魔導具なら買い取ります!古道具屋『がらんどう』

なかな

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お寺の少年

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「ここが今日の現場なの?」

 桜の花びらが、風に吹かれて舞い落ちる石段を見上げながら、私はコクリと息を飲んだ。


***

 黒のスラックスに白いシャツ、ネクタイこそしていないが、仕立ての良いジャケットを着こなしたユーリは今日も完璧と言って良いほどに美しい。

 この辺りは住宅街で人通りもまばらなせいか、すれ違う人は例外なくユーリに目を奪われている。

「何もしてないのに派手だねユーリ。周りの視線とか気になったりしないの?」

「見られて当たり前だからな。特に問題ではないだろう」

 相変わらずの自信だ。
 王族と言う生まれは見られて恥ずかしいとか無いのだろうか?

 私より頭ひとつ分背の高いユーリを見上げて、アイスブルーに輝く瞳をじっと見る。
 春の柔らかい光がユーリの宝石のような瞳に重なり優しく煌めく。
 見た事が無いような色彩に目を奪われ、思わず足を止めた。

「ユーリの目って、外で見ると色が違うかも。この瞳の色はサファイアか?それともダイヤモンドの方か?」

 ユーリの前に進み出て、肩に手を置き瞳を覗き込む。仕事柄、どうにも観察癖が抜けない。
 ユーリは少し顔を引き攣らせてはいるが、特に私の手を振り払う事もなく、ただ私の所業に耐えている。

「うーん。アイスブルーサファイアかな。でも、性格で言ったらダイヤモンドだよね。傷つかないけど割れやすそう」

「口の聞き方を知らない子どもはこうしてやる」

 片方の口角だけ上げる器用な笑みを見せたかと思うと、ユーリは私の胴にタックルでもするかのように肩を入れてきた。

「ギャッ!」

 そのまま荷物のように肩に担ぎ上げられ、目の前が上下逆さまになる。

「ちょっ、ユーリ!やめっ!」

 ジタバタするも、腰にユーリの長い腕が回されホールドされているので動けない。

「世の中、自分の見えている事だけが全てだとは思うな。ちょっとは逆さまになって周りの景色でも見てみろ!」

 ユーリの足が長いせいで一歩一歩が大きいのに、苛立ちまぎれに早足になるせいで、逆さまの世界が高速で後ろに流れていく。

「ユーリの変態っ。通報されても知らないからね」

 実際、こんな姿で運ばれているので、すれ違う人に振り返ってまで見送られている。

「大丈夫だ、目的地は目の前だからな」

 そう言って、足を止めたユーリにドサッと落とされる。
 かろうじて転ばずに地面に立てたが、頭がクラクラして目眩がする。

「あー、血が上って頭痛いっ。短気なのどうにかした方が良いと思うー」

 フラフラしながら見上げた先には古めかしい石段が並び、横には分厚い木の板に書かれた「正福寺」の文字。

 桜の花びらが春風に舞い、誘うように石段を飾り立てていた。



 ◇◇◇



 石段を上り切った先には山門があり、ユーリと2人、開かれた木の扉の間をくぐり抜ける。

 山門の手前に見えていたのは松の木で、ヒラヒラと舞い落ちる花びらは奇妙に見えたが、今やっとその花弁の主にお目にかかれた。

 朱色の本堂へと続く、石畳の脇にある桜の木「ソメイヨシノ」

 ピンク色というよりは淡く白に近い花弁の花が、枝先を覆うように咲いている。

「桜の花ってイシュタニア国には無いよね。葉っぱが無くて花だけ咲く木があるなんて、この国に来てから知ったよ」

「そうだな。葉の緑が無くて、花だけが主張していたかと思えばパッと散るなんてな。そういうのは印象に残って少し迷惑だな」

「は?何言ってんの?本当、気難しいね。普通に楽しめばいいじゃない?」

 いつものユーリ節に呆れながら、本堂へ向かって歩く。



 今回、回収予定の魔導具は『時を越える短剣』だ。
 ある家に置かれた「大きな古時計」の中に、その魔導具は隠されているらしい。

 だが、ユーリは古時計が置かれた家の間取りしか教えてくれず、周囲の建造物について何の説明もしてくれなかったのだ。

「目的の家がお寺の敷地内にあるとか、最初に教えてくれても良かったじゃない?」

「今回は、間違ってもどこかに傷を付けたり、破壊したりは出来ない塔やお堂が側にある。初めからミツリに話してしまったら、無謀な計画を立てた上で私に押し付けてくるだろう。リスクの高い活動は今回のターゲット向きではない」

 確かに私が立てる計画は、勝ち取る為に何をするのかが大事で、リスクがあっても構わない。
 ユーリのように、ねちっこく用意周到で、状況に寄って作戦を変えるような、器用なものではないのだ。

「私の計画でもぜーんぜん大丈夫だったと思うよ?今から考えて、差し替えてみる?」

 仕事に関して隠し事をされたのが気に入らず、思わずユーリに突っかかる。
 無表情なユーリの顔が少し歪んだ。

「差し替えるほどの策か聞いてやる。今すぐ言ってみろ」

「えっと、誰にも見られないように家の周りに結界を張って、ユーリと一緒に家の中に入る。中に入ったら、大きな古時計の内部にある『時を越える短剣』を見つけて、状態を確認すると‥」

「もし魔導具の状態が悪かったら?‥そもそも家の中に人が居たら?」

「魔導具が怪しい気配のあるものだったら、もったいないけど魔術回路を壊して、とりあえず持ち帰る。
 朽ちてボロボロなら、破損した際の事を考えて、できる限りの記録を取ってから収納箱に入れるよ。
 家に人が居たら‥、そりゃ、ユーリの緊縛魔術で騒がないように押さえてもらう他ないよね。
 で、全ての作業を終えたら、『がらんどう』へ転移でもどる、と」

「結界に隠形、緊縛に転移。これは全て、私が使うことが前提の術だな?あらゆるタイプの魔術を使わせて、魔術師の試験か何かか?これは」

 私の提案がツボにハマったらしく、クックックッと前屈みになりお腹に腕を抱えながら笑うユーリ。
 楽しそうで何よりだ。

「やはりミツリには、じっくりと魔導具の状態確認の作業をやってもらいたい。私はその為の時間を作る。
 大きな古時計の中にある『時を越える短剣』、これが調査書通りに本物かどうかと、その劣化具合の確認に集中してくれ。
 私は当初の計画通り、隠形魔術でミツリの姿を消した後は、観光客のふりをして周りに注意を払っておく。何かあったら直ぐに通信してくれ。
 場合に寄っては古時計ごと『がらんどう』に転移してやる」

 何かあったら、ユーリがフォローしてくれると、そういう事だ。
 自分の力を行使することが、何よりも確実な手段だなんて、恐れ入る‥。
 やっぱり私は、魔導具の状態確認をして持ち出してくれば良いということだ。

「了解、ユーリ」

「あぁ、任せた」

 私は魔術師としては学んでいないので、ユーリのように便利に術を使いこなせない。魔導具に力を送り込み、その効果を引き出して使うだけだ。

 私の目前まで近づいたユーリが私のオレンジ色の髪に両手を乗せる。

 ユーリが静かに息を吐き出すのと同時に、私の姿は頭から足の先まで、景色と同化し見えなくなった。
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