悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 音月

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3、そして俺は誘拐される。

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大丈夫かそんな震えるほどショックだったのかと、驚いて目を見開くと。

「……ネチョネチョって、フフッ……お願い、笑わせないで。」

笑っていたようだ。おい。
心配して損したこいつ笑ってる場合か!
ハヴィの眼圧に小さく肩を震わせていたアンセルが、我に返るように咳払いをした。

おいおい、お前こんな状況なのにコイツ余裕だな。
思わずアンセルをギッと睨みつけた。

アンセルが笑いを堪えようと動くたび、短くなったザンバラの髪が自分の頬をくすぐる。
揺れる髪の毛をじっと見つめているハヴィに気が付き、エメラルドのような深い色したグリーンの瞳が向けられていた。

整った鼻筋に薄く小さめの唇。
誰がどの角度から見ても、アンセルは美人だ。
少し垂れた瞳を装飾するように、髪の色と同じ色した長いまつ毛がキラキラと光を反射する。

ちっ、ムカつくぐらい綺麗な顔だな、とハヴィはアンセルから視線を逸らす。
口を尖らせ見つめられた優しい瞳が眩しく思えたから。

「アンセル・ストーン!お前には失望した。私との婚約を破棄し、速やかにこの国から追放する!」

沈黙を破る様に突然叫び出す王太子にハヴィは顔を上げた。
……は?追放……!?
何を言い出した?こいつ本当に。

追放という言葉に、その場に空気だった人達もザワザワとしだし、再び会場の空気が冷えていく。
今まで黙って聞いていた人達も、流石にこれは何かおかしいと口々に王太子に対しての視線が変わった。

そんな空気に俺は小さく舌打ちをした。
このままではマズイ。
王太子のバカが露見しただけではなく、バカが自分はこれほどまで愚かな人間ですと宣伝している状況。
このままでは自分が国外へ逃げる前に、他の貴族も逃げ出すのでは。
もうあの王子はだめだ逃げるなら国が破綻する前に、なんて何の未来を心配してか思考がグルグルと渦巻いていた。

「……そうですか。」

何とかしようと悩むハヴィを他所に、アンセルが静かに呟く。
そしてなんだかアンセルの少し口元が綻んだ様に見えた。

「ん?」

「それが決定なのであれば、謹んでお受けします。」

「は!?」

何が何だかパニックなハヴィをギュッと抱きしめたまま、アンセルが王太子に向かって綺麗にお辞儀した。
ハヴィを前に抱えたまま、ハヴィごとお辞儀をしたので、全く身動きできなくなってしまう。
というか何この強制お辞儀!?
思ったより力が強く、ピッタリとぬいぐるみのように抱き抱えられている様で、少しも抵抗ができない。
自分が無駄な抵抗している間に、話はどんどんと進んでいく。

「ならばすぐにここから立ち去れ!アンセル!」

何とか顔だけ上に向けると、勝ち誇った顔でこちらを指差す王太子が目に入り、思わず芽生える苛立ち。
こちらに向けられているその指をスパンと切り落としたい衝動に駆られるハヴィを他所に、アンセルは俯いたまま微動だにしなかった。

「……わかりました。」

しばらくの沈黙の後、頭を下げたままアンセルが答えた。
勝利を確信してか得意げに顎を突き出し、ニヤニヤと気持ち悪く笑う王太子に今度は殺意が湧いてきた。

どうせこの国に未来がないならここでこいつを殺してもいいとさえ思えてくる。
この騎士団に団長以外で自分を捕まえられる奴もいないだろうし。
この状態ならきっと誰も悪くないで終わってくれそう、なんて。
動きづらい手を動かし、腰に刺した愛剣に再び手をかけようとしたらすぐに、その手をアンセルに叩き落とされた。

「いッ」

思い切り叩き落とされ、いい音が響く。
痛い手もさすれぬほど強い力で拘束されているのがいい加減イラついてきた。
ガバッとアンセルを見上げると、先ほどの緩んだ口元が目に入りギョッとした。
何で、お前……え?
こんな顔、見たことがない。
長い間一緒にいるけど、こんなに扇状的なアンセルを見たことがなかった。
驚くハヴィを置いて、物語はどんどんと進んでいく。

「……最後にひとつよろしいでしょうか?」

ハヴィが呆気に取られている間に、アンセルは変わりない声色で話が続く。
お辞儀したままのアンセルに勝利を核心しているのか、妙に得意げな王太子が気分良さそうに『なんだ?言ってみろ』と言った。

頭を下げたまま微動だにしないが、ふとアンセルが満面の笑みを浮かべた。
いつものお人形のような綺麗な微笑みじゃなく。
さっきの顔とはまた別で、ものすごい嬉しそうに。
なんというか、見たことないような顔で、笑っていた。

「一つだけ私物をこの国から持ち出してもよろしいですか?」

ゆっくりと顔を上げながら、綺麗に微笑むアンセル。
さっきの笑いは気のせいだったかのような、いつもの綺麗な微笑みを浮かべて。
一歩一歩となぜか俺を抱えたままの状態で、王太子に近寄っていく。

ちゃんと立つと王太子より身長が高いので、王太子もアンセルの迫力に狼狽える。

「あ、ああ、構わないぞ。私物ならいくらでも持っていくがいい!」

まるで捨て台詞のように、唾を飛ばしながら大きな声でそういった。
汚ねえな、こっちは身動きできないんだから、かかったらマジで切り落とすぞの勢いで顔を上げたが、王太子はこっちを見ていない。
微笑むアンセルを見つめ、得意げに顎を突き出していた。

『ありがとうございます。』と答えると、アンセルは素早くハヴィを肩に担ぐと、一目散に出口に向かって走り去った。

「……は?」

一瞬の出来事だった。
理解できてないのはハヴィだけではない。
その場にいる人々全員が呆気に取られたのだ。

そんな中軽々とハヴィを抱えたアンセルは、あっという間に人々の前からいなくなった。
途中でシセル団長を呼びに行っていたオルトとすれ違ったけど。

通りすがる時思わずオルトに手を伸ばしたのだけど、指先さえ触れることも叶わなかった。
そしてあっという間にオルトの姿は見えなくなり、景色は外に。
シセル団長が自分に向かって何かを叫んでいる気がしたが、もう覚えていない。

気がつくと船の上だった。
そしてハヴィの手にはトロピカルジュースが握られている。
あの、傘と南国の花が添えられて、パチパチする火花が散ってるやつ。

「……は!?え、え!?」

一体何が起こったのか、未だ理解が出来ないでいた。
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