スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

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2話 捕食者を喰らう者

対スライム用決戦兵器

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「もうお家に帰りたいぃ……」


 幼子のように弱音を吐きつつ、地下水道をひた走ります。
 
 脇道から主要路に戻り、クランさんたちの足取りを追います。

 私たちがこうして不測の事態に襲われたのです、彼らも無事であるとは限りません。

 危険な目に遭っているかも知れず、だからこそ救出隊のメンバーに私が加わっていることは間違い以外の何物でもないのです。


「私なんかいても役に立たないのに……」
「そうでもありません」


 どこまでも冷静な声でそう否定するのは、先を行く神官の女性でした。


「先の一戦、短いながらも拝見いたしました。あなたの勇気がなければ彼女は助からなかったでしょう」
「これのこと?」


 背負っているお掃除兵器〝クリーナー〟を指さします。
 確かにこれの性能がなければ、私もスライムに溶かされお陀仏でした。


「ふむ。風圧によって核を吹き飛ばすもよし、体組織を吸引して核を剥き出しにするもよし。良く考えられた対スライム用決戦兵器です。良い物をお持ちで」
「単なるもらい物の掃除用具なんだけど?」


 過大評価も良いとこ。

 まあ、しかし、巨大スライムに対して有効なのは確かでした。


「ところであの。私はアルルと言います。先程は危ないところをどうも」
「いいえ、礼には及びません。食事のついでです」


 ……はい? 食事? 


「えっと、さっきの倒したんですよね? 一体どうやって?」
「普通に捕食しただけです」
「は?」


 捕食、と言いましたか、彼女……。

 え、なに、食べたってこと? 鉄をも溶かすスライムを? 

 そういえば先程、冒険者の男性から〝スライムイーター〟と呼ばれていましたけれど……。

 まさか、と思います。

 本当に読んで字の如く、〝捕食者を喰らう者スライムイーター〟? 
 さっきのスライム、食べたんですか?


「奴らの体組織は水分を基本としたゼリー状でできているので、のど越しよく吸い込めてしまえるのです」
「……」


 彼女が何を言っているのか理解するまで、少し時間がかかりました。


「ええと、つまり……。さっきのスライムはあなたの口の中に吸い込まれて?」
「今はここに」


 何事もないような面持ちで、ぽっこり膨れたお腹を擦ります。
 どこか満足気です。


「……いや、ちょっと待って」


 混乱してきました。

 が、つまり、見間違いではなかったのです。

 あの時私には、飛びかかってくる巨大スライムがまるで彼女に吸い込まれたように見えました。

 何をどう間違えれば、華奢な神官の女性が強大な怪物をひと呑みにできるというのでしょう?

 あまりに馬鹿げたその見間違いを、あろうことか彼女は肯定してしまったのです。


「うそぉ」
「本当です。神官は嘘を吐きません」
「そんなこと一体どうやって? あのスライム、鉄でも何でも溶かしてしまったのに」
「わたし、胃袋が丈夫なので」


 そんな滅茶苦茶がまかり通って堪りますか!


「冗談ではありません。すべては女神様の祝福による恩恵なのです」
「そんな馬鹿なことがあるわけ……」


 やや憮然と否定から入る私に対し、リンネさんはどこまでも平然と、事の絡繰りを語ります。


「幼い頃から何でも食べる子でしたわたし。そうしないと生きて行けなかったのです。とある日のこと。飢えと渇きに悶え苦しむあまり、初めて教会を訪れました。もしかしたら食べ物を恵んでもらえるかも知れない。反面、孤児として保護されてしまうかも。極限の賭けでした」
「保護してもらえば良かったでしょうに」
「当時は周り全てが敵でしたから」


 そういうものなのでしょうか。

 そういうものなのでしょうね、たぶん。


「時刻はちょうどお昼過ぎ。食堂に放置されていた食べかけのパンを盗んで一目散に逃げ出したわたしは、そこで初めて女神様とお会いしました」
「は? ああ、いや、聖母像ね。びっくりした」
「女神様です」
「ああ、はいはい」

「神々しくも慈愛に満ち溢れた笑みに触れ、わたしは立ち尽くしました。止め処なく涙を流しながら、食べかけのパンを捧げて一心不乱に祈ったのです。どうか、何でも食べられる丈夫な胃をください、と」
「そこは焼きたてのパンを望むべきなんじゃないの?」
「そんなもの、一つ食べたら終わってしまうでしょう? 一度きりの快楽に身を委ねてはいけません。先々のことを考えて行動せねば」

「女神様に会って感銘を受けたわりに、せせこましくない?」
「人間、謙虚な心を忘れてはいけません」
「盗んだパンを供物に捧げる幼女のどこが慎ましやかなの?」
「……かくして、わたしは何でも食べられるようになりました。残飯だろうと、血の滴る生肉だろうと、スライムだろうと、おいしくいただくことができます」


 あ、話逸らしましたね。


「身に余る祝福に報いるため、我が生涯を女神様に捧げることを決意し、そのまま修道女に。おかげで今は日に三食しっかりいただくことができます。女神様に感謝です」
「んー、何かズレてるような気がする……」


 軽く頭痛がしてきました。
 さすがに彼女の正気を疑いたくなります。

 飢えと渇きを理由に何でもかんでも捕食して栄養に変えて生きてきたから、あらゆる毒や酸の類は通用しないなんてこと、普通あるはずありません。

 しかし、目にしてしまった現実は覆しようがなく。

 まさか本当に、彼女自身が女神様より寵愛を受けた、神の愛娘とでもいうのでしょうか。


「それって……、もしそうだとしたら」


 なんて酷い内容の祝福でしょうか、コメントし辛い……。
 まあ、彼女が幸せだというのならそれで構いませんが。

 
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