32 / 70
2話 しぐれの友愛
強くなろう、一緒に
しおりを挟む「体を鍛えるって言ったって、わたしそういうの苦手だしっ」
まりあの提案は的を射ている。
確かにシンプルな解決方法だ。
理不尽な暴力に力で対抗し、真っ正面から捩じ伏せる。
どう考えてもそんなことができるわけがなかった。
引っ込み思案で運動音痴なしぐれには、とてもではないが体育会系特有の激烈な肉体改造なんてできるとは思えない。
「それにわたし、女の子だし……」
この提案はあまりに突拍子がない。
的を射た勢いのまま、的板を貫いてとんでもないところまで飛んで行ってしまっている。
おずおずと並べ立てられた反論を、しかし「大丈夫!」のひと言で一蹴して、まりあは夜空のような瞳にお星さまを煌めかせた。
「正しいトレーニングを積み重ねれば、きっと女の子だって筋肉モリモリマッチョマンになれるわ!」
「いや、そういうことじゃなくてね?」
実現可能か不可能かはひとまず放り投げて、そんな変態に成り下がるのはごめんだ。
「ふっふっふ。実はとっておきの魔法のアイテムがあるの」
「え、魔法?」
そのキーワードに、しぐれは敏感に反応する。
何が出るかと緊張の面持ちで見守る中、弁当入れの袋からまりあが取り出したのは、白色のスクイズボトルだった。
「じゃーん。中身はプロテインです!」
「どうしてそんな物を持ち歩いているの?」
「もうね、トレーニングの後に飲むと最っ高なんだよっ」
嬉々としてボトルを掲げるまりあに、疑問を抱いて小首を傾げるも、返ってくるのは答えにならないものばかり。
プロテインがどれほど素晴らしき飲み物なのか、その効果のほどは如何ほどか、しばしご高説を聞かされる。
「ささ、しぐれちゃんも飲んでみて飲んでみて」
「え、わ、んっぐ。……あ、おいしい」
不意打ち気味に優しい手つきで吸引口を押し入れられ、しぐれは困惑のままに、ごくりとひと口喉に流し込む。
抜けるような爽やかな甘さ。
胸に広がる清涼感。
確かに意外と悪くない感じがする。
「ね、おいしいよね。これ飲んで身体動かすともうすごいんだから」
「へえ、そうなんだ……。あ、本当だ。身体がぽかぽかしてきたかも」
「ね? 運動したくなるでしょう?」
嬉しそうにはしゃぐまりあは、続いてトレーニング雑誌を取り出して広げてみせる。
「ほら見て、女性のボディービルダーだよ」
「なんか、勉学に必要ないものが次々と……。わ、でもすごい」
見開きの紙面に視線を落としたしぐれは、小さな驚きを顕わにする。
そこには、しぐれの知らない世界があった。
女に生まれ、筋肉に恵まれない身でありながら、女性モデルの肉体は美しく引き締まり、皮膚一枚下の筋肉は見事に隆起して、筋肉美を作り上げている。
何より、そのモデルが見せる笑顔は自信に満ち溢れていた。
「かっこいい……」
気づけば、思ったことがそのまま口から零れていた。
はっとして口元を押えるしぐれに、まりあはにやり、と笑いかけてくる。
「……」
まりあが見せる笑顔には、モデルと同じくらい見る者を惹き込む魅力があって。
しぐれは気恥ずかしいのも忘れて、じっと魅入っていた。
「ね? 良いでしょ?」
「……え? ああ、うん。素敵だね……」
「うんうん、しぐれちゃんは話が分かるね。見て。この綺麗に割れた腹筋、惚れ惚れするよねえ……。私の理想なんだぁ」
「理想? これが?」
「そう! 私、絶対にこの人よりも強くて美しい身体を作り上げて見せるの!」
「……。女の子、なのに?」
「そんなの関係ないよ。やりたいからやるの」
「だって、そんな。周りから変な目で見られたりとか……」
「そうかな? かっこよくなあい? こうなりたいって思うでしょう? だから頑張るんだ、私」
「……」
しぐれはそれ以上、反論が出て来ない。
不思議と、まりあの気持ちは分かる気がした。
他ならぬしぐれ自身が、今その気持ちを体験している。
何物にも捕らわれず、ただただ自分が思い描くままに行動する。
周りを気にして、雁字搦めになって、少しも動けずにいるしぐれとは対極にいて。
どこまでも明るく、輝かしい存在。
こうなりたいと、確かな憧れを抱いた。
「だからさ、しぐれちゃん。一緒にトレーニングしない? きっと強くてかっこいい、新しい自分になれるよ」
「強くて、新しい自分に……?」
なれるわけがない。
頭の中はすぐに否定の言葉で埋め尽くされる。
けれどもし、そうなれたら。
まりあと一緒に強くなれたら。
「そうしたらもう、いじめられなくなるのかな……。また友達出来るかな……。もう一人で寂しい想いをしなくて済むのかな……」
例えようのない熱い想いが、しぐれの瞳を潤ませる。
頬を伝う涙を人差し指で優しく拭って、まりあは眩しい笑顔で応えてくれた。
「なれるよ。もう私がいるじゃない」
「まりあちゃん……っ!」
もう我慢することなんてできなかった。
しぐれはまりあの胸に飛び込み、昨日以上に泣きじゃくりながら、差し伸べられた手を強く握った。
揺るぎない自分の意志で。
「強くなろう、しぐれ。一緒に」
「わたし、なんかじゃ、足手まといになるかも……っ」
「大丈夫。またいじめられそうになったら助けてみせるから」
「まりあちゃん……」
至極単純な話だ。
まりあはしぐれを馬鹿にしない。
いじめない、裏切らない。
だから、まりあの方がいい。一緒に居たい。
その気持ちは間違いなんかじゃないし、誰かに否定されるようなものでもない。
想いを吐き出しながら、ふと最初の出会いをやり直したいと思った。
言ってもらって、やってもらって。
もらってばかりでは、まりあの友愛に応えることはできないから。
「あの、まりあちゃん。わたしと友達に……」
返事は分かり切っている。
それでも全身が熱くなった。
ぎゅっと目を瞑り、なけなしの勇気を振り絞る。
しぐれが小さな一歩を踏み出そうとした、その時だった。
「そうはさせないよ」
二人の間に、白銀の小さな獣が割って入った。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる