短編集

欠伸

  青の空の中、桜色が侵食しつつある空を眺めながら、ちびちびと緑茶を嗜んでいる。
  爽やかな風が頬を撫で、髪を揺らす。とても心地の良いもので、自然と眠気も誘われる。
｢眠いね～｣
  同じことを言ったのは、最愛の妻。二人でのんびりと縁側でゆっくりと過ごしていた。
  まるでここだけは違う時間が流れているような錯覚を覚えさせるほど、静かで落ち着いた空間が広がっていた。
  ふぁ、と欠伸を一つ。欠伸というのはどうやら感染するようで、私も一つ、釣られて欠伸をした。
  何もかもが幸福に満たされた縁側は、天国なのでは、と錯覚させた程であった。
｢少し、お昼寝と洒落こもうかなぁ｣
  妻が身体を横に倒し、微かな寝息を立て始めた。綺麗な寝顔であった。
  桜の花びらがひらひらと舞い、妻の頬に一枚、落ちた。それを払う無粋な事をする勇気は、私には無かった。
  しかし、私の代わりに無粋な事を、風はしていった。この時ばかりは少し、私でも風を恨んだ。だが、風は、それだけをしたいがために吹いたのではなかった。
  私の緑茶がまだ半分ばかり残った湯のみの中に、新しい桜をもたらしたのだ。
｢飲むのは、勿体ないね｣
  そう独り言を呟き、私はまた、一つ欠伸をする。
  私も妻と同じように昼寝をしよう。暖かい日差しに柔らかい風、そして美しい桜。昼寝には持ってこいだ。
｢おやすみ｣
  独りで、妻に向かってこぼし、横になる。
また一緒に同じことをしたいね、と思いながら。