魔導具なら買い取ります!古道具屋『がらんどう』

なかな

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In 横浜

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 横浜のベイエリア。
 港を見渡せる位置に建つ、高層階のホテルが今回の仕事場だ。

 初夏の日差しが、遠く海原を眺めるユーリの銀髪を煌めかせる。

「結構暑いな」

 インドアなユーリに初夏の日差しは厳しいようだ。





 『がらんどう』のある渋谷から、今回の現場の「横浜」までの移動がひとつネックだった。

 人混み嫌いなユーリは電車の長距離移動に向いていないのだ。
 着いた先でグッタリ疲れ果て、不機嫌になっていくのが目に浮かぶ。

 車の移動は、万が一トラブルが起きた時の対処が難しい。
 魔導具の回収後に追われてしまったら駐車場に戻る余裕なんて無く、もし転移の魔法陣なんて使おうものなら、車はそのまま置き去りになってしまう。

 横浜の現場まで転移魔法で来られたら良かったのだが、転移は一度でも行ったことがある場所でないと使えないのだ。

 なので、私とユーリは今日、ドラゴンの「エリィ」ちゃんの背に乗ってやってきた。

 幸い海辺の公園に広いスペースがあったので、問題なくエリィちゃんの大きな体でも着地ができた。

 隠形魔術で姿を隠しつつ空を移動していたので、ユーリには早くも魔力消費をさせてしまった。
 まぁ、ユーリにとってはこれくらい大した事はないと分かっているから、今日の計画への支障はないだろう。

 エリィちゃんはいつも魔法陣で呼び出されると、仕事を終えるなり直ぐに自分の世界に帰されてしまう。

 持ってきた「リンゴ」を帰りの転移直前、エリィちゃんのお口に放り込むと、目をパチパチさせて合図をしてくれた。
 きっと「ありがとう」と言っているに違いない。

 海上を吹き抜ける風が、私の短いオレンジ色の髪を逆立てる。

 前髪も全て上がってしまい、広めのおでこが丸見えだ。

 横で私のおでこ全開の顔を見ていたユーリが、ハッとしたような表情になり、私の手首を掴んだ。

 手首を固定されたまま、ユーリに顔面を覗き込まれる。

「な、なに?ユーリ?顔に何か付いてた?」

「ミツリ、お前の瞳、こんな色だったか?」



 ◇◇◇



「え?色って?」

「ミツリの瞳はもう少し茶色が強くなかったか?今はオレンジ以外の色も混じっているように見える。」

 今朝、久しぶりに左腕につけている腕輪のサイズ調整をしたのだ。

 気付かれないように、自室で結界の魔導具を置いてから腕輪を外して作業をしたのだが、ほんの数十分だけでも『神力封じの腕輪』を外していた影響が出ているのかもしれない。

「そう?気のせいだと思うよ。日差しが強いから、そう見えるのかもね」

 ユーリは見てないようでよく見ている。
 いつか、私の秘密にも気が付かれてしまうかもしれない。

 ユーリが王族でさえ無ければ、私の本当の姿を知られたとしても、いくらでも誤魔化しようはあるのに。

 ユーリだったら私が『神の蒔きし種』だと知っても、見逃してくれるだろうか?

 いつに無く淡い期待をする自分に苦笑いしてしまう。

 今日の大仕事を前にナーバスになってるのかな?
 らしくない。

 両手のひらで〝パンッ“と頰を挟むように叩き気合をいれる。

「よぉっし!やるときはやらねば!迷いはいらないのだ!」

「ミツリ?!」

「とりあえず、仕事前にジェットコースターに乗っていい?ほら、直ぐそこに遊園地が見える!」

 弱気も迷いも私はいらない、目の前にある物だけを考えていたいのだ。



 ◇◇◇



 ジェットコースターの高速移動や重力の圧には、意外にもインドアなはずのユーリの方が慣れていた。

 以前は魔獣討伐等もしていたらしく、高速で動きまわることも、風圧を受けて体を打ちつけられることも、ユーリの方が圧倒的に経験値として上だった。

 乗り物を降りてげっそりとする私の横で、ユーリの顔はいつも通りに涼しげだ。

「大した事ないと思ったが、結構、面白かったな」

 楽しみが少なそうなユーリが楽しかったのなら、それは良かった‥。

 私の方はまだ、体が四方八方へと振られ、胃袋が持ち上がるような感覚が抜けない。

 まだまだ、時間の許す限りは遊び尽くしたいのだが、続けてこの手の乗り物を選ぶのは、ちょっと無理かもしれない。

「あ、ユーリ、あれ!次、あれにしよう!」

 遊園地のシンボルのような「大観覧車」。
 今、私に必要なのはきっと、こういう優雅な乗り物だろう。

 私はユーリの腕を引き、いそいそと大観覧車に乗るための列に並んだ。

「ユーリって待つのとか大丈夫なの?王族って、基本、待たされる事ないんじゃない?」

「そんなことはないぞ。私の人生は待ってばかりだ」

「へぇー、訳ありの王族って大変なんだね。結構、冷遇されてるんだ」

「冷遇はされていないが、私には待たねばならない人がいるんだ。今の仕事も、その待ち時間の中で任されている。もし、その人物が現れたなら、私はイシュタニアに戻らなければならない」

「待ち人ねぇ‥。結婚相手でも探してるの?どっかの国の姫と政略結婚とか?」

「だったら良かったんだがな。ほら、もう次の番だぞ、係員が呼んでいる」

 ユーリの長い足がサッサと先へと歩いて行ってしまうので、慌てて追いかけ開かれたドアの中へと滑り込む。

 ユーリは観覧車の座席に座り、いつものように長い足を組んだ。
 いつもはしかめっ面をして腕を組んでいるが、今日は窓枠に肘を付き頬杖を付いて外を和かに眺めている。

 相変わらず綺麗な顔だが、今は表情が穏やかだ。
 私に少し、ユーリの事情を話してくれた事が嬉しい。

 ‥‥ユーリの待ち人が現れたら、今の仕事は他の誰かが引き継ぐ事になるのだろうか?

 王族では無い方が、私に取っては安全なのだが、ユーリ以外と仕事をするとどうなるのか?
 私の作戦を受け入れ、決行できる人物が他にいるのだろうか?

「振り出しに戻る、だな。また1から築き上げなければ」

「?‥。なんて言った?」

 独り言をユーリに聞かれて、何でも無いと首を振る。

 私にもユーリにもタイムリミットがあって、この2人の時間が今だけの物になることだけは確からしい。

「見ろ、ミツリ。そろそろ天辺だ」

 ユーリが言った通り、私たちのカゴはもうすぐ観覧車の頂に届きそうだ。

 ーーユーリも私もこの先、望んだ人生を生きられますように!

 観覧車が天辺を通るその一瞬。
 流れ星を見た時のような特別な瞬間に、思わず願いを掛けたくなった。

 こんなことを私がするなんて、いつの間にかユーリのロマンチストな思考回路が移ってしまったんだな。

 自分の所業に呆れつつ、目の間にいるユーリを見る。

「この先もミツリが望んだ事はサポートするつもりだ。もし私がイシュタニアに戻ったとしても、ミツリが不自由無いように協力は惜しまない」

 ユーリの言葉が、私の心に刺さる。

「そうだね。そうしてくれると助かるよ」

 私が『神の蒔きし種』、シードだとしても、そう言ってくれるのだろうか?

 自分の生まれを、ここまで嫌だと感じたのは初めてだった。
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