たぶん。
「時刻はちょうどお昼過ぎ。食堂に放置されていた食べかけのパンを盗んで一目散に逃げ出したわたしは、そこで初めて女神様とお会いしました」
「は? ああ、いや、聖母像ね。びっくりした」
「女神様です」
「ああ、はいはい」
「神々しくも慈愛に満ち溢れた笑みに触れ、わたしは立ち尽くしました。止め処なく涙を流しながら、食べかけのパンを捧げて一心不乱に祈ったのです。どうか、何でも食べられる丈夫な胃をください、と」
「そこは焼きたてのパンを望むべきなんじゃないの?」
「そんなもの、一つ食べたら終わってしまうでしょう? 一度きりの快楽に身を委ねてはいけません。先々のことを考えて行動せねば」
「女神様に会って感銘を受けたわりに、せせこましくない?」
「人間、謙虚な心を忘れてはいけません」
「盗んだパンを供物に捧げる幼女のどこが慎ましやかなの?」
「……かくして、わたしは何でも食べられるようになりました。残飯だろうと、血の滴る生肉だろうと、スライムだろうと、おいしくいただくことができます」
あ、話逸らしましたね。
「身に余る祝福に報いるため、我が生涯を女神様に捧げることを決意し、そのまま修道女に。おかげで今は日に三食しっかりいただくことができます。女神様に感謝です」
「んー、何かズレてるような気がする……」
軽く頭痛がしてきました。
さすがに彼女の正気を疑いたくなります。
飢えと渇きを理由に何でもかんでも捕食して栄養に変えて生きてきたから、あらゆる毒や酸の類は通用しないなんてこと、普通あるはずありません。
しかし、目にしてしまった現実は覆しようがなく。
まさか本当に、彼女自身が女神様より寵愛を受けた、神の愛娘とでもいうのでしょうか。
「それって……、もしそうだとしたら」
なんて酷い内容の祝福でしょうか、コメントし辛い……。
まあ、彼女が幸せだというのならそれで構いませんが。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる