短編集

紫苑色のシオン

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嫉妬

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  恋愛なんてくだらないと思っていた。色香に浮かれ、恋人がいることをステータスのように振る舞い、まるでそれが正義であるかのような雰囲気が私は大っ嫌いだった。
  恋人がいなくとも青春を謳歌してるいる者だって間違いなくいる。部活動であったり、趣味に全力であったり、変わらぬ日々を至高と考える人もいる。
  だから恋人いないイコール可哀想という方程式はやめていただきたい。私はこれがいいのだ。男なんて大っ嫌い。恋人なんて要らない。私は、恋愛なんて、大っ嫌いなのだから。


   俺には好きな人がいる。いつも独りで本を読み、誰とも関わらず、口を開くのも事務的なやり取りの時のみ。無愛想といえば無愛想なのだろう。しかし俺にはその人が独りぼっちとか、そんな孤独なものではなく、自ら望んでその立場を築いた孤高の存在に思えた。
  俺はそんな存在に憧れ、いつからかそれが恋慕という形に変わっていった。はっきりと憧れから好きという感情に変わったきっかけは無いのだが、気付けば目で追っていた。
  たまに顔を本から上げた時に見える瞳は、綺麗な黒色で、さらりと流れる黒髪一本一本が統一性を持ち、芸術作品かのように錯覚した。
  あぁ、あの人と話してみたい。あわよくば、ラインとかしてたらやり取りもしたい。
  次々と出る欲に、少し恥を覚えつつも、やはり欲には人間は勝てないみたいだった。


  やっぱり先輩は素敵だと思う。スラリとした高身長で運動部に所属しているからなのか、筋肉質な身体。それでいて清潔感を欠いた事はない。顔も爽やか系の顔立ちで、やはりというべきか、多くの女子から人気だった。
  もちろん、わたしもその一人だ。
  普通なら先輩に見向きもされないであろう、平々凡々のわたしだが、他の子とは違う。なぜならわたしは、先輩の所属するサッカー部のマネージャーだからだ。他の子に比べ、先輩と関わる時間は圧倒的に多い。だからアピールする時間もその分、多く、チャンスもある。
  しかし、残酷かな。チャンスが一番ある立場だからこそ、分かる事がある。
  先輩には、好きな人がいる。しかも、かなり長い事想っている。
  それが誰かは大体察している。ずっと目で追っていたから、先輩の目線の先がどこにあるかもわかる。
  なぜ、あんなに地味で暗い、あの子の事を...。


  最近、どうも目線を感じる。こんなに地味に背景に溶け込むように過ごしてきた私に目線が向くことがあるのだろうか。
  不愉快だ。集中して本が読めない。イライラする。普段からイライラが止まらないのになぜ、唯一落ち着ける時間にさて邪魔されなくてはいけないのか。
  しかも、目線が一人だけからでなく、恐らく二人から向けられてる。なぜ。
  しかも一人は私の事をじっと見つめる。一人は私の事を舐め回すように見てくる。
  なぜこうも雰囲気が違う目線が同時に向けられよう。イライラする。
  私の憩いの時間を邪魔するな。本の中という空想に逃げ込まなくては私いつ、四階にある教室の窓から飛び降りるか分からないというのに。
  今日は早退しよう。無理。これ以上ここにいたら発狂してしまう。
  私は本を閉じた。


  どうやらあの子は今日は早退するようだ。体調が優れないのだろうか。心配だ。
  しかし、俺には接点がない。声をかけようものなら、不審者間違いなしだ。だから心の中であの子の心配をするだけに留めるしかない。
  もどかしい。なんなら看病もしてあげたい。
  あぁ、恋とは呪いのようだ。とても苦しい。


  あの子が早退したと知った時、わたしは少し喜んだ。これで先輩の気が、今日だけでも向かなくて済む。思いっきり先輩にアピールするんだ。
  なんて、わたしは愚かだった。早退したからと言って、先輩の頭からあの子が今日一日消えるわけでは無かった。むしろ、一杯だった。
  練習時もどこか気が抜けた様子で、先生によく注意されてた。しかしそれでも集中出来ないみたいで、ボールを顔面でキャッチしたりしていた。
  あの子のせいだあの子のせいだあの子のせいだあの子のせいだあの子のせいだ。


 早退して家に帰った私は何をするわけでもなく、ベッドに突っ伏した。寝よう。少しでもこの嫌な世界から逃げたい。
  夢の中は自由の世界。願望が私を癒してくれる。いっそ、キッチンにある包丁で喉元を突き破れば、夢の世界にいけるのだろうか...。
  あぁ、夢でだとあの子は私に微笑んでくれる。手を繋いでくれる。優しくしてくれる。
  あぁ、なぜ貴女は女に生まれたの?
  あぁ、なぜ私は女に生まれてしまったの?
  あぁ、なぜ貴女を好きになったの?
  苦しい。死にたくなるぐらいに苦しい。この恋(のろい)は。


「貴女はどうして私を見てくれないの」
「あの子はどうして俺を見てくれない」
「先輩はどうしてわたしを見てくれないの」
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