スライムイーター ~捕食者を喰らう者~

謎の人

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4話 捕らわれの姫君

最悪の展開

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 少しの間言葉を忘れます。


「……冗談でしょ? 王都に居る人たち全員が釣りの餌にされているってこと?」
「いいえ、そうとも言えません。都に住む人間にとってそれは周知の事実ですから」
「好き好んで危ない場所に住んでいるってこと?」


 王都に住む人たちの正気を疑いました。

 しかしリンネさんは、「無理もないことかと」と一部理解を示します。


「前回の魔神王復活は二百年前。伝承によって語り継がれているのであって、実際に目にした人間など存在しません。長命な種族は別ですが。要するに、人間にとっては天災の類であり、実感に乏しいのです」
「だからって……」


 すんなりと納得できませんでしたが、考えてみれば私の住んでいる水の街にも同じことが言えました。

 大雨のたびに洪水になると分かっていても、人は豊かな川の岸辺に村を作るものなのです。


「都に住む者の大半は上級冒険者か、相応の修練を積んだ衛兵、または名のある武人です。もしくは、彼らに守護された位の高い商人や貴族など。腕に自信がないものは、王都に入ろうとしたところで門前払いされます」
「なるほど、危険な分だけ敷居を高くしてあるんだ?」
「アクアマリンはある意味関所でもあるのです。あの街で冒険者として名声を上げ、ギルドからの推薦を受け、認められて初めて王都へ入ることが許されます」


 こうしておけば、王都には自然と力のある者たちが集結することになり、いつともしれぬ魔神王との戦いに備えることができる、と。

 そんな仕組みになっていたとは思いもしませんでした。


「魔神王にとっての好機は、我々にとっても同じなのです。彼の者が復活して間もない内に最大戦力を持って叩き潰してしまうのが一番の良策と言えるでしょう」
「なるほど……って、ちょっと待てよ」


 思考が一瞬固まります。

 もしそうだとすると、今のこの状況はまずくありませんか?


「だってもう魔神王は復活してて、着々と侵攻の準備を進めていて」
「そして王都はまだ気づいていないと思われます」
「まずいじゃないの!」
「いいえ。たとえ不意を突いたところで、王都側の持つ圧倒的な戦力差が覆ろうはずありません。あの場所には、それこそ人類の最大戦力が結集していますから」


 人間側の有する数の力に物を言わせれば、復活したばかりの魔神王など畏れる存在ではないと、リンネさんは繰り返します。


「故に、魔神王は策を弄しました。姑息で賢しい、実に人間らしい策略を」


 一拍のち、例のトンネルのことを言っているのだと気が付きます。

 水の街まで続いていたあのトンネルを利用して怪物を人知れず地下に配置し、合図とともに一斉に蜂起したのだとすれば……。

 水の街はなすすべなく蹂躙されてしまうでしょう。

 そして、惨劇はそれだけに留まりません。

 水の街が怪物に占拠されれば、王都は挟み撃ちにされてしまい、消耗戦を強いられることになります。

 如何に人類側が有利と言えど、これは……。


「この事実を知っているのは、わたしとアルル様だけです」
「何としてもここから出ないと!」


 こうしてはいられないと、私は勢いよく立ち上がります。

 のんびり構えている場合ではありません、文字通り人類のピンチです。

 魔神王と戦え! などと現実味のないことをいくら言われようと心に響きませんが、今回の悪だくみに関しては奇しくも当事者。
 放っては置けません。

 しかし、リンネさんはどこまでも冷静に判断を下します。


「事を急いではいけません」
「でも!」
「今の我々がどう足掻こうと、この城から出ることすら難しいでしょう」
「……」


 それは動かしようのない事実でした。

 言葉静かに諭され、ペタンと座り込みます。


「じゃあどうしたら?」
「まずは協力者を増やしましょう。わたしは地下の娘たち。アルル様は王都の姫君に」
「でも彼女たちじゃ役に立つかどうか」


 お姫様はもちろん、地下の捕虜たちも私たちと大して状況は変わらないように思います。

 きっと彼女らも同じようにお姫様のお世話を命じられたはず。

 それが今は独房に戻され、処刑されるのを待つばかりといった面持ちで身を寄せ合っている。
 
 ということはつまり、そういうことなのでしょう。

 彼女たちは失敗したのです。


「最悪の展開を考えましょう、アルル様」
「最悪、というと……王都と水の街が魔神王によって襲撃されること?」 
「ええ。そして、そのことを誰も知らないことです。逆に、この情報さえ伝われば、我々は安心して逃げ隠れすることができるのです」


 逃げ出すんかい。
 
 
「そこは戦いなさいよ、第二級冒険者でしょ!」
「人には向き不向きがありまして」


 リンネさんは咳払い一つで話をはぐらかします。


「要するに、情報伝達の担い手を増やそうという作戦です。心配しなくとも、彼女らが女である以上、外に出られる可能性は必ずあります」
「そんなことって」
「あるのです」


 力強い断言でした。

 その時リンネさんが薄らと浮かべた微笑みの持つ不気味な迫力に、私は反論の言葉を飲み込んでしまいました。


「よく分かんないけど。とりあえず言う通りに」


 神妙な心持ちで頷きを返します。
 
 
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